緊急投稿

「ネットガバナンス」はどこに行く?
ネット社会の基本ルールは、だれがどう作り、運用すべきか

(インターネットマガジン 掲載予定原稿より)

<2002年3月4日>

以下は、3月発売の雑誌『インターネットマガジン』に投稿・掲載を予定している原稿のドラフトです。内容が重要・緊急と思い、あえて、自分のホームページに掲載するものです。  (できれば、雑誌も買ってくださいね)

ICANNは、ある意味では、設立以来最大の岐路に立っています。とくに、グローバルにオープンな参加を実現しようとしてきたことが、当の組織の「CEO」によって全否定されようとしています。 ぜひ、皆さんにもじっくり考えていただき、納得がいけばアクションをとお願いするものです。

また、皆さんのコメント、ご批判、ご指摘も、ぜひメールで私まで送ってください。
小規模・非公開のリストなどへの転載は、以上の断り書きがあれば歓迎します。
(ただし、大規模なものなどの場合には、事前にご相談ください)。

3月4日  バンコクにて
会津 泉  <izumi@anr.org



連載第7回 「実験」は失敗か?

ICANNトップ、会員制度を否定、政府依存を提案 

2000年に「人類史上初」と形容されたインターネット・ユーザーによるグローバルなオンライン選挙で5人の理事を選出したICANNは、その「一般会員」制度の見直しを進めてきたが、3月のアクラ会議を前に、CEO(最高経営責任者)スチュアート・リン氏が、選挙を含む従来の「一般会員」制度を廃止し、政府の関与を強める大胆な再編成案を2月下旬に突如発表した。日本でもウェブやメールニュースで報道されている。

 これまでICANNの歩みを順に紹介してきたが、今回は重大な岐路に立つICANNの現在と今後に焦点を絞る。読者諸兄姉にも、何をどうすべきか、ぜひともに考えていただきたい。


テロ事件でICANNも変われ?

 突然のリン提案の背景には、設立後3年経過したICANNがこの間直面してきた状況がある。同時に、9月11日の同時多発テロ事件が、間接的に大きな影を投影している。

 率直に言えば、リン提案はテロ事件を真摯に受け止めたというより、彼を含むICANNを特定の方向に変えたい一群の人々が、テロ事件後の状況を絶好の追い風とすることで反対派を抑えようとして仕掛けたものといわざるをえない。米国では9月11日以降あらゆることに「セキュリティ」が優先する状況が存在している。理性的議論は凍結されたといってもよい。その流れがICANNにも及び、悪用されている。

 彼はICANNホームページに公表した提案のなかでこう書いた。
「ICANNの創設時の基本的な考え方は『コンセンサス合意』だった。しかし、今日基本となる考え方は、9月11日の事件によって突如新しく登場した点を含めて、『イフェクティブネス有効性』でなければならない。主要なインフラストラクチャーに責任をもつ他の組織と同様に、ICANNは必要なときにすぐに行動できる組織でなければならない。」

 テロ事件直後の11月にロサンゼルスで開かれた年次会議は、「セキュリティ」一色という異例のものとなった。いま、そのテロ事件で世界はあたかも一変し、「ICANNは議論の場ではなく、行動中心の組織となるべきだ」というのだ。

 彼は続けて、だれもが参加できる「一般会員」によるグローバル選挙で役員の半分を選出する「民主的な方法」はもはや有害で、テロ事件にすぐ対応できる機動的な組織に変わるべきだと主張する。「効率の悪い民主主義ごっこはやめて、責任をもつ組織にしよう」という。この論調は、一人リン氏に限らず、テロ事件以後のアメリカ社会に広く浸透しているものだ。しかし、いつまで続くかわからない現在のアメリカの風潮をインターネットの資源を調整するグローバル組織にそのまま持ち込むことは頂けない。

 ドメイン名システムを含むインターネットの安定運用と、テロ事件のような非常時に迅速、有効に対応することを優先させるあまり、グローバル組織として選挙を通して全世界の誰もが参加できる仕組みを否定するという図式は、どう考えても論理的に無理がある。むしろ全世界に開かれた組織である方が、グローバルなテロなどの発生を未然に防ぐために有効、必要ではないか。少なくともそうした理性的な検討を省略し、要は初めに結論ありきで、テロ事件を含む状況はその結論を導くために強引に描かれたものというが、リン提案の骨子なのだ。


事実の歪曲、強引な結論

リン提案は、現状の問題点の分析と新組織提案という2部から構成されている。随所に事実の強引な歪曲、一方的な断定が含まれ、言い方はきついが、相当に卑怯なやり方といわざるをえない。

 彼は問題点をこう指摘する。
「重要な組織が参加してない。
 全世界243ある国別ドメイン名管理組(ccTLD)、同じく13あるドメイン名システムの根幹「ルートサーバー」の運用組織、アジア、北米、欧州の3地域のIPアドレス管理組織(RIR)がいずれもICANNとの契約を締結しようとせず、主要ISPやバックボーン事業者、各国政府はICANNの検討・決定プロセスに十分に参加していない。」

 表面的な現象はそうかもしれないが、その背景や原因は必ずしもリン氏が述べる通りではない。

ccTLDの多くはICANNが求める契約条件は制約が多く、要求される資金負担と比べて得られる発言力が過小だと反発し、自らが属する既存のDNSOから分かれて独自の組織をつくることを決議した。昨年オーストラリアが、最近日本がようやくICANNとの契約を交わし、今後個別状況に沿って順に契約が進むと思われ、現段階での一方的な契約の強要がプラスになるとは到底思えない。

 ルートサーバー運用組織は、米国に11、ヨーロッパに2、アジア(日本)に1と地域的に偏在している。彼らはICANNとの覚書を結んで自発的な運用をしているが、リン氏はそれでは不十分で、明確な契約と資金の増加が必要と説く。しかし、彼も触れているが多くの運用組織は現状で不自由なく、根本的な改革が必要との認識には達していない。むしろICANNによって集権的に管理されるより、現状のような多様な分散運用体制を保持したほうが、システム全体としては優れているという考え方が強い。アジア、アメリカ、ヨーロッパの3地域のアドレス管理組織はICANNとの契約についての合意間近で、リン氏は現在の合意案だとICANNの権限が弱く、資金も十分確保できないとするが、彼らは3年越しの交渉の結果ようやく合意寸前にまで達したものを土壇場になって否定する必要は感じていない。

 ISPやバックボーン事業者は、現行のドメイン名、IPアドレスなどのシステムが、体制はともかく現実的には順調に運用されていると見ているからこそ、直接ICANNに関わろうとしない。ビジネスという視点でみればごく当然の態度だろう。リン氏は「合意を基本とする組織でありながら主要な主体が沈黙したままで重要な決定をするのはプレッシャーが高すぎる」という。

 問題はその後である。彼は学術研究組織やNGOを含む民間分野について、「散発的な参加はあるが、彼らはプロセスばかり強調し、ICANNが重要な決定をタイムリーに行うことを妨げてきた」と非難する。企業の参加が過小で、市民活動家が多すぎるというのだ。そしてこれを一般会員制度廃止の「伏線」とする。

私自身、とくに一般会員制度の見直しについては、日本の研究機関であるGLOCOMのメンバーとして、他のグループとともに「NAIS((NGO & Academic ICANN Study)を構成し、役員会が任命したALSCとは異なる視点での分析と主張を続けてきた。昨今、各種の国際組織、グローバルな課題を議論する場にNGOやNPOが参加することは、むしろ当然となっている。デジタルデバイド問題を取り上げたG8のDOTフォースでも、GLOCOMはNPOとして政府、民間企業代表と一応対等な立場で各国チームに参加して活動してきた。リン氏はこうした傾向を明らかに軽視している 。


政府の役割を強化:オープンからクローズに

今回のリン提案のもっとも大胆で、もっともリスクが高い部分が、政府の関与不足を指摘し、政府により大きな役割(発言力の強化と資金負担)を与えようとしている点である。それは、これまでの「一般会員制度」を失敗と決め付け、その代替案として提案されているのである。

「3年間の取組みは、正体不明で勝手に参加した会員によるグローバルなオンライン選挙でICANNの役員を選出するのは現実的な解決ではないことを証明した。理事会レベルでグローバルにパブリック・イントレストを代表することが大事だということは、全員同意するが、それを実現するための最適な方法についてはコンセンサスができなかった」。要するに、「グローバル選挙の実験は失敗した」という。

実際は違う。まさにその「コンセンサス」が、ガーナ会議で確認できそうな状況ができつつあると判断したからこそ、会議直前に急遽、「コンセンサスがない」と決め付け、これまで議論されてきたこととまったく異なる提案をぶつけることで、役員会がそのコンセンサスを認めて選挙制度の実施を決定することを阻止しようとしたのだ。

 たしかにあの選挙には問題が多々あった。日本や中国から大量の「組織票」が集まり、度を過ぎたナショナリズムの発揚があったのは事実だ。しかし、それはICANNが選挙の実施に際して明確なルールを準備しなかったことと、アジア側には欧米の人々に支配されることへの強い反発があったことなどから起きたことだろう。システムの実施レベルで起きた欠点はそのレベルで改良すべきことで、それをもって直ちに選挙というシステム自体を全否定するのはあまりに早計かつ非論理的である。事実、ICANN理事会が選出した会員制度見直委員会(ALSC)は昨年秋に、一般会員制度と直接選挙による理事選挙は改良した上で継続すべきだとの最終報告書を出し、役員会はこれを受けてひとまず選挙実施の準備にかかるようALSCおよびリン氏らのスタッフに命じ、リン提案が出されるわずか2日前にその実施案が発表されたのだった。

 実際に選挙で選ばれた理事は19人のうちの5人に過ぎない。ALSC提案は6人とする。価値観の違いから多少異なる主張をもつ人が理事になっても、全体の多様性の保証にこそなれ、「効率を損なう」と主張するのは危険極まりない。

 リン提案は、2月末にワシントンで開催される役員による「合宿」をターゲットに出された。世界中から集まった理事のなかには、前触れもなく突如出された「改革案」に驚きを隠せなかったようだ。しかし、リン氏は、アクラ会議で結局会員制度と選挙が継続されると決定されるのを阻止するために、なりふりかまわず無理やり出したものだ。


ボトムアップからトップダウンに

 彼は、一般会員制度とグローバル選挙を全廃し、役員は任命制にすると提案する。理事の数は現在の19人から15人に減らし、うち5人は、現在の世界5地域から、各国政府が指名し、理事会が任命するとする。具体的な任命方法には触れていない。次の5人は「指名委員会」が候補を選定し、理事会が承認・任命するという。あらかじめ定めた基準と分野に沿って広く意見を聞いた上で候補を選定するというが、その基準にはやはり触れていない。

残る5人は技術・企業分野の代表で、インターネットのアドレスと番号管理分野、「.com」などの汎用TLD管理組織、世界中の国別ドメイン管理組織ccTLD、ICANNの技術助言委員会から各一名と、理事会が任命するCEOである。

 このほか議決権のないオブザーバーとして、インターネット協会(ISOC)の内部組織で、IETFによる技術標準の最高承認機関Internet Architecture Board(IAB)とICANNの政府助言委員会(Governmental Advisory Committee)の委員長が入るという。

 要は選挙制から任命制に切り替えるというもので、意思決定もボトムアップからトップダウンへと変えようとする。

 現行制度では理事はドメイン名(DNSO)、アドレス(ASO)、プロトコル(PSO)という3つの専門組織(Supporting Organization)から各3名の計9名と、一般会員による選挙で計9名、CEOを加えた計19名という構成だ。ただし、一般会員選挙は、地域別5名の代表を選出した後で、制度そのものを見直すとして、地域に無関係にグローバルに選挙で選ぶはずの4名は未選出のままである。

当初定めた制度をすべて実現する前に、途中で見直しを進め、リン氏はその見直しの対象となっている会員制度そのものを根本から全部廃止するというものである。

この連載ですでに書いてきたので詳しいことは省略するが、グローバルな「会員制度」はICANN創設時の対立する主張の「妥協」として合意されたもので、米国を含む各国政府もそれを支持した、いわば「旧約聖書」のようなものといえる。しかし、その合意に立ち会っていた弁護士のシムス氏らは、あれは米国政府前政権の一官僚の恣意的な裁定に過ぎず、いつまでもそれに従う必要はないと主張している。リン提案もその流れに位置している。キリストの到来で「新約聖書」ができたように。しかし、肝心のキリストの姿は明らかにされていない。

 リン氏はこう提案した主な理由について、
「費用のかかるグローバル選挙を実施するよりは、国家政府が任命する代表制の方が、利用者を含め社会の意見をより良く反映できる」と主張する。また、技術・企業分野の代表を直接入れることで、より安定した資金が確保できるという。資金不足も彼の分析=不満の大きな項目となっている。

 彼がCEOになったのは2000年の11月だから、在任後わずか一年余りだ。その彼がここまで大胆な提案をしたのは、明らかに彼個人の考えだけのものではない。前任者であるマイク・ロバーツ氏をはじめ、創設作業に深くかかわった弁護士のジョー・シムス氏、現在の理事会の会長でTCP/IPを発明したことからしばしば「インターネットの父」と称されるビント・サーフ氏、ハーバード大学出身でICANNの政策担当副社長として当初からICANNの幹部職員であったアンドリュー・マグロウフリン氏らと相談してまとめた案であることは想像に難くない。正直いって、私はこういう「陰謀説」、いわゆる「コンスピラシー・セオリー」を好まない。より善意あるいは建設的な見方をすることにしている。

 しかし、今回ばかりは、きわめて残念なことだが、数人の人々を中核とした「確信犯」が存在し、テロ事件を絶好の梃子としつつ、従来から狙っていた、ICANNから「一般会員」を削ぎ落とし、主として「テクノロジスト」といえる、狭い意味での技術を専門とする人々が、その他の一般利用者、市民の声を封殺しようとする枠組みが表面化してきたと受け取らざるを得ない。でなければ、この時期に突然降って湧いたように、しかも、CEOとしてICANNという組織全体の経営を公平に責任をもって遂行する義務をもっている人物から、きわめて一方的でこれまで蓄積されてきた果実を乱暴に叩き落すような提案が出されることの説明がつかない。

 しかし、この案が採用されると、インターネットの特性である、自立・分散・協調という原理は、少なくともICANNという場においては、大きく後退する。多様でオープンな仕組みが否定されれば、特定の傾向をもつ人々による集権的な管理、支配が強まることは必至だ。それは、今後のインターネットの発展そのものの大きな妨げとなるだろう。

選挙によるオープンな組織を否定し、任命というクローズな制度を導入し、政府の発言力を強め、その分資金の依存度も高めるというが、そういまくいく保証はない。政府が規制・介入しなかったことがインターネット発展の最大の理由だったという論者が多いのだ。


利用者としてぜひ発言を

 この案が公表される数日前、ICANN政府助言委員会のメンバーでEU政府のクリストファー・ウィルキンソン氏をジョー・シムス氏が密かに訪問し、相談していた。これは、その事実を知る別のEU職員が一般会員の選挙で選ばれたヨーロッパ代表理事であるミューラー・マグーン氏への連絡して暴露され、あっという間にネットで世界中に伝わった。同様に米国政府に事前に相談があったこともまず間違いない。日本政府もおそらく相談されていただろう。「オープン」、「透明性」を基本原理として掲げてきたはずのICANNは、いま、少なくともその第一期の終幕を迎えようとしている。

 一市民、一利用者の声は、建前はともかく、実質無視されつつある。中小企業、SOHOも、数年後には飛躍的な成長を遂げるかもしれないベンチャーの卵も同様だ。そして、欧米の人々の強引な押し付けが強まることもまず確実である。現在でも理事と3つのSOの代表である評議員のなかで、非欧米の人々はごく少ない。

 こうした流れへの反発、反対も、もちろん強く起きるだろう。すでに「一般会員」組織を自分たちがボトムアップで作ろうという動きは始まっている。読者の皆さんにぜひお願いしたい。この号を読まれる頃でもまだ遅くないはずなので、ぜひそのウェブサイトをご覧になり、趣旨に賛同して登録されることを。 URLはwww.icannatlarge.com である。

 いまは英語だが、できれば日本語もリンクしようと思っている。同時に、ICANNに限らず広くインターネットの社会的な方向性について、利用者の立場から発言し、行動する組織の存在が日本でも必要だと思えてならないし、そうした呼びかけを近々しようと思っている。こちらは日本語で、当面はwww.anr.org をご覧いただきたい。

 この原稿はアジアのインターネット関係者による年一回の大きな会議、APRICOTの場でみんなと意見交換しながら書いてみた。こうした思いをもって、これからガーナのアクラでのICANN会議に参加する。利用者がきちんと発言すること、これが基本となるだろう。


参考URL
「一般会員」サイト  www.icannatlarge.com
リンCEOのICANN再編成提案: www.icann.org/general/lynn-reform-proposal-24feb02.htm
ICANN会員制度検討委員会(ALSC)  www.atlargestudy.org
NAIS www.naisproject.org
アジアネットワーク研究所 www.anr.org



ICANN会員参加の<意思表示>をウェブで
 www.icannatlarge.com/

「一般会員」組織をボトムアップで作ろうという趣旨でウェブサイトがつくられている。ぜひ登録して、意思表示をしよう。URLはwww.icannatlarge.com/



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