グローバルガバナンスの夜明け
ICANNのあるべき姿を探る

『インターネットマガジン』連載第1回
(2001年9月)


ICANN会員制度と選挙の混迷に学ぶ

続出する<グローバル問題>

 全世界で4億人以上が利用するようになったインターネット。ここまでグローバルに普及すると、インターネットがなかった時代に基本がつくられた、これまでの社会のルールがそのままでは通用しない状況が次々と現れてくる。

 ウィルスはその典型例だ。フィリピンの若者がつくったウィルスが数時間で地球全体に広がり、甚大な被害をもたらしたのは99年だったが、コードレッドなど最近のウィルスはより性質が悪い。あるいは、教科書や靖国神社参拝問題で、日本を批判する韓国や中国のネティズンたちは、日本政府や一部マスコミなどのサイトを特定した「DOS攻撃」で、抗議の意思表示を行った。こうしたウィルスやサイバー・デモ、あるいはより先鋭なサイバー・テロは、一国単位では防ぎようがない。児童ポルノ、麻薬や国際テロなど、ネットを利用した「サイバー犯罪」も深刻な問題となりつつある。

 

「インター・ナショナル」と「グローバル」の違い

 インターネットが普及したことで、既存の法体系や社会観念が通用しない状況が広がりつつある。問題は、既存の法的枠組みではインターネットが実現する状況に追いつかないところにある。現在の法体系は各主権国家単位で施行され、その主権国家同士の関係で成立する国際社会を国際法と国連などの国際機関が律する。これが近代社会の基本枠組みとなっている。個々人の権利は、自分が帰属する国家の法体系枠内でのみ認められ、それを超越して他国にまでわたる国際的な権利は、現実的には認められていない。

 しかし、インターネットを使えば、個人が容易に、安価に、かつ瞬間的に国境を越えて活動できる。国家同士を単位とする「インターナショナル」(国際)という関係と、国家や国境に拘束されず、個人や組織同士が直接つながる「グローバル」(全地球)という関係では、質が異なる。前者の論理で後者を制御することは妥当とはいえない。そうした国家間にまたがる活動をどう管理し、統治するか、個人の権利と義務をどう認め、定義するか。いわゆる「グローバル・ガバナンス問題1」が今後よりいっそう深刻化することは必至だ。

 

論争が続くネットガバナンス問題

 こうした事態を引き起こす原動力でもある、当のインターネットそのものの管理・運用方法である「ネットガバナンス」の問題は、ここ数年国際的に激しい論争を呼んできた。なかでもドメインネーム、IPアドレスなどの管理・運用体制は、ネットガバナンス問題全体を象徴する重要な問題だが、過去の経緯が複雑にこみ入っており、技術や法律などの専門知識がないと理解が難しいため、関必ずしも十分な理解が得られているとはいえない。

 そこで、ドメインネームやIPアドレスの国際調整組織であるICANN(Internet Corporation for Assigned Names and Numbers2)の設立以前からこの問題にかかわってきた筆者自身の経験も踏まえて、ネットガバナンスの何が問題なのか、どう考えればよいのかをともに考え、理解を深めるための材料を連載の形で提供しようと思う。基本的視点は、あくまで一般利用者=ユーザーに据えつつ、ネット業界にプロとしてかかわる人々に自分の問題として真剣に考えていただくことをぜひお願いしたい。

 

ネット管理の正統性? 迷走する会員制度

 インターネットを利用する人間ならだれでも、意識するとしないとにかかわらず、ドメインネームのお世話になっている。ドメインネームは、IPアドレスや各種プロトコルとともに、インターネットのさまざまな機能やアプリケーションを成立させる基礎をなす。

 1998年秋に設立されたICANNがこのネーム・アドレス・プロトコルの体系を、全世界で統一的に管理・調整している。しかし、ICANNは成立にあたって、その正統性の根拠が厳しい批判にさらされ、関係者同士の合意が成立する前に、いわば「見切り発車」したことから、設立から3年を経た現在でも論争と混迷が続いている。

 最大の争点は、ICANNの公式な意思決定機関である理事会の構成で、要約すれば、技術者・産業界による専門組織の代表中心の「閉ざされた組織」にすべきだという考え方と、一般ユーザーや市民も広く参加できる「開かれた組織」にすべきだという理念とが鋭く対立してきた。米国中心ではなく、本当の意味でグローバルな体制にすべきだという意見も、繰り返し強く主張されてきた。

 98年秋にICANNが暫定発足した際、その産婆役を務めた米国政府は、当初のICANN理事会に対して、世界の誰もが会員となって理事選出に関与できる「一般会員制度」の実施を条件としてその設立を承認した。会員制度の実施はICANN誕生の「公約」だった。

 ICANNは、大きく分けると「支持組織=SO(Supporting Organization)」という専門組織と一般会員によって構成されている(右図参照)。支持組織は、DNSO(ドメインネーム支持組織)、ASO(アドレス支持組織)、そしてPSO(プロトコル支持組織)と分野別に3つあり、理事を各3人ずつ選出する。こうしてSOからの理事9人に対して一般会員選出の理事も9人として、同数でバランスを保とういうのが背後の考えだった。

 しかし、実際のICANNの理事会とスタッフは、会員制度と理事選挙の実施を徹底的に引き延ばし、その間に重要事項の審議・決定を進めてきた。筆者は、会員制度を設計する諮問委員会MAC(Membership Advisory Committee)に選ばれ、報告書をまとめる作業に参加し、ICANNがその実現を事実上サボタージュするようすつぶさに目撃してきた。やむをえない面もあったが、きわめて遺憾だった。

 

ICANN会員による選挙と日本の突出

 昨2000年、ICANNの一般会員募集と理事選挙がようやく実施された。ただし、9人一括選出はリスクが大きいとして、地域別代表5人だけを最初に選出し、地域に無関係にグローバルに選出される4人の選挙は、最初の選挙の結果を見てから判断するとされた。

 第一回の選挙では、日本の関係者が「国益」を振りかざして「政府・企業ぐるみ選挙」を行ない、これに中国などのアジア勢が反発し、世界でも際立って突出してしまった。全世界から15万8000人が会員登録を申し込んだが、アジアから9万3000人余、うち3万9000人は日本からだった。国別内訳は公表されなかったが、アジア地域から当選した加藤幹之氏は1万7800票のうち約1万4000票を獲得し2位の中国のガオ氏は1700票で、日本が圧倒的に突出したことは間違いない。日本では多くの企業で会員登録と投票を呼びかけるメールが流され、関係官庁までもがこれを後押しした。

 このナショナリズムの発露がきっかけとなって、ICANN理事会は選挙制度の問題を会員制度全体の根本的な見直しへと拡大解釈して、2001年1月、スウェーデンのカール・ビルト元首相を委員長とする「会員制度調査委員会(ALSC3)」を設置した。発足当時、「暫定役員が規約を変更して会員制度を消滅させることはしない」と米国政府に文書で約束したICANN理事会があっさり前言を翻したのだった。

 

会員制度の調査結果 新たな論争へ

 ALSCは8月末に中間報告を発表した。会員制度は維持すべきとしたが、会員資格をドメインネーム保有者に限定し、会員選出理事の数を9人から6人に減らすと提案した。全員を地域代表とし、地域に無関係な「グローバル」な理事はなくすという。

 ALSCは、独自の調査・提案も広く呼びかけた。これに応じたグループの1つが、NAIS(NGO and Academic ICANN Study)で、筆者も参加した。NAISも8月末に報告書を発表し、ALSC同様、会員制度は一般ユーザーと市民の声を反映する重要なものとした。しかし、会員資格の制限はとくに設けず、理事の数も専門組織と同数にしてバランスを保つべきだとして、ALSC案と対立する内容となった。

 会費も大きな争点だ。MACでは途上国を意識して当初無料を主張し、これが認められた。選挙前には会員数5000人が目標で、最大1万人との想定でデータベースが設計された。ところが日本の突出をきっかけに、中国などから申し込みが殺到し、サーバーがパンクするほどの数になった。本人確認の手段として、通常郵便でPIN番号を送ったため、郵送代もかかった。

 そのためALSCでは、今後はコストに見合う会費の設定が必要だとし、会員をドメインネーム保有者に限定することで、登録業者から会費を間接的に徴収する案を採用した。一見、現実的なこの案だが、実際のドメインネーム保有者の圧倒的多数は企業で、それも先進国に集中しているから、広く世界中から個人ユーザーの参加を得るという一般会員制度の本来の趣旨から大きく逸脱する恐れが強い。

 NAISでは、たとえ数ドルの会費でも、途上国の所得水準から見ればきわめて高額で、経済格差を考えると一律の会費は不平等になると考え、NAISの一般予算全体から選挙費用を捻出するよう提案した。

 会員制度については、この9月にウルグアイのモンテビデオで開かれるICANN会議での検討を経て、早ければ11月にロサンゼルスで開催される年次総会で結論が出ると見られるが、その帰趨は予断を許さない。一般会員選出理事9人のうち残る4人の「グローバル」選挙は実施されないまま、制度が変更される公算も大きい。

 大多数の一般利用者にとって、ICANNは「遠い」存在で、理事の選出方法にまで関心を持つとは考えにくい。しかし、例えば今後、ICANNでは日本語を含む多言語のドメインネームの実現方法など、日本やアジアに直接関係ある重要な決定が控えている。一般会員制度をめぐって蓄積されたICANNへの不信感は根深い。次世代の基礎ともなるネットの基本構造を誰がどう決めるのか、制度設計にかかわることは権利の主張であり、また責任を果たすことでもある。

 ネットの世界で狭い「国益」にこだわりすぎるとかえって大局を見失い、自分たちの利益すら守れなくなる。ICANNを真の意味でのグローバルな組織、世界の誰からも信頼される組織にするために、アジアの一員としての日本の責任は重い。

 

ICANNの理事会・役員構成

 

 

●参考URL

ICANN http://www.icann.org
IANA http://www.iana.org
ALSC http://www.atlargestudy.org
ASO http://www.aso.org
PSO http://www.pso.icann.org/
DNSO http://www.dnso.org
NAIS http://www.naisproject.org

 


1. グローバル・ガバナンス問題
地球温暖化などの環境・エネルギー問題、AIDSや狂牛病などの医療・健康分野、途上国での開発問題、あるいは国際金融システムによる経済問題など、インターネットと直接的には関係ない分野でも多発。本連載ではインターネットが直接関連する問題に限定して考える。(本文へ戻る)

2. ICANN
Interenet Corporation for Assigned Names and Numbers
ドメインネームやIPアドレスの国際調整組織。世界中の声を聞くためにICANNは年4回、異なる地域で会議を開催している。(本文へ戻る)

3. ALSC
At-Large Membership Study Committee
会員制度調査委員会。一般会員選挙の反省から1月に設置され、独自の調査と提案を行う。(本文へ戻る)

 


『インターネットマガジン』掲載一覧
第15回 ICANNの向こうに何が見える? 2002.11.10
第14回 大詰めにきた「改革」をめぐって 2002.10.14
第13回 迷走するICANN、改革の決定が迫る 2002.9.5
第12回 文字コードから見えてくる途上国のデジタルデバイド問題 2002.8.8
第11回 ICANNの進化 2002.7.12
第10回 「改革」の行方とICANNの意義 2002.6.5
第9回  ICANNはダウンサイズを 2002.5.8
第8回  ガーナの暑い風「改革」の行方は 2002.4.2
第7回  「実験」は失敗か? ICANNトップ、会員制度を否定、政府依存を提案 2002.3.8
第6回  誕生したICANNとその「原罪」 2002.2.3
第5回  ICANNの誕生への経緯 その4 2001.12.25
第4回  ICANNの誕生への経緯 その3 2001.11.19
第3回  ICANNの誕生への経緯 その2 2001.10.31
第2回  ICANNの誕生への経緯 その1 2001.10.03
第1回  ICANN会員制度と選挙の混迷に学ぶ 2001.8.21



logo-s2.gif (株)アジアネットワーク研究所
〒152-0022 東京都目黒区柿の木坂1-28-15
TEL: 03-3725-3801  FAX: 03-3725-4960
E-mail : info@anr.org

Copyright(C) 2000-2002 (株)アジアネットワーク研究所