APRICOT2000報告

(日本インターネット協会『IAJニュース』2000年5月号)

 アジアで開かれるインターネット関連の会議・展示会は多数あるが、商業ベース以外でもっとも重要なのが、このAPRICOT(Asia Pacific Regional Conference on Internet Operational Technology)だ。
 APRICOTは、アジアのインターネット・コミュニティの有志により、インターネットの普及・発展を支える運用技術の獲得を主なテーマとして、1996年1月にシンガポールで第一回が開催された。以来、香港、マニラ、シンガポールと各地をまわり、毎年開催されてきた。
 今年は2月28日から3月2日まで、韓国・ソウルで開催され、850名が参加した。参加者の内訳は、地元韓国が約半数の410名で、残りが多い順から、アメリカ、日本、香港、シンガポール、マレーシア、フィリピン、台湾、中国、モンゴル、インド、スリランカと続き、計36カ国・地域からと、かなりの広がりをみせた(表)。
 主催はアジアのインターネットの関連団体の役員などによる「実行委員会」だが、毎回開催地側にホスト団体が必要となる。今回は韓国のドメインネームの割当組織であるKRNICが中心となって地元組織委員会を構成し、実務を担った。
 参加者層は、ネットワークの構築・運用を担当するエンジニア、続いて政府、企業、教育分野などのトップレベルの意思決定者たちだ。発展途上国には優待枠も用意され、アジア諸国に限らず、アフリカからの参加もあった。
 参加者数も、出足こそ鈍かったが、直前になって大幅に伸び、事前の予想を大きく上回る数となった。最後は用意したキャパシティを越えてしまい、主催者側はうれしい悲鳴をあげていた。
 とくに今年は、アジア諸国の経済危機からの回復傾向がようやく鮮明になり、インターネットを中心とする情報技術(IT)分野は各国とも成長が著しく、それだけ関心は高かった。
 開催地の韓国は、昨年から今年にかけてインターネットが猛烈な勢いで成長し、いまeビジネスがアジアでもっとも熱くフィーバーしている国だ。その韓国での開催は絶妙のタイミングであった。地元だけで約半数の400名以上が集まり、韓国でのインターネットの伸びを如実に示した。協賛企業にも地元企業が数多く名を連ねた一方、日本からはNTT、JPNIC、インターネット戦略研究所、KDDの4社で、やや寂しい展開だった。

最新の運用技術中心、中立な内容が特色
 APRICOTの内容は、その名称が示すようにネットワークの運用技術に重点がおかれ、とくに欧米を含む第一線の専門家から最新技術を丸一日じっくり学べる有料の講習(チュートリアル)が最大の売り物である。アジア各国のプロバイダーや研究ネットの運用担当者から、自分たちのエンジニアをここに送れば、最先端の運用技術を実戦的に学び、実践に役立たせることができる場だとの評価を得ている。
 これとは別に、技術の最新動向を取り上げるのがカンファレンスだ。向こう一年間、自分たちの次のビジネス・サービス展開に重要となる技術動向を具体的に知ることができ、評価を行える機会である。
 プログラムの企画は、特定メーカーに偏ることを極力避け、中立的立場で、かつ実用的な内容を重んじてきたことが、APRICOTの伝統であり、大きな信用となっている。メーカーも、自分たちの技術の特色について実質的に深く理解してもらえる貴重な機会であり、以後の販売動向に大きな影響をもつ場として軽視できない。

APRICOT2000 国・地域別参加者数(www.apricot2000.ne/kr/statistics)

国・地域登録参加者数
韓 国410
アメリカ 83
日 本 66
香 港 55
シンガポール49
マレーシア26
フィリピン21
台 湾16
中 国 15
モンゴル15
インド 11
スリランカ7
BD4
AE4
カナダ 3
オランダ3
ベトナム3
ネパール2
英 国2
インド 2
ブルナイ2
カンボジア2
パキスタン イラン パプアニューギニア
ドイツ メキシコ ニュージーランド
DO GH  KE BJ  MU EC
各1

 今年のチュートリアルは2日間、15トラックに分けて開催された。もっとも参加者が多かったのは、ルーセント社のジェフ・ワービックが講師を務めた「高速ネット技術 ATM、ギガビット・イーサネット、スイッチ・ルーター、光DWDM」で、180名が参加した。続いてシスコ社のスティーブ・ディーリングが講師の「IPv6」、フィリピンのプロバイダー、アイフィル社のミゲル・パーズとiPASS社のブッチ・アントンが講師の「ネットワーク入門・ISPの基礎」、コサイン・コミュニケーションズ社のディーン・ハミルトンによる「バーチャル・プライベート・ネットワーク(VPN)」などが人気を集めた。ただし、ほとんどのトラックが50名以上集まり、バランスのとれた参加だった。  カンファレンスは後半2日間、合計24テーマのプログラムとなった。参加が多かったのは、「ASP技術」、「VPN」、「クオリティ・オブ・サービス(QoS)」、「ブロードバンド・インターネット」、「ネットワーク・セキュリティ」などで、マーケット動向がそのまま反映されていた。その他、最新の話題として、ASP、ワイヤレス・ローカルループ(WLL)なども関心が高かった。
 技術分野がプログラムの主な柱だが、同時に新しい技術・サービスをどのように普及させ、調整するかという、「ポリシー」分野も積極的に取り上げられてきた。今回もインターネットのドメインネーム、IPアドレスについてのグローバルなポリシー調整組織であるICANN(Internet Corporation for Assigned Names and Numbers)や、アジア太平洋地域のIPアドレスの割当組織(RIR)APNICによる、「IPアドレスポリシー」などのパネル討論が開催された。
 最近とくにアジアでホットな話題となっている「多言語ドメインネーム」で、異なる方式をもって並立・競合するシンガポール、台湾、北京などのグループが集まり、白熱した討論となった。

印象的な基調講演 「すべてはインターネット中心に」
 基調講演では、地元韓国の研究機関KAISTのサン・ヒョン・キョン氏によるスピーチが印象的だった。キョン氏はもともと韓国の通信研究所出身で、その後韓国通信の経営者を経て通信大臣まで務めた、いわゆる「電話の世界」の出身者である。その彼が、インターネットが既存の電話事業の関係者からの反発や無理解を超えて、伝統的な電話会社の外で発達してきたことの重要性を指摘し、インターネットの関係者は、驚きと尊敬をもってこれを受けとめた。以下に、彼のスピーチの冒頭部分の要旨を紹介したい。

 電話会社の人々にとって、「アウトサイダー」たちによって、自分たちが長年築いてきた秩序や価値観が覆されることは受け入れがたいものだった。しかし、インターネットはなにより顧客が求めるものであり、たとえ伝統的な電話会社の外から生まれたものであっても、顧客が必要とすれば提供しなければならない。既存の通信も、インターネットにとってプラスにならなければまるで意味がない。
 いまや時代はインターネットで、インターネットが既存の通信に勝利したのだ。従来の通信はもはや存在せず、インターネットを中心とする「新しい通信」に生まれ変わったのだ。
 何よりもインターネットはオープンなネットワークであり、それが利用者主導でのイノベーションを生んだ。従来の事業者中心の開発方式より優れているのだ。さらに、政府が一切介入せず、イノベーションが好循環をとげたことも、インターネットのグローバルな発展を支えた。WWWがその好例だ。今後、ブロードバンド、ワイヤレスといった新しい潮流により、インターネットはさらに進化し、デジタル・エコノミーの隆盛をもたらすだろう。そのためには、このオープンで利用者主導というコンセプトをしっかり守ることが重要だ。

 さらにキョン氏は、韓国のインターネットが99年に大爆発し、いまやアジア太平洋でインターネットがもっとも普及した国になった事実を紹介した。利用者数が、98年末の310万人から、99年末には1086万人と、1年で実に3倍に伸びた(出所:KRNIC)。「.kr」ドメインネームの登録数は、98年の2万6千から、99年には20万7千と、8倍の伸びだ。これは個人ドメインを認めたことが大きい。
 この急成長の最大の理由は、なにより、アジアを襲った経済危機のなか、韓国の社会・経済が崩壊寸前に至り、IMFによる救済を受けたことで、人々のマインドが劇的に変化したことだろう。社会の改革、経済のグローバル化に必死で取り組み、これからはインターネットとデジタル・エコノミーが本流だと本気で認識したのだ。既存の体制のトップだったキョン氏のスピーチは、それをよく物語っている。なお、韓国のインターネット市場の状況について、詳しくは別稿「アジアのインターネット市場の動向」を参照されたい。

「APスター」の活動、APIA総会など
 APRICOTは、アジアの様々なインターネット関連団体・組織が一同に会する場としても重要な機会だ。これらの団体は、毎年2回、夏のインターネット・ソサエティ(ISOC)の年次大会INETと、冬のAPRICOTの際に集まるのを慣例としてきた。  アジアは地域的にきわめて広く、出張の費用も時間もばかにならない。一人の人間が複数の団体・組織の役員を兼任していることも多く、異なる組織が集まって、各種会議を集中開催するのが効率的だ。たとえばAPNG(Asia Pacific Networking Group)、APNIC(Asia Pacific Network Information Center)、APIA(Asia & Pacific Internet Association)は、それぞれ、ARPICOTの時期に各1日をさいて年次総会をもつ。APNICについては別に荒野高志さんに報告してもらったので、それを参照されたい。
 いずれも頭にAPとつくこれらの団体は、まとめて「APスター」と呼ばれる。その「APスター」の合同会議が、事前に丸一日割いて開催された。アジアのインターネット関連団体が、より緊密に協力し、どうやってインターネットを発展させていくか、いわば「戦略会議」だった。中長期的に、アジアのインターネットをどう発展させていくか、そのために各組織の合同事務局、あるいはR&Dを支える基金の設立の可能性などが活発に議論された。
 筆者はAPIAの事務局長を兼任しており、その年次総会の開催実務に追われた。APIAは発足後3年目だが、この一年で、会員がほぼ倍増し、経営的にはようやくすこし安定してきた。定期的にニューズレターを出せるようにもなった。
 総会の議事に続き、APIAの役員で昨年9月に急逝したデビッド・ケラー氏を追悼し、千恵子夫人と彼が副社長を務めていたアクセスメディア・インターナショナル(AMI)社の越智社長を招いて、記念品を贈呈した。ケラー氏は、創設直後のAPIAに協力して、アジアのインターネット市場の本格的な調査プロジェクトを実施し、アジアのインターネット業界の発展に寄与したパイオニアの一人だ。弱冠38歳で病魔に冒され、半年の闘病もむなしく帰らぬ人となったのだ。筆者も、この調査の企画にかかわり、彼とコラボレーションしてきただけに、私情も含めて無念の思いが強い。なお、APIAのウェブに彼の追悼ページを設けたので、ぜひ参照されたい。
 総会に続いて、「IPOするかしないか、それが問題だ」と題して、「ドットコム」ビジネスで急成長する企業の若手経営者によるフォーラムを開いた。日本から、インターネット総合研究所の藤原洋氏、韓国から、韓国初の商用ISP、Inetの創業者で、同社をPSI社に売却し、最近また新規事業に着手したジン・ホー・ハー氏、香港のナンバーツーISPで、NTTが資本参加したHKNetのチャールス・モック氏、AMIの越智氏らがパネルに並び、IPOの是非、問題点と、自らの経営戦略について、熱い討論がなされ、アジアへの「ドットコム」の到来が確認できた。

来年はクアラルンプール開催が決定
 これまでAPRICOTは、けっして順調に発展してきたわけではなかった。ボランティア中心の運営のため、毎回火事場操業のような状態が続いてきた。最初の2回はAPNICが経費を「保証」して実現したが、第2回香港での赤字が大きく、第3回以降APNICに代わって責任をもてる組織がなく、資金集め、契約実務などで難儀してきた。
 昨年からAPIA会長でもあるピンダー・ウォン氏が2回連続して実行委員長を務め、超人的努力を注ぎ、ようやく安定した体制ができつつある。昨年のシンガポール会議で剰余金を出し、今年の開催経費にまわすことができたことも大きかった。
 こうした経験を通して、今回はAPRICOTの歴史でははじめて、会期中に次回開催日を決定・発表することができた。次回はマレーシアの首都クアラルンプールで開催されることとなった。地元組織としては、マレーシア・コンピューター産業協会(PIKOM)が中心となり、マレーシア政府の通信マルチメディア省が共催となる。開催時期は、現在調整中だが、いずれにしても2月前後になるだろう。
 最後に、このIAJの会報用に寄せてくれたピンダー・ウォン実行委員長のメッセージを紹介しよう。
「韓国のインターネット・コミュニティは、APRICOTを、これまでで最大で、かつもっとも成功したものとする、素晴らしい仕事をしてくれた。97年の香港でのAPRICOTより充実していた。
 APRICOT も5年が過ぎ、自分が直接かかわるのはこれが最後となるが、アジア地域のインターネットをリードする日本からは、ぜひもっと多くのスピーカーと講師が来てくれることを期待したい」

 APRICOTはまだ日本で開催されたことがない。アジアのインターネットの発展にとってきわめて重要な意義をもつだけに、日本の企業がアジア市場により進出するためにも、日本からより強力な参加・関与が必要だ。APRICOTに限らず、APスターを含め、今後のアジアのインターネットの発展全体への、日本からのより積極的な体制づくりが求められている。これまでは、限られた個人が貢献するパターンが多かったが、今後は企業などによる、より組織的な取り組みを期待したい。


APRICOT2000 http://www.apricot2000.ne.kr
キョン氏のスピーチ http://www.apricot2000.ne.kr/keynote.htm
デビッド・ケラー追悼ページ http://www.apia.org/david/
PIKOM http://www.pikom.org.my

会津 泉(アジアネットワーク研究所代表 izumi@anr.org



APNIC関連会議

 例年APNICはAPRICOTに隣接して年次総会を開催しているが、今年は初の試みとして SIG(Special Interest Group) と銘打ち、以下の5セッションが開催された。

セッション名チェア
Address Policy SIG荒野 高志(JPNIC IPwg主査/ICANN AC)
PGP and the RIPE database SIGJoao Damas(RIPE NCC)
Routing SIGPhillip Smith(Cisco Systems)
DNS SIGMathias Koerber (Singpore Telecom)
IPv6 SIG加藤 朗(WIDEプロジェクト)

 Address Policy SIGは、ICANNと地域レジストリー(RIR)間の覚書により、RIRが開催すべきとされている、オープンなポリシーミーティングの初回として開かれた。ICANNはドメインネーム分野をはじめいろいろな場面で機能し始めているが、アジア太平洋地域で広くオープンにアドレスポリシーについて議論できる場を誕生させたことは意義がある。
 今後のアドレスポリシーについて、11のトピックが議論され、いくつかの項目に関しては全体のコンセンサスを得て、APNICのポリシーとして今後実現されることが決定された。トピックはすべて公募され、半分がAPNIC自身から、半分はAPNIC外から提案され、このSIGが開かれた性格のものといえる。
 年次総会では、事業報告,重要案件の議論のほかに、APNICの新しいロゴが初めて披露された。この1年間は新たなICANN体制のもとRIRの成り立ちが明確となり、APRICOTでもSIGの実施やポリシの民主的決定プロセスが実現するなど、APNICの体制、事業内容も充実した。今回はこの新しい洗練されたデザインのロゴが象徴するように、APNICに大きな進展を感じた総会となった。

荒野高志 (NTTコミュニケーションズ・JPNIC)



"Social Aspect of the Internet Development in Asia Pacific Region BOF"
 3月1日、JPNICとAPIAが、"Social Aspect of the Internet Development in Asia Pacific Region"というBoFを共催で開催した。 このセッションは、アジア太平洋地域へのインターネットの普及が社会に与える影響をテーマに、各国の状況の情報交換を目的に呼びかけ、ネパール、カンボジアなど、アジア太平洋地域の各国・地域から、約20名が集まった。インターネットの普及状況、とくに途上国での普及のための支援措置の例などを話し合った。
 今回はあくまで初会合で、情報交換を目的としたが、今後も継続的に情報交換を続け、アジア太平洋地域の人々にとってインターネットをさらに使いやすくするためのヒントを考えていく予定にしている。なお、7月のINET2000でも同様のセッションを開催し、各国/地域の経験を共有していくことが合意された。

大橋由美(日本ネットワークインフォメーションセンター)

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