グローバルガバナンスの夜明け
ICANNのあるべき姿を探る


『インターネットマガジン』連載第6回
(2002年2月)


誕生したICANNとその「原罪」

私はICANNとカンケイある?

  ICANNは、われわれが日常無意識に使っているインターネットの根幹の仕組みを支える組織の一つだ。ドメイン名、IPアドレス、プロトコル番号などの割当をグローバルに管理調整する組織で、文字通り「だれもが参加できる」オープンな組織にしようという努力が続いてきたのがユニークな特徴だ。これまで書いてきた「一般会員」制度をつくる取り組みがそれを端的に示している。

 そのICANNが、日本の我々と実際どういうカンケイがあるのか? 直接的には、ドメイン名やIPアドレスの利用者として、その価格や割当方法がある。ネットビジネスの関係者、自分でサーバーをもとういう人なら、ICANNはかなりカンケイがある。ドメイン名をもつ人も当然カンケイある。

 たとえば日本のドメイン、「.jp」の管理方法や価格は、ICANNの決定の直接・間接の影響を受ける。IPアドレスはJPNICがプロバイダーに割当て、利用者は通常プロバイダーから割当てを受けるが、その料金は、JPNICからの「仕入価格」にプロバイダーのコストと利益をのせたものとなる。最近急増している、常時接続でグローバルIPアドレスを欲しいという需要に、ICANNがどういうアドレス割当の方針を出すかで、状況は大きく変わる。

 ドメイン名もIPアドレスも、かつては独占供給だった。グローバルにユニークな名前やアドレスを確保するためには、大元のデータベースも単一でないと困るというのがその理由だったが、かといって独占の弊害も困る。

 というわけで、ICANN設立の大きな目的の一つが、こうした資源を独占から市場競争に移行することで、それは一歩ずつ進展してきた。米国NSI社が管理・登録をすべて独占していた「.com」は、登録は開放されて競争が導入された。日本の「.jp」も、管理業務は社団法人のJPNICから私企業のJPRS社へと移管され、登録はJPRSと契約した企業が競争で行えるようになった。しかし、その価格や管理方法の根幹は、依然としてICANNの決定に大きく左右される。

  ドメイン名をめぐる争いは絶えない。一市民が取得したドメイン名がたまたま有名企業の商標と一致していたら、どうなるか。特定企業を批判する目的のドメイン名が申請されたら、どこまで正当と認められるか。こうした事態に対処するルールづくりも、ICANNが深くかかわって国際的な統一紛争解決方法が定められ、日本でも昨年から国内紛争を処理する仕組みが稼動している。

  自分のドメイン名やIPアドレスまで必要としないごく普通の利用者には、ICANNはあまりカンケイなく、わざわざ会員になるほどの組織ではないかもしれない。しかし、プロバイダーをはじめ、オークションを含むネット販売、ポータルサイトやコンテンツ・プロバイダー、ASP、ウェブホスティングなどなど、ネットビジネスを展開する企業、広く産業界には、ICANNは自分たちのビジネスに大きく影響する。

  だが、残念ながら日本ではこれらの業界関係者の間でも、ICANNへの関心は低く、積極的な参加もしていない。

  広い視野で、グローバルに登場しつつあるネットワーク社会のルールの一つひとつをだれがどう決めていくのかと考えてみよう。ネット上での権利と義務、プライバシーやセキュリティ、法制度と規制のあり方、政府の政策や業界の戦略などなど、ネットの利用が日常化すればするほど、こうした問題も日常化してわれわれに身近な問題となる。そのときに、ICANNに限らず分野毎にグローバルな調整機関が登場することは必至で、ICANNは良くも悪くも一つの大事な前例としてその影響力は無視できない。

  国際組織では、「数が多い」か「声が大きい」ことが決定を強く左右する現実がある。ICANNも例外ではない。議論はすべて英語だ。経済力や人材の面で、英語圏を中心に欧米の人々が数も声も強くなりがちだ。日本やアジアからの参加は、ハンディが大きい。

  しかし、いくらハンディがあっても、活動に参加し、発言して議論に加わらないかぎり、主張は通せない。参加方法は共通ルールに則るから、ルールづくりの段階から参加しないと、自分たちに不利な状況ができても対抗が難しくなる。この意味で、参加することの意義、価値は無視できない。言い換えれば、参加しないと機会損失の可能性が高くなるのだ。

 

ICANNに参加できる?

 ICANNの活動、とくに意思決定に簡単に参加できるかというと、ルール上、理論上はそうだが、実質は違う。

  年に3、4回、世界各地での会議に参加するのは、時間的にも経済的にも相当の負担だ。ある程度継続的に参加してないと、直接影響力を発揮することは難しい。自分たちの意見をきちんと発表し、説明・説得活動をするのはたいへんだ。

  日本から継続参加してきた人は全部で10名といない。理事に村井純氏、加藤誠之氏の二人が、アドレス支持組織(ASO)の評議員に荒野高志氏が入っているが、ドメイン支持組織(DNSO)とプロトコル支持組織(PSO)の委員には、だれも入っていない。選挙のときは3万人と世界一の会員登録だったのに、彼らはどこにいったのだろう。

 インターネットについての組織だから、ネット経由での参加もできる。毎回の会議の模様は映像・音声、テキストによってリアルタイムでネット中継され、重要決定事項は、1ヶ月前から2週間前くらいまでに原案がネットで発表され、コメントを受け付ける。メーリングリストも多数あり、たいていはオープンに参加できる。ただし、多くの国際組織と同様に公式言語が英語だから、英語を母国語にしない我々には辛いものがある。

 

国家単位で決めないグローバルな仕組み

 ICANNは、ある意味では壮大な実験プロセスである。従来この種の管理調整活動はITU(国際電気通信連合)など国連傘下の国際機関、あるいは国際標準化機構(ISO)といった国際条約機関が管轄するのが通例だった。一国一票を原則とする「国家」単位で成り立ち、政府や業界団体が国の代表として参加してきた。

 ところが、インターネットは「国家」単位の組織で発達したのではない。ICANNも、政府は「諮問委員会」として助言役にとどまっている。企業主体の業界団体が仕切っているわけでもない。自立した個人のボランティアな活動が主流だ。

インターネットの技術標準化を進めるIETF(Internet Engineering Task Force)は、開かれたボトムアップ型組織とされ、だれでもメーリングリストに参加でき、原案を提案できる。優れた提案をすれば、可能性は開かれる。決定も、「投票」=多数決で決めず、「ラフコンセンサス」、つまり議論を尽くして、だいたいこれでいいかな、というと決まる。

 「そんないい加減な」と思われるかもしれないが、だれもが対等な立場で参加でき、徹底した議論と、提案がうまく機能するかを実際に確認した上で決定するのがIETFの伝統で、成功の秘密といわれてきた。それだけに、エンジニアとしての「実力」が問われるのも事実だ。

 ICANNではまさにこれまでの良き伝統が試されている。だれもが参加できるオープンな場と、ドメイン名などの資源をグローバルに公平で、技術的にも安定して運用管理することは、必ずしも容易に両立しない。西欧社会ではあたりまえの「自立した個人」も、アジアや途上国では馴染みの薄い存在だ。エンジニアの影響力が強すぎるのも疑問が残る。

 

MACに参加

 ICANNがその誕生にあたって「原罪」として背負った課題、それが開かれた組織にするための会員制度の導入だった。技術とビジネスの専門家に限定して安定を選ぶのか、市民・利用者も含めてだれもが参加する組織にして平等・公平を選ぶのか、先進国中心にするのか途上国も含むグローバルなバランスをとるのか。基本理念は「inclusive」、だれもが参加すると定められ、その実現方法が問われた。

  98年11月、ICANNは会員制度の原案を作成する「会員制度諮問委員会(Membership Advisory Committee)」1 、略称MACの設置を発表し、全世界から委員を公募した。

アジアからの参加を推進してきた私は、ICANNを生む背景となったIFWP(International Forum on White Paper)で会員制度分科会のチェアを勤めたこともあり、応募した。

 全世界から80名が応募し、10名が選出された。アジアからはタイのカンチャナ教授、インドの弁護士のドゥガル氏と私の3名、アフリカがガーナのクエイノ氏、北米、中南米、ヨーロッパから各2名と、地理的バランスも重視された。インターネット・ソサエティ(ISOC)の支部づくりなど、各地でインターネット普及に貢献した人が多かった。

 これに、ICANN理事会からコンレイデス氏(アメリカ)とクルー氏(オーストラリア)がチェアとして加わり、オブザーバーでハーバード大学バークマンセンターのジトレイン氏も参加した。 MACはボランティア活動で、報酬はゼロ、経費も大半は自前だった。月2回の電話会議を中心に、実際の会合も、ボストン、シンガポール、ベルリンと3回開き、シンガポールでは、3日間缶詰状態でじっくり討議した。意見の対立は少なく、主な論点は会員資格、会費、本人確認、選挙の方法などだった。

  99年1月、ハーバード大学で集中討議を行なって論点をまとめ、3月のシンガポール会議の前にネットで公表した。シンガポールの集中討議で大枠の合意ができ、5月のベルリン会議の前に草案をまとめ、理事会に提出、ネット経由で公表した。これらの作業はバークマンセンターのスタッフ、学生が積極的にアシストした。日本の大学ではまず考えられない。

  検討プロセスは、電話会議の議事録も含めて逐一ネット上に公開し、コメントを受け付けた。グローバルな透明性が求められるICANNの部会や委員会では、こうした方法が一般的になった。

MACは大要以下を提案した。

会員資格は16歳以上でICANNに関心があり、郵便で確認できる住所をもつ個人(法人は認めない)。会費は途上国に配慮し、少なくとも当初は無料、選挙はグローバルな直接投票で実施する。世界5地域から各一人の地域代表5人と、全世界から地域に分けない4人が一般会員選出の理事になる。

 順調に議論が進み、選挙にも円滑に漕ぎ着けられると思ったが、甘かった。

 

欧米のアロガンス

 不愉快な経験もした。チェアを勤めた欧米系のICANN理事が問題だった。他のメンバーは真剣に取り組んだのに、彼らには誠実さが感じられなかった。シンガポールでの討議には一日遅れて加わりながら、それまで議論された内容を一方的に無視して話を進めようとした。もちろん抗議した。

  ベルリンでは、丸一日かけて最後の詰めをしようとしたときに、チェアがメンバーに断らず、午後の会合を勝手に中止した。さすがに唖然とした。わざわざこのためにベルリンまで飛んできたMACメンバーにとって、あまりにも安易で非礼なやり方だった。頭にきた私は、他の部屋にいた彼らを見つけ、会議再開を求め、謝罪を求めた。なんと机を叩いて怒鳴りつけられたがひるまなかった。

  以前にも、ボストンでの会合が、土壇場で一方的にキャンセルされ、変更不可の割引切符を買ったタイの委員は、出張を中止できず出かけた。懐具合の豊かな欧米系の人々は軽く考えがちなことでも、途上国側ではそうはいかない。

  こうした「アロガンス」=傲慢さは、当時の欧米系役員に共通してみられた。シンガポールでも、昼食会を、ホストのはずのICANN会長のダイソン氏がドタキャンし、待たされたアジア側はいたく傷ついた。アジアの人々が何よりも重視する「面子」に泥を塗った。

 あまりのひどさに、私は思わず役員全員にメールを出した。口で「グローバルに開かれた組織にする」といっても、実際に価値観や感性が異なる多様な人々と誠意をもって交わらなければ、羊頭狗肉だ。選挙ではなく、密室で選出された当初の役員の大半は功成り名を遂げた名士で、エリート意識が強すぎた。

 ICANNに限らず、国際組織での議論、交渉の過程では、かつての植民地主義の遺産ともいえるアロガンスに出会うことは、珍しくない。ムキになって反論すれば馬鹿にされる。欧米でも、誠意にあふれ、信頼できる人ももちろん多い。日本やアジアの側でも、無知や偏見にとらわれている人はいる。自分たちだけで固まって、言葉や文化の違う人たちと交わろうとしないのは、アジアに広く共通した傾向だ。

 ネット上に国境線は見えない。しかし、本当に国境を越える活動は、口では簡単だが、実現は容易ではない。

 11月のロサンジェルス会議は、テロ事件の「後遺症」で、セキュリティに議論が傾き、他の重要な問題が繰り延べになったきらいがあった。一般会員制度も決着が延ばされた。この一月、NYで再び会員制度についての非公式会合が開かれ、私も招かれたのだが、そろそろ「落としどころ」を探る展開になってきた。

 会費は、NAIS2が主張した無料は無理で、経済状況に応じて設定する案がみえてきた。会員資格をドメイン名保有者に限るというALSC3案にも批判が強く、おそらく修正されるだろう。3月、ガーナのアクラでの会議でどういう結論になるだろうか。会議は続く。

 


1 MACの一連の活動については、http://www.icann.org/committees/membership/ に詳しい記録が保管されている。(本文へ戻る)

2 NGO & Academic ICANN Study 市民の視点を中心とする自発的なグループ。私もその一員になって活動してきた。(本文へ戻る)

3  AtLarge Study Committee ICANN理事会が任命した委員会で、一応独立の形態をとっているが、委員にはICANN理事が加わっており、本部の意向に沿った結論を出す可能性が高い。(本文へ戻る)


『インターネットマガジン』掲載一覧
第15回 ICANNの向こうに何が見える? 2002.11.10
第14回 大詰めにきた「改革」をめぐって 2002.10.14
第13回 迷走するICANN、改革の決定が迫る 2002.9.5
第12回 文字コードから見えてくる途上国のデジタルデバイド問題 2002.8.8
第11回 ICANNの進化 2002.7.12
第10回 「改革」の行方とICANNの意義 2002.6.5
第9回  ICANNはダウンサイズを 2002.5.8
第8回  ガーナの暑い風「改革」の行方は 2002.4.2
第7回  「実験」は失敗か? ICANNトップ、会員制度を否定、政府依存を提案 2002.3.8
第6回  誕生したICANNとその「原罪」 2002.2.3
第5回  ICANNの誕生への経緯 その4 2001.12.25
第4回  ICANNの誕生への経緯 その3 2001.11.19
第3回  ICANNの誕生への経緯 その2 2001.10.31
第2回  ICANNの誕生への経緯 その1 2001.10.03
第1回  ICANN会員制度と選挙の混迷に学ぶ 2001.8.21



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