世界の情報化レポート
世界情報社会サミットからの報告

 

 

会津 泉

 

デジタル・ディバイド解消を目的に

 昨年12月、スイスのジュネーブで国連主催の世界情報社会サミット(World Summit on the Information Society: WSIS)が開催された。このサミットは、きたるべき「情報社会」のあるべき姿をめぐって、その理念と課題、政府や関係者が何をすべきかを明らかにするため開かれたもので、176カ国の政府代表をはじめ、国際機関、産業界、そして市民社会団体1など、合計1万1千名が参加し、共同宣言と行動計画を採択した。

 私は、準備段階からこのWSISにかかわり、貴重な経験をしてきたので、以下にその概要を報告してみたい。

 WSIS開催の最大の動機は、インターネットに代表される情報通信技術(ICT)が一部の先進国や企業など、経済的に豊かな人々だけが活用してその利益を享受し、開発途上国、過疎地の住民など、貧しい地域や人々には十分にその恩恵が行き渡らないという、いわゆる「デジタル・ディバイド」への懸念にあった。

 採択された共同宣言では、情報社会は「持続可能な開発と生活の質の向上」や、「生産性の向上、経済成長の原動力、雇用の創出などに新しい機会を提供する」とその可能性をうたいつつ、デジタル・ディバイドの解消が必要だとの「共通ビジョン」を打ち出した。そして、「すべての人々にとっての情報社会」として、インフラや人材開発、セキュリティの確保、文化や言語の多様性の確保などにも触れ、国際協力の重要性を述べている。

  行動計画では、2015年までの達成目標として、

・世界の村々にアクセスポイント を設置し、ネットに接続する。
・ 全世界の50%以上の人々がネットに接続できる環境を整備する。

 などが例にあげられた。

 

鋭く対立したインターネット・ガバナンスのあり方

 準備段階では、インターネットをだれがどう管理するのか、いわゆる「インターネット・ガバナンス」問題が、途上国への資金援助問題とならんで、先進国と途上国側との間で最後まで争点となった。「インターネット・ガバナンス」の公式な定義はなく、情報の規制、デジタル著作権、セキュリティやウィルス、スパム(迷惑メール)など様々な課題が対象と考えられるが、主に議論になったのは、インターネットの「住所・番地」ともいえるドメイン名システムの国際的な管理体制のあり方だった。

 ドメイン名システムとは、「hyper.or.jp」とか「amazon.com」など、ネットの「住所」をローマ字で表記する仕組みだ。実際には各ネットワークやコンピュータに割り当てられた番号(IPアドレス)で通信がなされるが、数字の代わりに文字を使い、人間が覚えやすい「名前」を使えるようにしたことで、インターネットの使いやすさは大きく向上した。

 このドメイン名システムは、インターネットがまだ技術者しか利用していなかった頃に基本がつくられ、アメリカ政府の資金援助を受けて南カリフォルニア大学のジョン・ポステル氏が管理する体制が続いていた。その後企業や市民の利用急増を受けて、1998年にアメリカ政府の承認を受けてICANN(Internet Corporation for Assigned Names and Numbers=「アイキャン」と呼ぶ)という非営利の国際民間組織が設立され、管理を担当するようになった。

 このICANNのあり方が槍玉にあがった。WSISの準備の場で、中国、ブラジル、南アフリカなどの政府は、いまのICANNはアメリカ政府が最終的な法的管轄権をもつ一方、他の国は「政府助言委員会」に参加できるだけで、意思決定に関与できないことを批判し、技術的な問題はICANNに任せてもいいが、公的政策にかかわる分野はITUなど国連の枠組みによる政府間組織に管轄を移行すべきだと主張した。

 米国、EU、カナダ、日本などの政府は、政府の関与の強化はネットの自由な発展を阻害するとして、現行体制の継続を主張した。

 

アメリカ中心の体制への反発

 法的には、アメリカ政府がICANNに強い支配力をもっている。ICANNの主要な決定はアメリカ政府の承認があってはじめて実現できる仕組みになっている。アメリカ政府は、ICANNが期待された機能を果たしていないと認められれば、他の組織に切り替えもできなくはない。

 しかし、インターネットの中核技術者を中心とする実際のICANNは、かなりの自由度をもって運営され、アメリカ政府が細部まで統制しているわけではない。純粋の技術以外の政策的な決定も多く行っているが、これまでアメリカ政府にそれを否定されたことはない。

 一方、途上国側が主張したITUなど国連機関による管理という代案には、先進国側の政府に加えてネット関係者からの強い拒絶反応が起きた。ITUが官僚化し、迅速で柔軟な意思決定ができず、インターネットの自由度が制限されることへの懸念が強い。また、少なくとも1990年代の中ごろまでは、ITUを構成する世界各国の通信担当の政府省庁や国営電話会社がインターネットをまったく認めようとせず、普及を阻害した例が少なくないからだ。基本的には加盟国による票決で意思決定されるITUでは、アメリカなど先進国政府の影響力は大きく減少するものと考えられる。

 準備会合では小グループで討論が行われたが、宣言案の表面的な字句をめぐる議論が多く、その背後の理由を説明して内容を掘り下げる理性的な議論よりも、国同士の「面子」をかけた感情論の応酬に終始した。インターネットの実際の状況はよく知らない外務官僚が政治的な議論を続けるのは不毛といえば不毛だった。

 対米反対論をリードしたのは中国、インド、ブラジル、南アなどで、これらの国はそれぞれの地域の大国で、周辺国への影響力が強い。彼らの主張の背景には、アメリカ主導でのいわゆる「グローバリゼーション」への強い反発がある。金融や情報通信分野などでのアメリカの産業界による経済的な支配力、911以降のアフガニスタンやイラク戦争にみられる、圧倒的な軍事力による国際秩序の一国支配、国際社会の国連中心主義の無視と無力化への懸念だ。

 インターネットの管理体制についても、良くも悪くも国際政治の現状を切り離して考えることはできなくなったというのが、WSISで明らかになったことである。なぜならインターネットは、グローバリゼーションを推進する原動力の一つとみられ、その根幹にあるドメイン名システムをアメリカ政府が握っていることは、グローバリゼーションの象徴的な問題、つまり国際社会のヘゲモニーをだれがもつかという国際政治の問題として取り上げられたのだ。

 WSISの直前、昨年9月にメキシコのカンクンで開かれたWTO閣僚会議で、同じインド、中国、ブラジル、南アフリカなどが「グループ21」(G21)をつくって結束し、アメリカ、EUに対抗し、会合を事実上の決裂に追い込んだ。このG21の主要メンバーが今回のWSISでも連携したわけで、国際政治の現状がWSISとインターネット・ガバナンスにも反映されたといえる。

 しかし、ICANNの主流の人々は、国際政治の状況がそのまま持ち込まれることに反発と戸惑いを感じている。専門家には「技術のことは自分たちに任せろ」、「専門知識をもたない政府の役人や市民社会の活動家に技術問題の決定を委ねるのは危険だ」との思いが強い。反対に、社会のあり方に大きな影響を与える技術的な問題を、一握りの専門家だけに任せることは危険だというのが、政府や市民社会の人々の懸念でもある。技術のあり方をだれがコントロールすべきなのか、ICANNをめぐる問題は、技術が主要な推進力となって形成される情報社会の根本的な課題を浮き彫りにしているといえるだろう。

 本番直前にようやく妥協が成立した。アナン国連事務総長のもとに作業部会(WG)を設置し、インターネット・ガバナンスのあり方について検討し、2005年にチュニジアで開かれる第2フェーズのサミットで結論を提案する、というものだ。このWGはすべての当事者に開かれ、政府、産業界、市民社会の完全な参加を保証し、政府間組織や国際機関も関与するものとされた。

 こうして、グローバルな情報社会の主導権をだれがどうもつのかという点をめぐって、インターネット・ガバナンスは、貿易、環境、開発などと並んで、国際政治の重要な争点として本舞台に登場したといえる。そして、それを検討するWGに、政府、産業界に加えて利用者を代表する市民社会も参加すると明記されたことの意義は大きい。

 

今後の課題

 現在、このWGの設立をめぐって、関係者による様々な「事前運動」が続いている。2月下旬、ジュネーブでITUが主催するワークショップが開かれ、私も招かれて発表した。端的にいえば、インターネット・ガバナンスにはユーザーの参加が不可欠だというもので、「ネティズン」をはじめて提唱したマイケル・ハウベンを紹介し、インターネットは電話会社による閉ざされたネットワークではなく、利用者側の自由な発想と発明を許し、WWWやヤフー、アマゾンなど画期的な技術、サービスが生まれたことを強調して、そのガバナンスには「ネティズン」の参加が必須だと訴えた。また、アジア、途上国からの参加の重要性も主張した。招待発表者は、私以外はすべて欧米からの人々だった。

 3月末には国連のICTタスクフォースによる会議がニューヨークで開かれる。この会議の内容が、事務総長WGの構成を大きく左右するとみられ、私も招待を受けて参加を予定している。

 

 インターネットは、いまや我々の日常生活に無くてはならないものとなった。それだけに、その管理のあり方が誰にとっても納得できるものとなることは、今後ますます重要なものとなるだろう。しかもインターネットは、利用者の自由度がきわめて高く、自由に情報を流せることのメリットが高い反面、悪用を防ぐことも難しく、その管理にも市民・利用者の責任をもった参加が重要となる。

 今回WSISで浮上したガバナンスをめぐる対立とは、先進国と途上国の対立というだけでなく、政府主導での管理規制統を基本にするのか、それとも産業界、市民=利用者が主導して自主的な管理を基本とするのかという、これからの情報社会の基本的な枠組みをめぐる対立であった。

 政治体制と同じように、ネットの管理のあり方も、各国に様々な考え方と事情がある。経済が発展してない国では、民間の自主的管理を推進しようにも、民間自体に力がなく、政府主導での管理とせざるをえない国も多い。こうした相違を超えてグローバルに均一なシステムとすることは容易ではない。日本も足元での取り組みを固め、民間中心に市民・利用者が参加したガバナンスのあり方を世界に対して実績をもって提案していくことが求められている。

 


1 「Civil Society=市民社会」。明確な定義はないが、WSISでは環境問題や女性問題、開発支援などに取り組む狭義のNGO(非政府組織)に加えて、シンクタンク、大学などの教育機関、財団、教会、障害者支援組織など、多様な民間組織が「市民社会」という立場で参加が認められ、政府、産業界とならぶグループを構成した。BACK

 



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