グローバルガバナンスの夜明け
ICANNのあるべき姿を探る


『インターネットマガジン』連載第11回
(2002年7月)


<ICANNの「進化」>

世界中が納得できるDNSの管理を

6月24日から28日にかけて、ルーマニアの首都ブカレストで、ICANNの今年2回目の会議が開かれた。この原稿はW杯決勝の直前、パリ経由で帰国する途中の機内で書き始めた。

インターネットのドメイン名システム(DNS)などを司る国際非営利組織ICANNは、間もなく設立満4年を迎える。ドメイン名やIPアドレスなどのインターネットの共通資源を、政府や国際機関に任せず、民間の企業・組織や個人によって自主的に管理運用しようという趣旨で、ICANNは1998年10月に設立されたのだが、設立までの経緯もその後の歩みも決して平坦ではなかった。

DNSはインターネットが米国で始まった当初から、ネットの運用にかかわるエンジニアたちが自主的に考案し、管理してきた。簡単にいえば、ネットにつながる個々のコンピューターにお互いを識別するために16進数の数字で表現されるIPアドレスを割当て、その数字のアドレスを普通のユーザーでも使いやすいようにアルファベットの文字列で表現し直したのがドメイン名である。IPアドレスとドメイン名はいずれも世界中で一つしか存在しないよう、唯一性が保証され、両者の対応表をデータベースとして管理するサーバーがDNSサーバーである。

世界中で唯一性を保証するためには、DNSの管理も世界中で一元的に行われることが必要となる。その大本のデータベースを管理するサーバーがルートサーバーで、現在は全世界に13のルートサーバーが置かれている。すべて同一内容のデータをもち、そのデータは「ゾーンファイル」に書き込まれている。

このDNSによって、我々の使うメールやホームページのアドレスが、全世界共通のデータベースに収納され、混乱なく使える。基本原理は単純で、IPアドレスが不明なドメインネームがくると、もっとも身近なDNSサーバーに照会し、返ってきたIPアドレス宛に信号やメッセージを送る。身近なサーバーでわからないときは、まず最上位のルートサーバーに照会し、そこからドメインネームの階層構造に対応するサーバーが順番に指定されて解決される。紹介されたIPアドレスからドメイン名を参照する「逆引き」もできる。

このルートサーバーの運用とゾーンファイルの内容を管理更新する仕事がDNS管理の根幹で、ICANN設立以前はIANA(Internet Authority for Names and Addresses)という組織が、ロサンジェルスの南カリフォルニア大学に「間借り」する形で、ジョン・ポステルという管理者のもとで自主的に、ボランタリーに運営してきた。IANAは、インターネットを運用する人々、いわゆるインターネット・コミュニティの合意の上で存在し、初期のインターネット形成の流れを受けて、資金は米国政府とくに国防総省からの研究資金に多くを依拠していた。


技術上の専門性と広い公平性の両立が課題

90年代中頃から、ネットの商用利用が世界中に爆発的に拡大したことを受けて、DNSの運用管理を、一部関係者の内輪の合意によるものから、法的にも組織的にも、資金的にも人的にも、より広い形で世界全体のインターネットの利用者が広く納得できる形に拡大・軌道修正しようというのが、ICANN設立の背景であり、目的でもあった。

米国政府の資金と契約に依存するのではなく、民間の資金と組織に委ねる民営化と、全世界共通の資源にふさわしい形に国際化することがICANNの使命とされた。と書けば簡単だが、インターネットという新しい技術システムは、それ自体の普及と変化のペースが激しく、ビジネスやその他の様々な利害に深くかかわるもので、それをグローバルに、民間の関係者だけで自主的に管理する組織をつくっていくというのは、容易なことではない。いわゆる「ドットコム・ブーム」を背景に、一個あたり年間数十ドルで販売されてきたドットコムのドメイン名は、それ自体が商売のネタでもあり、その登録管理が米国のNSI社の独占ビジネスであったことも、対立に拍車をかける大きな要因だった。

ICANNの歩みについては、この連載でこれまで詳しく述べてきたが、だれがどういう理念でこの組織を構成・運用すべきかをめぐって激しい論争・対立が続き、今日に至っている。

ICANNは広く公平な組織として、その意思決定のプロセスをオープンに公開し、だれもが参加できることを大きな使命に設立された。一部の利害関係者に都合のよいように支配されては困るし、技術に疎い人たちが勝手な決定をすればシステムがうまく機能しなくなるおそれもある。専門性と公開性を高い次元で両立させることが大きな課題である。

名実ともにグローバルな組織とするべく、これまで毎年3回から4回、文字通り世界各地を巡回して会議を開いてきた。98年はワシントン、ジュネーブ、シンガポール、ボストンで設立準備会合を開き、99年にはシンガポール、ベルリン、サンチアゴ、ロサンジェルスで正式の会議が開かれた。2000年はカイロ、横浜、ロサンジェルス、2001年はメルボルン、ストックホルム、モンテビデオ、ロサンジェルス、そして今年はアクラ、ブカレストと開かれ、次回は10月に上海での開催が予定されている。私は設立以前からかかわりこれらの会議のほぼすべてに参加してきた。


理事会で意思決定、基本的には4日間の会議

ここで、毎回の会議のフォーマットを簡単に紹介し、ICANNがどうやって組織としての意思決定を行うかを説明してみよう(表参照)。通常ICANNの会議は多少のバリエーションはあるが、4日間にわたって開かれる。最終日に理事会が開かれ、そこで公式な意思決定が行われ、その他の会合はすべてこの理事会の決定をターゲットに議論が進められる。

重要事項は、会議以前にすべて原案がネット上で発表され、オンラインでのコメント募集がなされ、関係者はだれでも意見を寄せることができる原則となっている。ただし原案は一ヶ月以上前に発表されることもあれば、今回の「改革」案のように、一週間前とかわずか数日前に突然発表されることもあり、ICANNの公式ウェブからは目が離せない。様々な部会別にメーリングリストによる議論や電話会議も盛んに行われる。

表 ICANNの会議の構成

第1日 第2日 第3日 第4日
ccTLD ccTLD
DNSO各部会 DNSO総会(午前)
同評議会(午後)
GAC GAC
パブリック・フォーラム 理事会

会議の最初の二日間は、ICANNを構成する数多くのサブグループの会合にあてられる。まずドメイン名の支持組織DNSOの構成組織が「部会」を開く。7つある部会のなかでも国別のトップレベル・ドメイン(TLD)を管理運用するccTLDは、全世界で240以上存在し、毎回50前後の組織が参加して二日がかりで議論を行う。ICANNは民間組織だが、各国政府も「政府アドバイザリー会議(GAC)」として会議を行う。通信か経済担当省庁の官僚が多く、共同声明文書(コミュニケ)をまとめるためにしばしば議論が難航し、今回は政府の関与を強化する「改革案」が提案されたために、例外的に三日目の深夜まで議論が続いた。

三日目は「パブリック・フォーラム」で、ICANNの全活動の報告と討論が丸一日行われる全体会議だ。通常CEOの活動報告から始まり、DNSO、PSO、ASOという3主要支持組織、政府(GAC)、ルートサーバー(RSSAC)などの助言委員会、臨時のタスクフォースなどからの報告が続く。途中の質疑応答ではだれでも発言できるが、壇上には全理事がならび、理事の質問が優先される。

たとえば今回は、ICANN全体の改革案と、非営利団体用のドメインである「.org」の管理組織の新規入札が主要な案件だったために、パブリック・フォーラムも午後はこの2つの議題の報告と議論が中心になった。

理事たちは、このパブリック・フォーラムでの議論の展開に耳を傾け、翌日の理事会での決定への基本的な判断材料とする。このパブリック・フォーラムで発言が取り上げられ、支持が集まるかどうかは、大きな影響力をもつ。

理事会は公開されるが、一般参加者は傍聴のみで発言はできない。当初は非公開だったが、米国議会の公聴会でも取り上げるなど激しい議論の末、設立一年後には公開されるようになったものだ。ただし、理事たちは、前日の夜に食事をはさんで議論を行って、決定の大枠を事前につくってしまうため、議論の多くは儀式的なものとなる。それでも、だれがどのような発言・意思表示をするかが公開されることの意義は少なくはなく、無意味とはいえない。


「妥協」は一歩後退か、一歩前進か

2月のリンCEOの「改革」案は、要約すれば、ICANNの公平性を確保し、財政基盤を堅固にするとして、各国政府の関与を強め、その分一般会員などの参加・意思決定の役割を少なくしようというものだ。また、これまで3つあった理事を派遣する専門組織のうち、プロトコル技術の管理をするPSOを、「技術アドバイサリー委員会」に改変し、意思決定から外すなど、理事会の構成を大きく変更するものだった。

理事会はこの提案を基本的には前向けに受け止め、「進化・改革委員会(ERC)」を設置して検討を進めてきた。5月末に改革の大枠を提案する文書を、会議直前の6月20日にはその追加となる「ブループリント」を発表して、理事会決定に漕ぎ着けようとした。

ところが、設立以来議論の的だった「一般会員(AtLarge)」注1について、この2つの文書はまったく触れなかった。3月のアクラでの理事会では、理事会が設置した会員制度調査会(ALSC)の答申に対して、グローバル選挙の実施は否定したものの、一般会員が参加できる仕組みづくりは承認され、そのための準備を始めることも認められていた。ところが、その事項が一切消されたのだった。一般会員制度に対するアレルギーがいかに強いかの現われともいえるが、それにしても乱暴な進め方だった。

ブカレストでは、この点をめぐっての「ロビー活動」が続いた。私も参加したが、ALSCの主要メンバーだったエスター・ダイソン氏、準備活動専任のデニス・ミッシェル氏らと共に、ERCの委員と個別に会ったほか、他の部会に出て会員制度の重要性を訴えたり、理事をつかまえて議論したりするなど、公式会議の隙間を縫って朝食から夕食後まで、忙しい時間が続いた。

並行して、利用者、個人の権利を強く主張するグループとも会合を開き、議論をする。彼らは、ERCも理事会も「敵」だ激しく非難する傾向が強い。いわば「少数野党」であるだけに、議論は先鋭化する。これまでの経緯を考えると無理もない。約束と期待は常に裏切られてきたからだ。

ダイソン氏らは、「一般会員アドバイザリー委員会」を提案して、いわば「妥協案」を実現させようとした。理事を選出できる専門組織に比べれば明らかに一歩後退であるが、ERCはいってみればゼロ回答だから、それに比べれば一歩前進といえなくはない。

私は、4月にできた一般会員を実現させる運動、「AtLarge.com」の7人の暫定幹事の一人に選挙で選ばれていた。ところが、その一人、米国のジェーミス・ラブ氏が、7月末までに本格選挙を実施するはずなのに取組みが遅すぎるとして、突然幹事を「辞任」し、私を含む他のメンバーを非難し始めていた。たしかに当初予定より遅れたが、きちんとした規約をつくることを優先させるべきだというチェアのイタリアのビットリオ・ベルトラ氏の考え方にも一理あり、議論に決着がつかなかったのだ。みんな「ボランティア」だから、なかなか短期間に成果をあげるのは難しい。私はベルトラ氏の「控え」=「オルタネート・チェア」なので、オンラインも含めて一緒に批判を受け、ブカレストの会合でも議論の応酬となった。本来同じ目的をもつ「仲間」のはずで、会員制度を認めようとしないICANN側をこそ批判すべきなのに、その「仲間」を後ろから鉄砲で撃つような姿勢にはやり切れないものを感じた。

困ったあげく、韓国のYJパクさんに「仲立ち」を頼んだ結果、互いに共通の目標をもっていることを理解して、足並みを整えることができた。ブカレストを発つ早朝、6時前、都合で最終日の理事会に出られず帰る私と、早朝まで仕事をしていたラブ氏は、偶然ホテルのロビーで顔を合わせ、誤解を解いて握手して別れたのだった。

パリのラウンジでメールをみると、理事会では大筋は「ブループリント」を受け入れつつ、「AtLargeアドバイザリー委員会」を検討するなどの修正案を追加したという。前夜遅くまでの議論で、会員制度に否定的な理事と肯定的な理事との間で相当議論が交わされた末に認めようということになったらしい。ただしそのための予算は、原案で20万ドルが予定されていたのが、それは外部からの寄付を受ける、ということで事実上はゼロ査定だ。これで満足できるかというと、難しい。当初の「約束」から比べれば大きく後退したし、わずか3ヶ月前の理事会自身の決定をも覆している。ICANNの不信の蓄積の歴史にまた新しい1ページが加えられたのは事実だ。

このICANNに見切りをつけるべきか、それとも4年がかりの「実験」は終了し、新しい組織が誕生しつつあると、その「再生」を信じるか。私にも確たる回答はまだない。


●参考URL

リン改革案 www.icann.org/general/lynn-reform-proposal-24feb02.htm
ICANN進化・改革委員会最終報告
www.icann.org/committees/evol-reform/blueprint-20jun02.htm

ICANN一般会員組織運動 www.icannatlarge.com



注1 一般会員(AtLarge)
ICANNを自由に参加できる開かれた組織にするために、世界中のインターネットユーザーならだれでも会員になれるという制度。2000年に一般会員による理事選挙が実施された。本文へ戻る

 

 


『インターネットマガジン』掲載一覧
第15回 ICANNの向こうに何が見える? 2002.11.10
第14回 大詰めにきた「改革」をめぐって 2002.10.14
第13回 迷走するICANN、改革の決定が迫る 2002.9.5
第12回 文字コードから見えてくる途上国のデジタルデバイド問題 2002.8.8
第11回 ICANNの進化 2002.7.12
第10回 「改革」の行方とICANNの意義 2002.6.5
第9回  ICANNはダウンサイズを 2002.5.8
第8回  ガーナの暑い風「改革」の行方は 2002.4.2
第7回  「実験」は失敗か? ICANNトップ、会員制度を否定、政府依存を提案 2002.3.8
第6回  誕生したICANNとその「原罪」 2002.2.3
第5回  ICANNの誕生への経緯 その4 2001.12.25
第4回  ICANNの誕生への経緯 その3 2001.11.19
第3回  ICANNの誕生への経緯 その2 2001.10.31
第2回  ICANNの誕生への経緯 その1 2001.10.03
第1回  ICANN会員制度と選挙の混迷に学ぶ 2001.8.21



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