グローバルガバナンスの夜明け
ICANNのあるべき姿を探る


『インターネットマガジン』連載第8回
(2002年4月)


ガーナの暑い風 「改革」の行方は

前回はICANNの「改革案」の是非を問い、読者の皆さんに「会員登録」を呼びかけた。約一ヶ月経過し、会員数は600を越えたが、ことの重要性を考えるとこの数はけっして多くない。残念ながら、会員制度に寄せられている関心はその程度なのだろうか。改めて、「www.icannatlarge.com」のサイトで、「Register Here」というメニューからぜひ会員登録をしていただきたい。


ガーナのICANN会議に参加

今年最初のICANN会議は、3月上旬、ガーナのアクラで開かれた。ICANNは名実ともにグローバルな組織とすべく、世界5大陸を順に回って会議を開き、アフリカも99年カイロに続いて2回目だ。

アフリカでも最貧地域西アフリカのガーナは、「アフリカに来た」と強く実感させられる。赤道直下、猛烈に暑い。林の多い風景も特徴的だ。なにより目に見えるのが貧しさだ。家も人々の暮らしも、少なくとも物質的にはとても粗末だ。タクシーは20年くらい前の車が多く、ガラスがなかったり、フロントに穴があいているのはあたりまえ。メーターもなく、すべて交渉だ。夜の町はとても暗い。その暗い道を猛スピードで車が飛ばす。信号はたまにあるだけ。事故も珍しくない。

 一方、ICANN会議はビーチに面した「白人向け」リゾートホテルが会場だ。素晴らしいプールがあって、長期滞在向けだ。このコントラストは太陽と同じぐらい強烈だ。

いまICANNでは、組織のあり方をめぐる議論が進んでいる。会員制度だけでなく、そもそもICANNとは何を目的とする組織で、だれがどう関わるべきかという、基本をめぐる問いだ。スチュワート・リンCEOの突然の「改革案」に端を発した形だが、設立3年半を過ぎ、当初の想定と実態との食い違いが生じ、その是正、改良が避けて通れなくなったものといえる。


否定された会員選挙

ICANNの会議は通常4日間かかる。最初の2日は3つの専門組織(SO)や政府諮問委員会(GAC)など、分野別の討議が様々に展開される。3日目は「パブリック・フォーラム」で、CEOに始まりSOやGACなどの代表が個別報告を行い、その合間に壇上に陣取った役員を前に、だれでも自由に発言できる。4日目は役員会で、公開で行われるが、一般参加者は傍聴のみで発言は許されない。

結論からいうと、最大の焦点だった会員制度と選挙について、役員会は一般ユーザーがICANNに参加する意義は認めたが、グローバル選挙は否定し、他の方法を選ぶと決定した。グローバル選挙を否定するリン提案を追認した形だ。

役員会が任命した「会員制度調査委員会(ALSC)」は、選挙の実施を答申したが、「グローバル選挙は不正防止が難しい」などの理由で葬られた。ALSCのコステロ副委員長は、公開の席で「これはCEOによる『宮廷クーデター』だ」と、リン氏の企てを激しく非難した。無理もない。ビルト前スウェーデン首相を委員長とするALSCは、前回ロサンジェルス会議で役員会から選挙の実施準備を依頼され、任期を延長して活動を続けたのに、その結論を土壇場になって否定されたのだ。「身内」に裏切られ、背後から狙撃されたようなものだ。ビルト氏はプライドを傷つけられ、アクラに来るのさえ拒否したという。

ALSCの二人の副委員長、ICANN創設会長のダイソン氏と、同じく前ICANN副会長のウォン氏らは、懸命になって自発的な会員組織づくりを呼びかけた。

5大陸のNGO、研究者などが自発的に結成したNAISは、ICANN執行部に批判的で、ALSCの対抗勢力とみられていた。そのNAISが「現実路線」をとり、ALSC案との合意が成立しようとしたことが、リンCEOや本部スタッフの危機感を煽ったようだ。


選挙と「改革案」への温度差

 役員会ではリン改革案も審議した。事前にリークされた原案では、リンCEOに具体案を詰めて次回6月のブカレスト会議の前までに提案することを命じる内容だったが、前夜修正されたようで、これまでの「再編委員会」を「進化・改革委員会」に改名し、リンCEOではなく、この委員会が広く意見を集めて具体案を提案するように修正・決定された。

 聞いていて役員たちの「温度差」が伝わってきた。「グローバルにオープンな選挙は問題が多すぎる」というのが大勢だった。実際に選挙で選ばれた役員でも意見が割れた。選挙を支持したのはアメリカのアーレバック氏とドイツのマグーン氏の二人で、日本の加藤氏、ブラジルのカンポス氏、ガーナのクエイノ氏は、いずれも「選挙が最善の方法とは限らない」とした。

 選挙に批判的な役員の間でも、「ICANNは狭い技術分野に限定した機能を果たせばよい。選挙は不正のおそれが高くまったく認められない」という全否定論と、「いずれ条件が整えば選挙も考えてよい」と、意見には開きがあった。この間の議論に真剣にかかわった上での誠意あふれる発言と、表層的な発言で取り繕うのとの違いもよく伝わってきた。

 アジアから選挙で選ばれた富士通の加藤氏は、役員会で大要こう発言した。
 「会員制度と選挙は、とくに選挙で選ばれた役員として非常に難しい問題と受け止めている。自分は会員選挙で選ばれたことを誇りにしている。選挙のおかげで、自分を選んでいただいたアジア太平洋の人々と気持ちのつながりを感じている。その自分には、前回の選挙は重要な出発点だが、率直に言うと選挙が最善の方法とは思えない。選挙以外の方法でも高い資質をもつ役員を選ぶことは可能だ。現時点での選挙には問題が多く、今はICANNの組織強化や資金集めに集中すべきだ。いずれ選挙を再検討すべきときもくるだろう」と。

 ただし、「選挙以外の方法」として、リン提案の政府による任命制についてはとくに触れなかった。日本の政府・企業による「組織ぐるみ選挙」の弊害が指摘されたのに答えたといえばそうかもしれないが、割り切れないものが残る。きちんとルールを整備すればグローバル選挙は十分可能だというのが私の意見だ。


ルートサーバーの運用体制 インターネットの基本理念は

選挙ではなく設立当初の役員に選任された慶応大学の村井純教授は、この問題ではほとんど発言はしなかった。ただし、最後にリン改革案について採決したとき、彼一人が賛成の挙手をしなかったことは注目される。これは私の推測に過ぎないが、リン提案は現在全世界13箇所に分散配置されているドメインネーム・システムの大本のルートサーバーを、契約関係を固め、資金も政府から提供してもらい、ICANNの傘下に従えようという内容をもつため、村井氏はそのルートサーバーについての委員会の委員長として、現状の分散システムによる柔軟で多様性を保つほうがベターと考え、それを否定する提案に賛成できなかったのではないかと思われる。

 これは、会員制度などに比べると一見マイナーな問題に思えるかもしれないが、実は理念の問題としても、実際の運用の問題としても非常に重要な点を内包している。「集中・統一・管理」がいいのか、「自立・分散・協調」がいいのかという、インターネットの基本理念にかかわる問題だ。

 同時多発テロ事件を背景に、現在のルートサーバーの運用体制がボランティア中心でバラバラであるため、グローバルなインターネットの責任をもった運用には不十分だという意見が出ているのは事実だ。13のサーバーの運用組織とICANNとの間には明確な法的関係、契約を結ぶべきだというのが、法律の専門家たちの一致した意見であり、リンCEOもそう指摘・提案している。そうなれば、国別のccTLDなどにも強い立場に立てるという。

 しかし、少なくとも現在ルートサーバーを運用する関係者の間には、こうした意見への批判が強い。多様な組織がボランタリーに担当しているからこそ、柔軟性が高く、負荷にも対応できる。この多様性こそが、緊急・障害時のリダンダンシーを保障し、安定度を高めるというのだ。技術的にも運用的にも均一システムにすればするほど、リスクが高くなるという点は重要だ。

 現在のICANNの役員のなかで、「自律・分散・協調」という、インターネットの運用技術のエッセンスを理解している人が、実は少ないのではないかと気になる。プロトコル専門組織POSとアドレス専門組織ASOから選出された役員は技術の専門家なのだが、実際には微妙に違う気がする。この点は、今後のICANNの方向性について考えるとき、きわめて重要な問題となるだろう。

「政治ショー」より合理的な対話を

ガーナで感じたのは、公開の場での発言はどうしても「ショー」的色彩が強く、自分の主張の正しさを訴えることが優先され、本当の意味での「正解」を見つけるための冷静で合理的な対話にならないということだ。私もパブリック・フォーラムで2度マイクに立ったが、今回ほど「言葉の壁」というか、言いたいことの半分しか言えないもどかしさを感じたことはなかった。

大勢の人の前で、短時間で言いたいことを整理して、説得力のある発言をすることは容易ではない。強い印象を残さないといけない。フィギュアスケート同様、演技が下手だと拍手は少なく、審判の採点も低くなる。ワシントンでは、「民主主義の後退」としてICANNをテーマに議会公聴会が開かれそうだ。ニューヨークタイムスやウォールストリート・ジャーナルも、半分興味本位で書き始めた。ICANNはそういう「政治ショー」の場でいいのだろうか。

こうした問題意識をもとに、できればじっくり冷静に対話できる「合宿」を開こうという計画が浮上している。たぶん5月中旬、アメリカの東海岸になるだろう。


利用者の立場から発言する場が必要

一連の動きにかかわって、あらためて痛感するのは、日本に一般のインターネットの利用者が個人で自発的に意見を発表・交流し、インターネットのポリシー問題の意思決定プロセスに参加できる場がないということだ。ICANNの分野だけでなく、インターネット全般の利用に関する政策、料金、サービスの質、政府の規制など、より広い社会的課題に関していえることだ。

JPNICやASOなど業界の関係者からは、「自分たちもオープンポリシー会議などを開いて、一般利用者の意見を聞く機会を設けている」と反論される。しかし、それと一般利用者=市民中心の組織の必要性とは次元が違う。「あなたの意見も参考にします」という補完的存在と、「自分たちの意見をまとめて主張しよう」という主体的な存在は、組織の性格としてまったく異なる。

 利用者中心の組織も、「専門家」の存在や参加を否定すべきではない。互いに相手の立場を尊敬・尊重しつつ、しかし社会的には異なる機能が対等に存在し、緊張関係と協力関係を同時にもつことが重要ではないか。

韓国では「インターネット・ユーザーズ・フォーラム」が立ち上がり、従来のインターネット・コミュニティや事業者に対して、利用者の立場から批判的にかかわる「ウォッチ・ドッグ」の役割を果たそうとしている。しかも、その立ち上げには、当のインターネット・コミュニティの人々も協力しているのだ。自分たちに耳の痛い主張をする存在をもち、その声を前向きに受け止めようとする健全な姿勢こそが、これからのグローバルな「ガバナンス」の基本になるのではないだろうか。

参考URL
ICANN www.icann.org
ICANN会員登録 www.icannatlarge.com
NAIS www.naisproject.org
ALSC www.atlargestudy.org


『インターネットマガジン』掲載一覧
第15回 ICANNの向こうに何が見える? 2002.11.10
第14回 大詰めにきた「改革」をめぐって 2002.10.14
第13回 迷走するICANN、改革の決定が迫る 2002.9.5
第12回 文字コードから見えてくる途上国のデジタルデバイド問題 2002.8.8
第11回 ICANNの進化 2002.7.12
第10回 「改革」の行方とICANNの意義 2002.6.5
第9回  ICANNはダウンサイズを 2002.5.8
第8回  ガーナの暑い風「改革」の行方は 2002.4.2
第7回  「実験」は失敗か? ICANNトップ、会員制度を否定、政府依存を提案 2002.3.8
第6回  誕生したICANNとその「原罪」 2002.2.3
第5回  ICANNの誕生への経緯 その4 2001.12.25
第4回  ICANNの誕生への経緯 その3 2001.11.19
第3回  ICANNの誕生への経緯 その2 2001.10.31
第2回  ICANNの誕生への経緯 その1 2001.10.03
第1回  ICANN会員制度と選挙の混迷に学ぶ 2001.8.21



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