ICANN理事選挙を振り返って


会 津 泉
(アジアネットワーク研究所代表)
www.anr.org
izumi@anr.org


 インターネットのドメインネームやIPアドレスなどの資源の管理運用をグローバルに調整する組織ICANNの一般会員による初めての理事選挙の注目の投票結果が、昨11日に発表された。
 世界5地域から1人ずつ新理事が選ばれたが、アジア太平洋地域では加藤誠之さん(富士通ワシントン事務所長)が13,913票と、当選に必要な過半数を第一回集計で大きく超え、2位のガオ氏に大差をつけて当選した(表参照)。これは世界でも最高の得票数となった。  ちなみに、第2位は欧州で、ドイツの有名なハッカーグループ「カオスグループ」の支持を受けたアンディ・ミューラー=マグーン氏が5,948票と、2位のやはりドイツから立ったジャネット・ホフマンさんの2,295票の倍以上を集め、圧勝した。合計11,309票を6人の候補者が争ったが、会員数最多のドイツの候補者同士の一騎打ちとなった形だった。
 もっとも激戦だったのは北米で、6名の候補者が争ったが、第一回集計ではだれも過半数に達せず、最低得票者を切り捨てる複雑な集計を繰り返した結果、ICANNのあり方に強い批判を続けてきたカール・オアバック氏が第6回集計でようやく過半数に到達して当選を決めた。最有力と見られてきたハーバード大学出身の若手法律学者、ラリー・レッシグ氏が落選したのは意外だった。一方、会員数最小の地域であるアフリカはガーナのニイ・クエノ氏がわずか67票を集めただけで当選となった。得票総数はわずか130票だった。

ICANN理事選挙 アジア太平洋地域選挙結果

候補者(国)得票数
加藤誠之(日本) 13,913
ルーリン・ガオ(中国)1,750
ジョハネス・チャン(台湾)935
ホンジー・リー(中国)749
スレスワラン・ラマダス(マレーシア)398
投票総数17,745


難航した選挙までの歩み
 今回の選挙に至る道筋は難航した。ICANNは98年10月に設立された民間非営利組織だが、設立時の初期役員の選出が密室で行われたと強い批判を受け、米国政府が一般会員を広く募り、公平な選挙で役員を選ぶことを条件として、はじめてドメインネームなどの管理権限の委譲を認めた経緯がある。
 当初原案では全会員による「直接選挙」だったのが、途中で「会員協議会」による「間接選挙」方式に変更され、米国の市民運動団体などの強い批判を受けて再度「直接選挙」に戻された。インターネット運用の基本は「民主的」に管理されるべきだというのがその根拠だが、背景には、グローバルなネットワーク社会の根本原理はどうあるべきかという点で、価値観をめぐる対立がある。

地域別選挙とナショナリズムの突出
 さらに、地域別の役員選出の仕組みが、混乱に拍車をかけた。もとはアメリカの突出を懸念する他の国の主張から、世界を北米、中南米、欧州、アフリカ、そしてアジア太平洋の5地域に分け、各地域在住会員が、各1名代表を選ぶという趣旨だった。  ICANN理事会は、ドメインネーム、IPアドレス、プロトコルという3つの専門分野を担当する組織から各3名計9名、一般会員の選挙による役員9名、それに事務局長を加えた合計19名の役員で構成されることになっている。専門分野、地域など、特定の利害集団による支配を防ぐために考案された仕組みである。
 もっとも広く公開され、だれでも参加できるのが一般会員だ。16歳以上の人は世界中だれでも会員として選挙に参加できる。ただし、不正を防ぐために、オンライン申請の上、郵送されるPIN番号を入力して確認作業を行ってはじめて正規の会員資格が得られる。  会員募集は今年2月から始まったが、5月頃までは低調だった。日本からの登録が少ないことに危機感を抱いた関係者が、政府・業界一体となって会員登録運動を仕掛けたことで、7月はじめには逆に日本の会員数が突出してしまった。これに今度は中国などアジア諸国が、「日本の突出に負けるな」と、過剰反応してしまった。ICANNの具体的な活動では、そもそも国単位の競争はまったく無意味なのだが、事態の本質を理解していない運動が横行した。
 欧州でもドイツだけが会員数が突出したが、日本を含む多くのアジア諸国の状況とはまったく異なっていた。狭いナショナリズムからではなく、インターネットのグローバルな意思決定制度に積極的に参加・貢献しようという新しい市民意識、いわゆるネティズンたちによる草の根からの盛り上がりが大きかったのだ。欧州の他国も、とくにライバル意識を燃やした気配はなかった。この原稿はいま出張先のミュンヘンから書いており、現地の関係者に事情を確認したばかりなので、まず間違いはない。
 日本でも草の根型運動がなかったわけではないが、1万票を超えた加藤さんの得票の大半は、終盤まで投票呼びかけが徹底されるなど、政府・業界一体となった組織型運動の影響が大きかったと見るのが自然だろう。

反省と今後
 こうした組織型運動は、ICANNの理念からは明らかに遠い。それが日本から起きたことには批判も強く、反省すべきことだ。しかし、明らかなルール違反があったわけでないのも事実だ。アジアでも5人の候補者が立ち、専用ホームページで「公約」を語り、オンラインの質疑応答に答え、いわば正々堂々とたたかった。加藤さんの得票が全世界の投票総数、17000票の過半数に近いということは、重い事実として残る。加藤さん自身の主張でもあるが、選挙制度の改善が強く求められる。
 私自身、考えたすえに、積極的に加藤さんを支持した。加藤さんとは日経新聞主催の世界情報通信サミットのオンライン会議がきっかけで、昨年1月ワシントンではじめてお目にかかったとき、ICANNの活動に日本社会とくに産業界からのコミットが不足していると訴えた経緯があった。米国の弁護士資格をもつ法律家の加藤さんは、以来ICANNの各会議に積極参加し、貢献を続けられてきた。彼個人は、偏狭なナショナリズムのかけらもないグローバルな視点の持ち主で、アジアの状況も十分に踏まえた上で立候補し、「公約」でもそれを積極的に訴えての当選である。
 私は、ICANNを作り出すプロセスに当初からかかわり、会員制度諮問委員会のメンバーとして選挙の原案作成にかかわっただけに、長く激しい議論のプロセスがこれで一段落し、ICANNにとって最大の懸案である一般会員による役員選挙が実現したことは、きわめて感慨ぶかいものがある。  ICANNの挑戦はこれで終わりではなく、むしろ始まったばかりだ。ナショナリズムの衝突という表面的事態に目を奪われず、地球全体の新しい発展の流れ、インターネットのグローバルなガバナンスという、人類がこれまで経験したことのない「未知の世界」に対して、日本を含むアジア地域の声はもちろん、グローバルな英知を集め、加藤さんには大局的な視点から貢献されることを期待したい。もちろん私自身も、率直・建設的な議論を含めて協力を惜しまないつもりである。最後に、加藤さんに圧倒的な票を与えた一人ひとりの方に、選挙後のこれからこそが本番であり、本当の意味で実質の伴った支援、貢献をされることを切にお願いしたい。


[ Back ]



What's NewOutputsLinkiznewsANR Archiveabout usabout this site




logo-s2.gif (株)アジアネットワーク研究所
〒152-0022 東京都目黒区柿の木坂1-28-15
TEL: 03-3725-3801  FAX: 03-3725-4960
E-mail : info@anr.org

Copyright(C) 2000-2002 (株)アジアネットワーク研究所