グローバルガバナンスの夜明け
ICANNのあるべき姿を探る

『インターネットマガジン』連載第9回
(2002年5月)


<ICANNはダウンサイズを>

リン提案を受けて

 2月末にリンCEOが提案したICANNの「改革」案に対しては、唐突で、かつ「一般会員選挙」の合意を潰す意図が露骨だったために、「宮廷クーデターだ」と「身内」からも批判されるなど1 、批判の声が相次いだ。公平な目でみても、賛否は相半ばしている。「問題点の分析はもっともだが、解決案には同意し難い」というのが、大方の声に共通しているようだ。私は現状分析にも大いに異論がある。

 ICANN理事会は「ICANNの進化・改革委員会」を設置し、関心をもつ人々に広く意見を寄せるよう求めた。検討のペースは異様に速く設定され、意見は4月末に締め切られ、5月に委員会で検討し、5月下旬に理事会が合宿を開き、6月24日からルーマニアのブカレストで開催される次期ICANN会議で大枠を決めるという。

 これまでのICANNの重要な問題への時間のかけ方に比べると、今回は異例な速さで進めている。拙速も辞さず、一通り意見を集約したら一気に決め、もろもろの議論=雑音は封じ込めるという思惑も見え隠れしているが、果たしてそううまくいくだろうか。

 リン提案の大要は、こうだ。
現在のICANNは、「プロセス」を重視し過ぎ、効率が犠牲にされている。会員選挙をめぐる論争はその典型だ。主要当事者、とくに大手企業の関与がない。世界13のDNSルートサーバー運用組織、244の国別TLD管理組織(ccTLD)、3つの地域アドレス登録機関2 (RIR)との契約締結も遅々として進んでいない。当初の目的であった米国政府からのルートサーバーの管轄権の移管も達成できていない。

 資金不足も深刻だ。経費不足でこれ以上スタッフを雇うことができない。運転資金を一年分留保すべきだが、それも確保できていない。


新「官民パートナーシップ」モデルを提唱、政府の関与を求める

 リン氏の処方箋はこうだ。役員は19名から15名に減らし、10名を「一般(At Large)」とし、うち5名は政府指名、5名は指名委員会が選定し役員会で承認し、残り5名は3つの政策評議会と技術諮問委員会の会長各1名、そしてCEOとする。

 政策評議会は分野別に、「アドレスと番号」、「一般TLD」、「地理TLD」の3つとし、それぞれ幹事会を設け、その半数は指名委員会の指名を受けて役員会が任命する。その他技術諮問委員会と政府諮問委員会を設け、前者は役員を選出し、後者も議決権をもたない代表を役員会に出席させる。

これまでの「民間非営利組織」という枠組みを変更し、政府に強い関与を求める。政府には資金の提供を求め、その代わり5名の役員の「指名」枠を与えると。これを新しい「官民協調」(Private-Public Partnership)と名づける。

 懸案だった「一般会員」制度には、グローバル選挙を強く否定するが、それに代わり仕組みは各評議会のなかに「フォーラム」をつくって参加できるとしか述べていない。


コメント・提案送られる

 一方、改革委員会には4月末までに各方面からコメントや改革案が寄せられ、ウェブで公表されている。ただし、同委員会が発表した中間報告によると、委員やスタッフに直接メールで送られるコメントや提案も多いという。公開して無用な批判を受けるのを嫌う組織も少なくないのだろう。

 そのなかでは、「ヒースロー宣言」が早期に公表された割には比較的内容も充実していてまず注目された。カナダのツーカウズというドメイン名登録企業(レジストラー)のCEOら3人がまとめたもので、リン提案の政府による理事指名ではなく、ドメイン名登録者を中心とした組織が選挙で選任するというものだ。とくにccTLD についてICANNの権限は制限し、各国の運用組織にまかせるべきだとした。個人利用者とドメイン名を登録・保有する利用者の立場を明確に分離し、後者の相対的な重要性を強調した点が彼らの提案のポイントで、レジストラーの立場を代弁するものだ。

 リン提案への支持は、相対的には企業側の人に多い。登録商標の保護を中心に、ICANNのなかでも独自の存在である知的所有権専門家グループは、政府の費用負担と理事指名には非現実的だと反対し、知的所有権保有者の利益の擁護を主張するが、大筋ではリン提案を受け入れている。

 反対意見も強い。代表的なのは本誌先月号で伊藤穣一氏が紹介した、デイビッド・ファーバー、ピーター・ノイマン、ローレン・ワインシュタイン三氏連名の「ICANNを乗り越えて」と題する文書で、「ICANNは全体として失敗した実験だ」として、暫定的にIAB(Internet Architecture Board)というインターネット協会(ISOC)の内部機構に機能を移管し、その間に国際研究プロジェクトをスタートさせ、その研究結果に基づいて決定しようというものだ。実現可能性はあまりないが、興味深い提案だ。

ペンシルバニア大学教授のファーバー氏はインターネットの「父」の一人で、90年代初めにインターネットについて私に最初に詳しく教えてくれた恩人の一人だ。インターネット・コミュニティの重鎮で、ICANNの設立プロセスの会議の常連だったが、やがて「ICANNは問題が多すぎる」と批判的立場にまわるようになった。彼が理事を務めるエレクトロニック・フロンティア・ファウンデーション(EFF)はカール・オアバック氏が最近起こしたICANNへの訴訟を支援している。

 そのオアバック氏は会員選挙で北米から理事に選ばれ、これまでリン氏とは正反対の立場から改革を主張してきた。リン氏らが会計帳簿などの情報開示を拒否したとして3月にICANNを訴えたばかりだ。ICANN側は「守秘義務誓約書への署名を拒否したから」と反論している。オアバック氏は当然リン氏主導の改革には批判的で、4月には、ICANNをDNSのルート管理、IPアドレス管理、プロトコル・パラメーターの管理という3つの管理組織と、ccTLD、gTLD、アドレスのポリシー組織の6つのモジュールに分けるべきと主張する文書を発表した。ただし、彼が一貫して主張してきた市民参加については、ポリシー組織で実現すべきだとするが、細部は「後送」となっている。

 オアバック氏の提案に比較的近いのが、インターネット・エンジニアリング・タスクフォース(IETF)のチェア、ハラルド・ハルバーストランド氏の「小さいICANN」という提案で、専任スタッフはルートサーバーのファイル更新に2名と、ポリシーを検討するワーキンググループの事務局役を勤める人間が4名の計6名で十分で、役員も3人でいいという。技術に強い人間をIETFから、社会的な判断をする人間を政府から、ビジネスに強い人間を企業またはレジストリーから各一名とする。必要に応じて彼らを補佐する役員や委員会、ワーキンググループの設置は認めるが、規模は最小限にしようという。この案も実現性はともかく、シンプルな組織が望ましいということでは、技術者を中心に共感を得たようだ。

 日本からは、JPNIC(日本ネットワーク・インフォメーション・センター)とJPRS(日本レジストリー・サービス)が連名で意見書を提出した。ccTLDからのコメントは少なく、その努力は評価される。内容もハルバーストランド氏の意見と共通性があり、政府の介入には反対し、「小さなICANN」ないし「薄い(thin)ICANN」を求め、リン提案の方向とは相当異なる。

「インターネットガバナンスにおいて重要なことは、一つの組織に権限や責任を集中させることではなく、ガバナンスを担う複数の組織が連携をして、権限と責任を分担すること」と述べ、ICANNにしか果たせない使命に専心すべきだと述べる。この流れには基本的に賛成だ。その使命としてまず「インターネット資源のグローバルなレベルでの一意性の維持と、その運用の安定性を実現するためのポリシーの策定」をあげ、国家単位の枠組みでは解決できないグローバルなルール作りこそICANNの守備範囲だとする。

当然、国単位で解決可能なものは、ドメイン名は各国のccTLD組織に、IPアドレスは地域別の管理機関(RIR)に任せるべきだとする。

さらに「グローバルなインターネット資源を適切に利用するためのポリシー策定とその運用」と「ルートゾーンファイルの管理およびその内容をすべてのルートサーバーに配布する責務」をあげ、現在米国政府の管轄下にあるルートゾーンファイルの管理をICANNに移管すべきと主張する。ただし、ルートのマスターサーバーの運用は必ずしもICANNが直接行う必要はないとする。ICANNの役割を限定させようという議論はよくあるが、JPNICのこの指摘は具体的で明快だ。


ICANNは「ダウンサイズ」を 私も提案

 私自身も、<ICANNの「ダウンサイズ」>という提案を送った。ICANNのウェブサイトに掲載されているので、参照いただければ幸いだ。

DNSの根本、インターネットが成功した基本である自律・分散・協調という原理をあらためて見直し、ICANNもその機能とそれが生み出す「価値」の本質とに基づいて、4分割し、互いの独立性を高め、全体の意思決定を行う単一の役員会は不要だという主張である。

まずルートサーバーの運用とプロトコル番号、ASおよびIP番号のRIRへの割当を、技術的な運用組織として独立させる。現在のIANAのルートサーバー管理とPSOを合体させるイメージだ。次に、IPアドレスは地域単位のRIR中心の組織にまかせる。現在のASOとほぼ変わらない。ドメイン名は、社会・経済的価値を扱うものととらえ、現在のDNSOをグローバルTLDと国別TLDを扱う二つの組織に分ける。費用も含めて「自立・分散・協調」を貫き、分散組織にするのだ。JPNICの主張とも考え方は近いと思う。この案がそのまま受け入れられる見通しはないが、主張し続けることには意味があると思う。

現在の理事会は専門分野、利害関係のまったく異なる人間が19名集まり、すべての問題を一括して扱い、意思決定をする。それもかなり短期間で、じっくり議論する機会は驚くほど少ない。当初の想定では、各支持組織(SO)が方針を議論して決定し、理事会はそれが十分なコンセンサスに達しているかどうかの判断・追認をするというはずだった。ところが、実際の理事会は、SOで十分なコンセンサスがあるかどうかにかかわらず、自分たちで意思決定をしてしまう。何でもひとつのバスケットにぶちこんで決めるといういまの方法の限界は明らかだ。細かい方法論は別としても、機能・分野・価値を軸としてICANNをダウンサイズすることは必然の流れだろう。


会員組織、ボランティアで結成へ

 なお、理事会でオンライン選挙を否定された「一般会員」制度だが、この連載でも呼びかけたように、「www.icannatlarge.com」というウェブサイトができて、独自に会員組織をつくる活動が始まっている。一種の「勝手連」だが、当初の資金はALSC副委員長のピンダー・ウォン氏が提供し、エスター・ダイソンICANN前会長も、理事会に「一般会員」の組織化を推進する専任スタッフを雇う資金の寄付を申し出て認められた。

現在会員数は780名、4月末に「暫定幹事」を選ぶオンライン選挙が行われ、私もその末席に選ばれた。7月末までに「個人利用者」を軸とした組織をつくりあげ、ICANNにその存在の認知を迫り、実質的な活動への参加のベースにしようという狙いである。まだ一度も全員で顔合わせをしたことがないが、オンラインで連日相談をしているところだ。

他にも取り上げたい提案や考えがあるが、紙数が尽きた。こうした主張と活動を続けながら、やはり個人利用者の組織化という課題が頭を離れない。そろそろ行動に移さないといけないだろう。


●参考URL
リン改革案 http://www.icann.org/general/lynn-reform-proposal-24feb02.htm
ICANN進化・改革委員会中間報告  http://www.icann.org/committees/evol-reform/report-29apr02.htm
ヒースロー宣言 http://www.byte.org/heathrow/
知的所有権専門家グループ(IPC)
http://forum.icann.org/reform-comments/general/msg00069.html
デイビッド・ファーバー氏らの「ICANNを乗り越えて」 http://www.pfir.org/statements/icann
アルベストランド氏の提案 http://www.alvestrand.no/icann/icann_reform.html
JPNICの提案 http://www.nic.ad.jp/ja/topics/2002/20020430-02.html
会津の提案 http://forum.icann.org/reform-comments/general/msg00061.html
ICANN会員組織 http://www.icannatlarge.com



1  役員会が設置した会員制度調査委員会(ALSC)のチャック・コステロ委員長のアクラでの発言。{本文へ戻る}

2 現在は、APNIC(アジア太平洋)、ARIN(南北アメリカ)、RIPENCC(ヨーロッパ・アフリカ)と世界3地域にRIRがあるが、中南米にまもなくLACNICができ、アフリカでもAFRINICが準備されているからやがて世界5ヵ所になる。{本文へ戻る}

 

 


『インターネットマガジン』掲載一覧
第15回 ICANNの向こうに何が見える? 2002.11.10
第14回 大詰めにきた「改革」をめぐって 2002.10.14
第13回 迷走するICANN、改革の決定が迫る 2002.9.5
第12回 文字コードから見えてくる途上国のデジタルデバイド問題 2002.8.8
第11回 ICANNの進化 2002.7.12
第10回 「改革」の行方とICANNの意義 2002.6.5
第9回  ICANNはダウンサイズを 2002.5.8
第8回  ガーナの暑い風「改革」の行方は 2002.4.2
第7回  「実験」は失敗か? ICANNトップ、会員制度を否定、政府依存を提案 2002.3.8
第6回  誕生したICANNとその「原罪」 2002.2.3
第5回  ICANNの誕生への経緯 その4 2001.12.25
第4回  ICANNの誕生への経緯 その3 2001.11.19
第3回  ICANNの誕生への経緯 その2 2001.10.31
第2回  ICANNの誕生への経緯 その1 2001.10.03
第1回  ICANN会員制度と選挙の混迷に学ぶ 2001.8.21



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