グローバルガバナンスの夜明け
ICANNのあるべき姿を探る


『インターネットマガジン』連載第10回
(2002年6月)


「改革」の行方とICANNの意義

 インターネットの利用者は全世界で5億を超えた。理想的には、国境を超える自由なコミュニケーションを享受できる人がそれだけ大勢になったといえるが、現実はそう単純ではない。この人類初めての「超国家メディア」は、どうすれば全世界の人々が納得できる形で運用し、発展させていけるか。答えのない難問が山積している。

インターネットのドメイン名やIPアドレスなどのグローバルな管理を行う組織であるICANNの「改革」の行方だが、6月下旬にルーマニアのブカレストで開催される理事会で議論され、そこで大枠が決定される可能性が高い。

 3月に理事会が設置した「ICANNの進化・改革委員会」(以下「改革委員会」と略)は、4月末に「中間報告」を発表し、5月初旬には議論の叩き台として3本のワーキングペーパーを立て続けに発表した。これらのペーパーは、それぞれ「ICANNの使命と中核となる価値」、「ポリシー開発プロセス」、「組織の構造と理事指名委員会のコンセプト」と題され、いずれも10ページほどの文書である。

 さらに5月末には、ブカレスト会議の事前資料として「ICANNの進化と改革についての提言」(以下「提言」と略)と題する、全体の議論の方向性についての総括的な文書を発表し、ブカレスト会議での討議の基本的な方向性を設定した。理事会はその直前に米国で「合宿」を開き、改革案について検討したようだ。

 一連の文書は、4月末までに寄せられた様々な組織・団体・個人からの意見のインプットを受けてまとめられたもので、改革委員会では、さらに論点別に具体的なコメントを募集している。その意味では、オープンな姿勢を保とうという努力はみられる。

 

改革委員会の基本姿勢 政府の関与は最小限に

 これらの文書の細部の検討は後に譲ることにし、まず着目したいのは、その全体を貫く基本的な姿勢である。

 リンCEOの改革案は、「ICANNの実験は失敗だった」と総括し、組織としての最高意思決定機関である理事会の構成を大幅に変更することを主張する。即ち、全体の三分の一は特定組織の代表が就任し、残る「一般会員」理事10人のうちの5人は各国政府による指名に委ね、後の5人を指名委員会による指名にするというものだ。

 また、ドメイン名システムの根幹を成すルートサーバーの運用体制をICANNがより直接責任をもつものにすることとし、そのための資金を含めて、財政の安定・拡大を目的として政府に拠出金を要請すると提案した。

 しかし、改革委員会の「提言」は、政府に理事の指名権を与えることと、それと対を成す政府による資金負担のいずれをも、検討に値するとはいいながら、反対意見も強く短期間での実現は困難だとした。リン改革案の根幹にあった「官民の新しいパートナーシップ」という考え方は、事実上否定されたとみてよいだろう。

 これはある意味では当然の帰結といえる。リン提案のなかでもっとも強い反発を受けた点が、この政府の関与を強めるという部分だったからだ。リン提案は、「グローバル選挙」は特定勢力に乗っ取られるリスクが高いとして、「指名制」を導入し、各国政府に三分の一の理事の指名権を与え、その見返りに資金協力を求める、いわば政府に「口も金も出してもらう」というものだった。

 しかし、「グローバル選挙」を強く否定する人々にも、「政府の介入強化」にはそれと同じ位の強さで反対する意見が多い。これまでインターネットの開発・運用を担ってきた中核のエンジニアたちの間には、もともとインターネットは自分たちが自主的に運用してきたからこそうまくいったのであって、政府の介入は不要で、むしろ有害無益だという思想が強い。営利企業を軸とする産業界にも、新興のドットコム企業であれ既存の通信会社などの大企業であれ、いずれも政府の介入を歓迎する意識は薄い。肝心の政府の側も、ICANNに積極的に介入したいという意志や問題意識をもち、かつそれを実現するだけの力をもっている国は、少なくともいまのところは表面には現れていないように見られる。

リン提案は、政府の役割を強化しようという部分については、あまりにも性急かつ唐突で、広い賛同が得られなかったことは明確になった。

 そこで、「提言」では、理事会の構成を、専門分野別の「職能代表」と、広い意味での利用者代表の「一般理事」の大きく二つに分けることを提案している。前者は、グローバルなドメイン名管理組織(GNSO)、国別ドメイン名管理組織(CNSO)、IPアドレス管理組織(ASO)、政府諮問委員会(GAC)、ルートサーバー諮問委員会(RSSAC)、セキュリティ諮問委員会(SAC)、技術諮問委員会(TAC)の代表各一名にCEOを加えた計8名とし、残りの7名から11名を、広い意味での公共性(パブリック・イントレスト)を保証するべく、指名委員会で選出することを提案している。

 こうなると、指名委員会の構成と委員の具体的な選出方法が重要になる。「提言」では、その構成については、ICANNの専門分野の代表と、広くグローバルな情報社会とインターネットについての見識をもつ人から成るとの一般原則を提示しつつ、詳細についてはコメントを求めるとして、それ以上触れていない。実際の指名方法や選定基準の案も示さなかった。

 

リンCEOら辞任を表明

 前述したように、ICANN理事会は、5月下旬に改革案を議論する合宿を行ったが、これが思わぬ波紋を招いた。理事の一人で、ヨーロッパから選挙で選出された、いわば「民主派」のアンディミューラー・マグーン氏が、合宿直後にICANNの最高幹部の辞任をリークしたのだ。

  まず、改革案を唱えた当のリンCEOが来年3月の任期満了に伴い退任するという。また、設立以来の専任スタッフで、現在はポリシー担当副社長のアンドリュー・マグロウフリン氏は今年7月1日付けで辞任し、以降はパートタイムで引き継ぎにかかわるとした、さらに、設立以前から一貫して法的業務を委任されてきたジョーンズ・アンド・デイ法律事務所のジョー・シムス氏も、遠くない将来辞任する意思を明らかにした、というものだった。

 この「リーク」を受けたICANNは、ジョー・シムス氏の件を除いて、ほぼその内容を認めるプレスリリースを急遽発表した。ただし、詳しい経緯などは明らかにされず、リン氏が「ICANNのトップは24時間365日の激務で、そろそろ個人的生活と健康を顧みたい」と述べたと引用し、「彼らの決意は残念だが、背後の理由は理解できる」とした。

 ただし、この発表を字義通りに受け止めるのは、必ずしも適切ではないだろう。マグロウフリン氏については、設立以前からかかわっていただけに、ここ一年以上「もう疲れた、そろそろ辞めたい」と言明していたのは事実で、既定方針だったと思われる。

  しかしリン氏は就任後二年にも満たず、そのような表明や観測は、少なくとも関係者に伝わっていたわけではない。あれだけ大胆な改革案を自信をもって発表したからには、当然その実施にも責任をもつべきというのが普通の見方だろう。

  たしかに、リン氏はCEOにヘッドハントされたときには、大学の情報システム担当責任者を最後に退職生活に入り、年齢も67歳で、世界中を回って会合を開き、議論をし、経営していく負担は決して少なくはなかっただろう。しかし、それは就任以前から明らかだった所与の条件で、かつ、あの改革案はそれも覚悟で提唱したと受け取られていた。

 私は、むしろ、改革案の基本的な部分が理事会や改革委員会をはじめ、ICANNの主要な支持団体などから不評で、受け入れられそうもないことを見越して、辞意を表明したとみる。その中心が、政府の関与を大幅に強める「官民の新しいパートナーシップ」提案だった。

  これは、グローバルなネットの基本資源の管理を司る組織の長に求められる姿勢とは思えない。ある意味では首尾一貫しているともいえる。「自分の提案を受け入れよ、さもなければ辞める」というわけだ。しかし、本来グローバルな「コンセンサス」を基本とする組織に、こういう唐突で強引なリーダーは適切ではない。理事会は、さっそく後任探しの委員会を発足させることにしたが、リン氏をヘッドハントするまでにも2年以上かかったので、適任者が簡単に見つかる保証はない。混迷はさらに続くだろう。

 

「一般会員」の組織化は始まったが

グローバルな「オンライン選挙」は否定されたものの、一般会員の組織化への取り組みは始まっている。この状況が複雑でわかりにくいので、すこし説明しよう。

  まず、独自の取り組みとして、「一般会員制度」をつくろうと自発的に集まったメンバーが、4月初旬に「オンライン選挙」を行って、3ヶ月以内に規約の制定と選挙の実施などを実現するための「暫定幹事」を選び、活動を開始した。「icannatlarge.com」というウェブサイトなどで議論が進んでいる。で、私もその幹事の一人に選ばれ、チェアのビットリオ・ベルトーラ氏を補佐する役がまわってきた。

  一方、ICANN理事会は4月24日、「広い範囲にわたるインターネットのユーザーがICANNの活動に意味がある形で、自主的に組織され、十分に情報をもって参加できる一般会員の組織を創出・育成するための専任スタッフ」の雇用を決定した。これは、会員制度調査委員会(ALSC)のメンバーだったエスター・ダイソンICANN前会長からの、立ち上げ資金を寄付するとの申し出を受けたもので、さっそくALSCの担当スタッフだったデニス・ミッシェル氏が就任した。ICANNでは、会員組織を支える資金の寄付も受け付けている。

  ミッシェル氏らは、ボトムアップによる一般会員組織づくりを推進する「一般会員組織委員会(ALOC)」を5月に立ち上げた。私は、会員制度の調査を行ったNAISプロジェクトのメンバーだったということで、その委員の一人にも選ばれた。

 一般会員組織については、私自身、長い間かかわってきたし、ICANNを真の意味でグローバルにオープンな組織としていくためにきわめて重要な要素だと思うので、これらの委員会のメンバーに選ばれた以上、アジア・日本から参画しているメンバーは少ないし、おおいに貢献しなければと思っている。

  しかし、その反面、これまでの経緯のなかで、理事会、ICANN執行部などを含めて、会員制度についてはあまりにも意見が割れており、理念も現実も、混沌、混乱をきわめてきただけに、本当に意味ある組織ができるかという点で確信はないというのが正直なところである。こうした活動は、まったくのボランティア活動で、「公認」されたものではなく、負荷の高い割に明確な成果は期待しにくい。

  事実、改革委員会の「提言」には、「一般会員組織」が新しいICANNの組織においてどのような位置付けとなり、どのような活動を行うか、理事選出にどういう機能を果たすかといった点についてはまったく触れていない。おそらく意図的にと思われるが、「完全無視」の姿勢を保っている。

  その背後にどういう意図があるかについては、私自身、二つの相反する見方をもち、どちらとも決めかねている。一つは、新設される一般会員組織には極力限定的な機能しか与えないこととし、ICANNの重要事項の決定には関与させるべきでないという考えである。他方では、その反対に、積極的な関与を受け入れるが、それは、まさに現在進行中の一般会員組織自身の自主的な意見形成に委ねることとし、その状況を見守ろうというものだ。

  後者なら歓迎すべきだが、現状ではそうナイーブな見方はできない。というのは、組織改革の大枠が6月のブカレスト会議で決定されるという日程から逆算すれば、そのための叩き台となる「提言」に、一般会員組織の機能や位置づけについて何も触れられてなければ、何も具体的な決定はしないという結果になる可能性が高いからだ。これまでのところ、この点についての批判や反発は、少なくとも表面上は、なぜかほとんどみられない。

 

「グローバルガバナンス」とは

 ICANNの「改革」を中心とした一連の動きをこうやって記述しつつ、あらためて考えざるをえないのは、いったいICANNの意義はどこに求めるべきだろうか、ということである。

 実は、インターネットや情報社会のあり方についての見識と経験を積んだ人々のなかに、少なからず、ICANNは機能不全で、かかわっても意味がないという否定的な意見が多い。私にも、そうした意見は伝わってくる。

「所詮、アイラ・マガジナーたちの理想主義は国際社会の現実には通用しない」、「グローバル・ガバナンスといっても、国家や政府は無視できない」、「そんなに一生懸命かかわっても時間とお金の無駄で、もっと他に意味があることにエネルギーを使ったら?」というアドバイスも聞こえてくる。

 リン改革案とそれを受けた現状の混迷を見ると、こうした意見にももっともなところがあるように思えないではない。

 「グローバル」なガバナンスとは、実質何を意味するのだろうか。インターネットは、既存の国境を容易に超える活動を可能とし、その結果国家単位では解決が困難な問題群を発生させている。その意味では、国家単位とは異なる、新しい問題解決、新しい自主統治の原理と実際の仕組みが求められているのだと思う。しかし、たとえば国際連合など、多くの組織がそうであるように、誕生の際の理想や理念と、実際にできあがった組織の現実とは、往々にしてまったく異なる。

 しかし、いったんかかわった以上、出口にたどりつくまでは、この混迷のトンネルを通っていくしかないと思っている。

 

●参考URL
ICANNの進化・改革委員会 http://www.icann.org/committees/evol-reform/
一般会員づくり http://www.icannatlage.com
一般会員組織委員会(ALOC) http://www.at-large.org/

 

 


『インターネットマガジン』掲載一覧
第15回 ICANNの向こうに何が見える? 2002.11.10
第14回 大詰めにきた「改革」をめぐって 2002.10.14
第13回 迷走するICANN、改革の決定が迫る 2002.9.5
第12回 ネットとICTのガバナンス 2002.8.8
第11回 ICANNの進化 2002.7.12
第10回 「改革」の行方とICANNの意義 2002.6.5
第9回  ICANNはダウンサイズを 2002.5.8
第8回  ガーナの暑い風「改革」の行方は 2002.4.2
第7回  「実験」は失敗か? ICANNトップ、会員制度を否定、政府依存を提案 2002.3.8
第6回  誕生したICANNとその「原罪」 2002.2.3
第5回  ICANNの誕生への経緯 その4 2001.12.25
第4回  ICANNの誕生への経緯 その3 2001.11.19
第3回  ICANNの誕生への経緯 その2 2001.10.31
第2回  ICANNの誕生への経緯 その1 2001.10.3
第1回  ICANN会員制度と選挙の混迷に学ぶ 2001.8.21



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