グローバルガバナンスの夜明け
ICANNのあるべき姿を探る

『インターネットマガジン』連載第14回
(2002年10月)


大詰めにきた「改革」をめぐって

ERC最終案を発表

インターネットのドメイン名やIPアドレスのグローバルな管理を司る組織、ICANNの「改革」が大詰めを迎えている。ICANNは1998年10月の設立から4年が経過し、その間の「実験」の評価をもとに大幅な軌道修正を図ろうとしている。

10月2日、ICANNの「進化・改革委員会(ERC)」は、「改革最終実施案」を公表した。これを土台に、10月下旬の上海会議で多くの関係者によって議論を行い、それを受けて理事会が決定を下す段取りだ。さらに、12月上旬にロサンジェルスで開かれる年次総会で、具体的な実施方法が決まる。

この最終案は、6月に発表した「改革への青写真」と、8月と9月に出された「中間報告」から基本的に大きな変更はない。ただし、今回はICANNの憲法ともいうべき定款の全面改定案とその解説文書がセットで出され、より具体的な提案となった。この通りが実現すれば、ICANNはその組織の性格と構造を大幅に変えることになる。

 

「使命」と「価値」を定義

定款改定案は、冒頭で「ICANNの使命」とそれを支える「核となる価値(基本原理)」を明記した。これまでICANNをめぐる議論が紛糾してきた原因の一つに、ICANNの組織の目的=使命について共通の明確な理解がなかったことがあげられる。「いまのICANNはドメイン名とIPアドレス中心の組織だけど、将来は違う分野の問題まで拡張して扱うようになるのでは」という懸念が、立場の異なる人々から共通に表明されてきた。ICANNが扱う課題の範囲を限定することで、そうした懸念はとりあえず払拭できる。

同様に、「価値観」の確認も重要だ。これまでICANNには組織として共通の原理原則がなかったことが、各論の議論の際に、延々と原理論の応酬が続き、合意形成を困難にする原因でもあった。

こうした反省にたって、ERCはICANNを導く「使命」と「価値」を明文化し、ICANNが対象とする分野の範囲と、その行動を支える基本原理を明確にしようとした。この試みは評価に値する。

「使命」としては以下があげられた。

  1. インターネットのための以下の3対の独自の識別子の配分、割当を調整する
    a. ドメイン名(「DNS」と呼ばれるシステムを形成する)
    b. インターネット・プロトコル(IP)アドレスと自律システム(「AS」)ナンバー
    c. プロトコルのポートとパラメーター番号
  2. DNSルートネーム・サーバーシステムの運用と進化を調整する
  3. これらの技術的な機能に合理的で適切な範囲で関連する政策(ポリシー)の開発を調整する

紙数に限界があるので、技術的な解説は省略するが、インターネットがグローバルに円滑に機能するために必要な、最低限の技術的識別子をグローバルに割当・調整するのがICANNの役割だとする。

 「価値」は11項目列挙された。要約すると、

  1. インターネットのグローバルな安定運用の保証
  2. インターネットの進化を尊重し、ICANNが扱うととくにメリットが大きいと思われるグローバルな調整機能に限定する
  3. 他に適切な専門組織があれば、そこに調整機能を委任する
  4. あらゆる局面で機能的、地理的、文化的な多様性を反映した広範で理解のある参加を進める
  5. 適切なところでは、市場原理に基づく競争環境を促進・維持する
  6. 公的利益があるところでは、ドメイン名登録に競争を導入・促進する
  7. ポリシー策定プロセスはオープンで透明なメカニズムを採用し、専門家のアドバイスを受けた深い理解による決定と、影響を強く受ける当事者がそのプロセスにかかわれるようにする
  8. 明文化されたポリシーに基づき、誠意と公正をもって中立・客観的な決定を行う
  9. インターネットの求めるスピーディな対応と、意思決定のプロセスでは影響を強く受ける人々からの十分なインプットを受けることを両立させる
  10. ICANNの効率を強化する仕組みを通して、インターネット・コミュニティへの説明責任を果たす
  11. 公共政策に責任をもつ政府と公的組織を尊重することで、彼らの直接関与を最小限にする

この11項目の「核となる価値」は、あえて一般的な表現にしたという。一般原理だから、場合によっては相互に矛盾することも十分ありえるが、それでも立脚する原理を明確に選択しつつ議論するほうが生産的だという考えだと説明されている。

 

「自律・分散・協調」か「調整」か

しかし、「使命」と「価値」を合わせて、本当にICANNの組織としての構成原理が明確になるのか疑問は残る。とくに「使命」のなかで使われている「調整=coordinate」という言葉ははなはだ抽象的で、解釈の幅が広すぎることが心配される。「調整」とは具体的に何を意味するのか、もう一歩突っ込んでその定義を明確にする必要がある。

私自身は、インターネットの基本原理が「自律・分散・協調」にあることを重視し、4月にERCに提出した意見書でも、ICANNにもその原理を適用するよう主張し、ICANNの組織は主な機能別に分解し、相互に協調する方向での「ダウンサイジング」と「リストラ」を提案した。同様の考え方に基づいた主張は、さまざまな組織から出されている。

ERCのいう「調整」と「自律・分散・協調」とは、似ていて非なるものだという疑いは消えない。これまでICANNについてもっとも典型的な批判は、「それはICANNがトップダウンで押し付けたものだ」、「上の方で勝手に決めず、もっとボトムアップで決めるべきだ」というパターンだった。これらの批判は、ほとんどの場合、理事会か常勤の幹部に向けられる。彼らはは「いや、コミュニティの意見を十分吸い上げた上で慎重かつ公平に判断した」と答える。議論は常に不毛なスレ違いだった。

ERCが最終案でICANNの使命と価値を明確に定義しようと試みたのは、このICANNの「宿命」だった不毛な論争のパターンに終止符を打とうとしたからだろう。そのこと自体は評価したいが、しかし、実際にこれで問題が解決されるかというと、疑問が残る。なぜか。「自律・分散」の原理が徹底されていないからで、そのため「協調」が成り立ちにくいと考えられるからだ。

 

中央主権への強い反発

具体例を示そう。たとえばリン提案の「世界13のルートサーバーの運用を、政府資金を通してICANNが直轄する」という考え方は、ERC案では消えた。この背後には、まさに「自律・分散・協調」で成功してきたルートサーバー運用の実践部隊の「トップダウン・中央集権型管理」への強い反発があった。

国別ドメイン名レジストリーの連合のccTLDは、これまでDNSOの一部会に過ぎず、ICANNの資金の約3分の1を負担し、世界240カ国以上で自律した活動をしているのに、知的所有権やISP、企業など他の部会メンバーによる「多数派」の前に実質的な影響力を行使できないことを不満として、分離独立を主張し、ERC案でそれが認められた。ここにも明らかに「自律・分散・協調」原理に基づいた動きが見られる。

ICANNの3つの支持組織の一つASOの母体、地域レジストリー(RIR)は、ERC案に強く異論を唱えている。アジア太平洋、ヨーロッパ、南北米州のRIR共通の主張は、グローバルなアドレス管理のポリシー策定は、ICANNではなく、RIRの権限にすべきだというものだ。各地域でそれぞれ独自にポリシー策定活動を行い、それを協調的にグローバルなポリシーにしていく、という考えだ。

ERCはこの主張を否定し、グローバルなアドレスポリシーは、RIRのみで決めるのは不適切で、影響を受ける当事者すべてを集めたICANN(理事会)でこそ決めるべきだという。RIR側は自分たちは地域単位で定期的に「オープンポリシー会議」を開催し、ボトムアップで討議された案をグローバルに協調して決定しているから、それ以上ICANNの別の組織に影響されるのはかえって不自然だと主張する。

 

一般会員も「自律・分散・協調」が基本では

私がかかわってきた「一般会員(AtLarge)」問題も同様だ。利用者は、自分たちが責任をもって広い意味での公益・エンドユーザーの視点から意思決定に参画できることを求めてきた。しかし、技術系の専門家を中心に、それでは政治的な集団、ロビイストなどにICANNが乗っ取られるとして、一般会員制度を認めないという意見が繰り返し主張されてきた。ユーザーの側の「自律性」が否定され、専門家による「トップダウン」が押し付けられる形となった。

今回のERC案では、一般会員による助言委員会(ALAC)の設置を追加的に認めた。一般会員のグローバル選挙による理事選出が否定され、一般会員制度そのものが消えてしまったところから比べれば、わずかながら「復活」の可能性が出てきた。

ALACは他の助言委員会と同様、理事会に投票権をもたない代表一名を送れることとされた。理事指名委員会(NomCom)にも、ALACが5地域から各1名、計5名出せるものとした。他の支持組織などが1組織1名だから、その限りでは、前進といえる。グローバルな地域バランスをとることの重要性が認められたものだ。

ただし、ALACの初期の委員は、各地域で自主的に選出するのは難しいとして、理事会による指名で決めるとされた。ALAC案をつくったアシスタンス・グループでは、立ち上げの困難さは認めながらも、より自主性を強めるよう主張している。

 

理事会の構成=権力の配分

ERC最終案には、理事会の構成について詳細に記している。理事会はICANNの最終意思決定機関で、まさに権力の発言の場であるから、その構成は諸勢力の権力配分を体現すものにほかならない。最終案で提示された理事会の構成はかなり複雑で、図を参照されたい。

図をクリックすると大きな画面で見られます。

リン提案にあった政府との提携の大幅な強化は否定された。理事の選出方法はリン提案の骨子が生かされ、指名委員会が8名を指名、これにASO、GNSO、CCNSOから各2名、計6名の代表、そしてCEOの合計15名とされた。現行の19名より4名減ってすこしスリムになった。

理事の指名委員会の構成もポイントだ。助言委員会、gNSOの各部会、ccTLDSOから各1名、ただし一般会員助言委員会は5地域から5名、ビジネス部会は大企業と中小企業が各1名、ほかに外部の学術・公益機関、消費者・市民活動団体、IETFの代表が各1名入る。

懸案の「一般会員制度」については、「一般会員助言委員会」を認め、理事指名委員会に5名入れる形で、なかば「復活」となる。長い間対立の焦点だった一般会員による選挙は廃止され、上記の「一般会員助言委員会」と、「理事指名委員会」への参加だけが残ったといえる。

ICANNの中心組織である「支持組織(SO)」の構成は大きく変わる。プロトコル標準を扱うPSOは廃止され、「技術助言委員会」が新設される。ドメイン名支持組織(DNSO)は、グローバルドメインを扱うgNSO となり、国別ドメイン名を管理するccTLD部会はDNSOから独立して「ccNSO 」となる。新設されるccNSOの具体的な詳細は、アシスタンス・グループを設置し、そのメンバー、活動範囲、組織化の方法を提案してもらうとされたが、内容は未定だ。

IPアドレスの割当管理を行うASOは、アジア太平洋、欧州、米州の世界3地域の地域レジストリー(RIR)中心に構成されているが、ERCは基本枠組みは変更しないとした。

汎用TLDを扱うDNSOは、ccTLDが抜けるが、それ以外にも改編が提案されている。これまでDNSOは、7つの異なる支持部会から各3名、計21名による名前協議会(Names Council)が「最高決議機関」として機能してきた。「青写真」では、ccTLDが抜けることを前提に、各部会をサービスの提供者側(gLTDレジストリー部会、gTLDレジストラー部会、ISP部会)と利用側(ビジネス部会、知的所有権部会、非営利ドメイン保有者部会)の2つに分け、名前協議会の構成を両者均衡させようとした。

今回発表された最終案も2つに分けるが、その基準は提供者・利用者ではなく、ICANNとの契約を結んでいる組織(gLTDレジストリー部会、gTLDレジストラー部会)とそうした契約をもたない組織(ビジネス部会、知的所有権部会、非営利ドメイン保有者部会)の二種類に分け、両者を均衡させて、契約をもつgLTDレジストリー部会、gTLDレジストラー部会に各2票ずつで計4票、契約をもたない組織側には各1票で計4票と同数になるよう提案した。このあたりは、gTLDのレジストリー、レジストラー側の利害とビジネス部会などユーザー側の利害の激しい対立を調整した結果である。

こうして、権力の構造を中心とした「改革」案がほぼまとまった。そのプロセスでは多数の当事者からのコメントが寄せられ、ERCとRIRなどの論争、交渉が各項目毎に進行してきた。

 サイバースペースの一角を占めるドメイン名とIPアドレスの管理は、一見技術的な要素が強いようにみえるが、経済・政治・文化などの社会的要素、つまりリアルワールドの利害が色濃く反映している。先験的な実験例としてのICANNが、果たしてリアルワールドの試練に耐えて生存を続けられるのだろうか。

 

●参考リンク
ICANNの進化・改革委員会 www.icann.org/committees/evol-reform/
一般会員づくり www.icannatlage.com
 


『インターネットマガジン』掲載一覧
第15回 ICANNの向こうに何が見える? 2002.11.10
第14回 大詰めにきた「改革」をめぐって 2002.10.14
第13回 迷走するICANN、改革の決定が迫る 2002.9.5
第12回 文字コードから見えてくる途上国のデジタルデバイド問題 2002.8.8
第11回 ICANNの進化 2002.7.12
第10回 「改革」の行方とICANNの意義 2002.6.5
第9回  ICANNはダウンサイズを 2002.5.8
第8回  ガーナの暑い風「改革」の行方は 2002.4.2
第7回  「実験」は失敗か? ICANNトップ、会員制度を否定、政府依存を提案 2002.3.8
第6回  誕生したICANNとその「原罪」 2002.2.3
第5回  ICANNの誕生への経緯 その4 2001.12.25
第4回  ICANNの誕生への経緯 その3 2001.11.19
第3回  ICANNの誕生への経緯 その2 2001.10.31
第2回  ICANNの誕生への経緯 その1 2001.10.03
第1回  ICANN会員制度と選挙の混迷に学ぶ 2001.8.21



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