グローバルガバナンスの夜明け
ICANNのあるべき姿を探る

『インターネットマガジン』連載第13回
(2002年9月)


迷走するICANN、改革の決定が迫る

「改革」案、具体化へ

猛暑、残暑もようやく峠を越したが、ICANNの「改革」をめぐる熱い議論は夏の間も続いていた。今回は、前回お約束したように、ICANNの「改革」の進捗状況について報告しよう。

2002年2月、スチュワート・リンCEOによって突如提案されたICANNの「改革」は、3月アクラ会議で理事会が基本方向を承認し、現在「進化・改革委員会(ERC)」によって具体的な検討が進められている。日本でも「構造改革」として、道路公団や郵便事業の改革について委員会で検討されているが、どこか通じるものがある。

「改革」のきっかけの一つが、ICANNの3年余の歴史のなかで常に激しい論争の的だった「一般会員(AtLarge)」制度だ。昨年9月の米国でのテロ事件を契機に、ICANN執行部は「セキュリティ」、「組織の効率性」の重視を唱え、論争が続く一般会員制度、とくにグローバル選挙について「民主主義ごっこはやめよう」と否定的見方を強め、その頂点がリンCEOによる「改革」の提唱だった。その背後には、ドメイン名やIPアドレスの管理は「技術的」なもので専門家、技術者にまかせればよく、一般ユーザーが関与する必要はないという、技術者中心の考え方がある。

一方、急発展するインターネット全体のガバナンス(統治)を重要と考える人々は、ICANNをその最初の象徴的な実験の場ととらえた。ICANNの決定に左右される人々は一般ユーザーを含めて誰もが意思決定に参加する権利があり、役員はグローバル選挙という民主的な方法で選ぶべきだと主張し続けてきた。

この両者の間に、ドメイン名の登録を行う事業者、国別登録機関をはじめ、ISPなどインターネット業界、「登録商標」との関係を整理したい「知的所有権」関係者、ドメイン名を利用する企業ユーザー、大学、研究機関などの非営利組織など、さまざまな利害関係者が存在している。彼らはいずれも総論として「改革」が必要なことは認めつつ、その具体的なあり方については多様な主張が存在する。

「一般会員」の扱い、焦点に

改革の具体案を検討するERCは、理事54人名と本部スタッフによって構成され、6月にルーマニアのブカレストで開かれたICANN会議の直前に「改革のブループリント」という文書を発表して、その基本枠組みを提案した。ERCは、リンCEOが提唱する「政府の人的・資金的関与の強化」は問題が多いとして退けたが、それ以外は大筋でリン提案を認めた。一般会員については、グローバル選挙での理事選出を否定したばかりでなく、一般会員の存在そのものについてもまったく触れないという、極端な提案をした。

ブカレストでは、このままだとICANNへの一般会員=一般ユーザーの関与が全面的に否定されるとの危機感をもった人々が、ロビー活動を展開し、「AtLarge助言委員会(ALAC)」をつくって一般ユーザーの声を反映させる仕組みを提案した。

6月28日、ICANN理事会はERC案をほぼ全面的に承認し、詳細を詰めることを命じた。我々が提案したALACについては、その設置の可能性を検討することは認められた。

次回10月末に開催される上海会議で改革の具体案を正式決定するというのが目標で、具体案を詰める作業が急ピッチで進んでいる。

ERCは、基本的な論点について自ら考え方を詰めると同時に、いくつかの個別論点については、各数名のボランティアからなる「アシスタンス・グループ」を任命し、実施案の提案を求めた。いわば「下請け」に出したといってよい。

主な論点には、「ICANNの使命と中核となる価値観」、「理事会の構成」、「支持組織の構成」、「理事指名委員会(以下NomComと略)」、「メインネーム1策定方針」、「アカウンタビリティ」、「一般会員助言委員会(以下ALACと略)」などがある。

それぞれICANNの基本にかかわる重要点だが、一般ユーザーのICANNへの参加のあり方にかかわるという点で読者諸兄姉に身近な問題で、私自身も直接関係してきたALACについて、とくに触れてみたい。

一般会員は「助言委員会」に

ALACは、「政府助言委員会(GAC)」など他の助言委員会とは異なり、理事会がその設置を正式に認めたわけではない。ブカレスト会議での「ロビー活動」の結果、理事会はとりあえずその可能性の検討は認め、ERCに具体案を提案するよう命じたものだった。

ERCは、ロビー活動の中心だったエスター・ダイソン氏(ICANN初代会長)と一般会員調査委員会(ALSC)の専任スタッフだったデニス・ミッシェル氏の二人に、「アシスタンス・グループ」をつくり、具体案を出すよう依頼した。私もその一員となった。検討期間は約1ヶ月、メーリングリストと電話会議で検討が続いた。

ここで説得力のある案ができなければ、ALACは存在を認められないことになるので、議論にも力が入った。簡単にいえば、ICANNの最高決定委員会は理事会で、その構成が実際の「権力」のあり方を決める。助言委員会は投票権をもたないメンバーを一名理事会に送れる。投票はできないが、発言はできるし、重要情報が入る。

当初ICANNが発足したときは、理事の半数は一般会員による直接選挙で選出されるとされていた。それが、選挙は問題が多いと否定され、挙句に一般会員制度そのものまで消えてしまった。それを「助言委員会」と妥協してでも復活させようというのが、我々アシスタンス・グループの考え方だった。

投票権のない理事一人しか送れないという案に不満な人々は、あくまで選挙の復活を主張し続けている。「妥協するな、断固として選挙を主張すべきだ」との意見が届く。私自身、できることなら選挙によって代表を選ぶべきだと考えている。

しかし、現実は容易には変わらない。ERCも理事会も、圧倒的多数で選挙は少なくとも当面は受け入れられないとしている。「わけのわからない勢力にICANNを乗っ取られていいのか」、というのが彼らの懸念・心情である。その心配も理解できなくはない。グローバルなオンライン選挙は身元確認が容易ではなく、やろうと思えば乗っ取りも不可能とはいえない。事実、最初の選挙の際には日本の政府・業界団体が実に効果的に「組織選挙」を行ない、投票総数の半数が日本からで、日本は世界最高得票でアジアの代表となった。

残された選択はICANNを外から批判するか、それとも中から変える努力をするかだが、私は両方同時に行うのが望ましいと考えている。直接選挙はいったん断念しつつ、それに近い形での活動を実際にやって、実績を作って選挙の復活を主張するという筋書きである。

「ボトムアップ」と「トップダウン」のバランス

ALACについては、アシスタンス・グループは8月中旬、以下の案をまとめ、ERCに送った。かなり複雑なので図を参照していただきたい。

ALAC
図をクリックすると大きな画面で見られます。

まず、アジア、北米など、5つの「地域別一般会員組織」を組織する。構成方法は各地域の自主性に委ね、ICANNは一定の要件を満たした場合、下部組織として正式に「承認」する。同様に、たとえば「多言語ドメインネーム」、「女性ユーザーの会」など、必ずしも地域にとらわれない単位での会員組織の結成も認める。

各地域組織はそれぞれ「評議会」を置き、ALACに各2名、計10名の代表を送る。代表の決め方は、選挙でも指名でも、地域の自主性に委ねる。一律の「グローバル選挙」は見送り、地域単位の選挙をするかどうかは各組織で決めるという「ボトムアップ」の考えである。

ICANNの理事指名委員会(NomCom)も、ALACの委員を5名推薦できる。これは「トップダウン」だ。「ボトムアップ」10名と「トップダウン」5名というハイブリッドのバランスになる。このあたりが妥協というか、工夫した点である。

ALACは、NomComに各地域1名、計5名の代表を送る。NomComそのものの委員構成は、ICANNの主要組織から各一名というのが基本になっている。ICANNの理事会の構成を決めるのがNomComなので、その委員構成はきわめて重要だ。道路公団改革委員会の委員の人選と似ている。こうしていささか複雑だが、グローバルに存在する一般ユーザーがICANNの意思決定に間接的にでも参加できるようにしたのが、今回の提案である。

ERC、ALAC案を認める

9月初旬、ERCは第二弾のレポートを発表した。そこでは、ALACについての提案は概ね受け入れられた。理事を指名するNocComに各地域から1名、計5名送るという案も、「地域バランス」を重視するICANNの基本理念に沿うとして認められた。NomComは当初案では計19名で構成され、基本的には主要組織から各一名という割当てだったから、一般会員を重視する考え方が認められたといえなくはない。当初案の「無所属」4名という枠を5名に拡大して、ALACに割当てた。ALACからの理事会メンバーも、当初は投票権はもたないが、いずれ投票権を与える可能性も言及された。なおERCが提案したNomComの構成は、次表のようになっている。

表 ICANN理事指名委員会(NomCom)の構成(ERC案)

組 織  人数
グローバルドメイン(gTLD)登録機関 1
グローバルドメイン(gTLD)登録業者 1
国別ドメイン登録機関(ccTLD) 1
アドレス管理登録機関 1
インターネット・サービスプロバイダー(ISP) 1
大企業ユーザー 1
中小企業ユーザー 1
知的所有権機関 1
一般会員(ALAC) 5
学術組織・公的組織 1
消費者・市民社会グループ(NPO) 1
IAB/IETF* 1
技術助言委員会(TAC) 1
政府助言委員会(GAC) 1
合 計 15

*IAB: Internet Architecture Board, IETF: Internet Engineering Task Force

ERCは、他にも、ICANNによる決定が適正に行われているかを監視する独立組織としての「オンブズマン」、一般ユーザーの参加推進を担当する「パブリック・パーティシペーション・マネージャー」の設置などを提案している。また、これまでのドメイン名支持組織DNSOを、「.com」などグローバルなドメイン名の登録組織gTLDと、国別ドメイン名の登録組織ccTLDの2つの組織をもとに、gNSOとcNSOに分離する提案も行っている。

上海会議で決定が

これらを含めて、上海会議で改革の具体案を決定し、来年3月上旬に予定されているブラジル会議までに新組織を立ち上げるというのが、ERCと理事会の考えている日程だ。

ただし、ERCは世界5地域で一般会員組織を短期間で組織するのは非現実的だとして、ALACからのNomComメンバーは、当初はアシスタンス・グループのメンバーを中心にICANN理事会が指名するという提案をしている。

こうして、少なくとも一般ユーザーがICANNの意思決定プロセスに参加できる最低限の形は確保できたようにみえる。ただし、これは現時点でのERC案であって、5名は多すぎる」といった意見が他の組織から出されることは必至で、10月の上海会議で公開論争が行われ、理事会で決着されることになる。その意味では、「ロビー活動」はさらに続けなければならない。

実は、私は、次回の上海会議をICANNに直接参加する最後の機会にしようかと考えていた。年間4回世界各地で開かれる会議に参加するのは資金的にも時間的にも体力的にも容易なことではない。一般会員制度を否定する改革が進むなか、労多くして益が少ないというのが、偽らざる率直な感想となってきたからだ。しかし、ALAC案を詰めるアシスタンス・グループにかかわったことで、このALAC案がどうなるか、その実施を詰めるまでは、引くべきではないのかと迷っている。

今後、各地域で会員組織をつくる必要が強くなってきた。アジアで、日本で、一般ユーザーの声をICANNに伝えるための活動を改めて立ち上げなければならないだろう。「理事選挙」には参加できない会員が、果たして集まるだろうか。そうしたことも含め、上海では改革案とともに私自身のICANNへの今後のかかわり方を決めなくてはいけないようだ。

●参考リンク
ICANNの進化・改革委員会 www.icann.org/committees/evol-reform/
一般会員づくり www.icannatlage.com
 


1 ERCでは「ドメインネーム」ではなく、単に「ネーム」としている。本文へ戻る

『インターネットマガジン』掲載一覧
第15回 ICANNの向こうに何が見える? 2002.11.10
第14回 大詰めにきた「改革」をめぐって 2002.10.14
第13回 迷走するICANN、改革の決定が迫る 2002.9.5
第12回 文字コードから見えてくる途上国のデジタルデバイド問題 2002.8.8
第11回 ICANNの進化 2002.7.12
第10回 「改革」の行方とICANNの意義 2002.6.5
第9回  ICANNはダウンサイズを 2002.5.8
第8回  ガーナの暑い風「改革」の行方は 2002.4.2
第7回  「実験」は失敗か? ICANNトップ、会員制度を否定、政府依存を提案 2002.3.8
第6回  誕生したICANNとその「原罪」 2002.2.3
第5回  ICANNの誕生への経緯 その4 2001.12.25
第4回  ICANNの誕生への経緯 その3 2001.11.19
第3回  ICANNの誕生への経緯 その2 2001.10.31
第2回  ICANNの誕生への経緯 その1 2001.10.03
第1回  ICANN会員制度と選挙の混迷に学ぶ 2001.8.21



logo-s2.gif (株)アジアネットワーク研究所
〒152-0022 東京都目黒区柿の木坂1-28-15
TEL: 03-3725-3801  FAX: 03-3725-4960
E-mail : info@anr.org

Copyright(C) 2000-2002 (株)アジアネットワーク研究所