アジアのインターネット市場の動向


(『インターネット白書2000』掲載原稿)
2000年4月執筆


経済の回復をインターネットが主導
 アジア経済は1999年後半から大きく回復の兆候を見せ、その回復を主導しているのが情報技術、いわゆるIT分野であり、その中枢にインターネットが存在することはいうまでもない。アメリカで爆発を続ける「ドットコム」の波はアジアにも確実に到来し、電子商取引市場を中核に、通信、コンピュータ、電子部品製造から、流通、金融、運輸、放送、エンターテイメントなど、広範な分野で新しい経済成長のパターンを築こうとしている。
 この「ニュー・エコノミー」の流れに対しては、伝統的な経済の枠組みを重視する立場からは「バブルでいずれはじける」との懐疑的な見方も根強い。たしかに新興ネット企業の株価は異常な高騰をみせているが、一般利用者のネット利用の増加率も確実に高まっており、単なるバブルではなく、新しいマーケット区分が登場しつつあると見るべきだろう。
 なかでも、日本におけるiMODEの爆発的増加、韓国のインターネットカフェの急増は、いずれも米国におけるインターネットの発展パターンとはひと味違う、独自の市場形成をもたらしたものとして注目される。
韓国では、インターネット経由での株のオンライン取引が通常の株式取引総額の半数に達する勢いといわれる。また、ホットメールと同様の無料メールサービスである「ハンメール」は、1年目が30万人、2年目が200万人、3年目の今日では800万人を越える会員を集め、会員数でいえばAOLに次ぐ規模にまで成長した。
 香港でも、99年にインターネットのポータルサイトであるチャイナ・ドットコムが米国ナスダックへの上場を成功させて話題になったが、2000年に入ると香港を代表する企業集団である長江実業系のトム・ドット・コムが香港証券取引所の成長企業市場(GEM)に上場を行い、同社の株を入手しようとした香港市民が人口の4分の1、100万人以上に達したと噂されるほどの大フィーバーを巻き起こし、社会問題化した。もっとも実際には数十万人の応募で、倍率も700倍程度だったというが、それでも、中国語中心のインターネット・コンテンツ専門サービス企業への関心の高さは、インターネットが香港はもとより中国本土にも今後順調に普及するとの期待に裏付けられたものといえる。

外資の急激な進出
 1999年後半から、アジア各国が経済危機からの本格的な回復の傾向が明らかになるにつれて、アジアのインターネット市場には、欧米系企業が続々と参入を拡大していった。具体的には、AT&T、BT、ドイツ・テレコム、NTT、C&Wなどの既存事業者と、MCIワールドコム、レベル3、クウェスト、グローバル・クロッシング、テリジェント、ウィンスターなどの新興勢力の両者による通信会社が参入外資の一番手である。これにルーセント、ノーテル、アルカテル、エリクソン、ノキア、シーメンスなどの欧米系機器メーカが続く。
また、インターネットの隆盛に伴い、UUネット、PSI、AOL、MSNなど米国系のISPもアジアに活発に進出を始めている。IT全般、コンピュータ関連企業の進出も目立つ。さらに、ポータル・コンテンツ系ではヤフー、ライコス、ニューズ・コーポレーション、タイム・ワーナー、CNNらが、電子商取引では、イートレード、イーベイなども続々と進出している。彼らと密着しているインターネット系ベンチャー・キャピタルとして、ソフトバンク、CMGI(インテル、コンパックなどが共同出資)、光通信などの投資活動も目立っている。GE、アメックス、フェデックスなどの金融、流通企業も電子商取引を焦点に進出している。
要するに米国を中心に、世界的に主要な「ドット・コム」企業がすべてアジアに進出を果たそうとしているのだ。
さらに、シリコンバレー出身の華人系やインド系新興企業など、アジア系米国人が母国でニュービジネスを仕掛ける例が散在しているのもアジアの特徴であう。データセンターとして急成長したアバブネットのシャーマン会長は台湾のエイサー社員出身で、アジア進出に熱心だ。ヤフーの創業者の一人、ジェリー・ヤンも幼少時は台湾で育っている。シンガポールではiDNSといって、多言語でのドメインネーム・サービスをめざすベンチャーが創業され、シリコンバレーのベンチャーキャピタルの出資を受け、台湾、香港、タイなどで各国語によるサービスを開始している。
 コンテンツ・メディアなど、いわゆるソフト分野においても、米国勢の進出は目覚しいものがある。代表的な企業としては、ヤフー、ライコスなどのポータルサービスが、単独あるいは提携という形で、アジアへの進出を続けている。さらに、AOL、MSNなど、ネットワーク接続サービスとコンテンツ提供を組み合せた事業者も、アジアへの参入を活発に続けている。

アジア市場の独自の傾向
 しかし、ことコンテンツ分野においては、各国独自の言語、文化などの力を背景に、地元企業が成長する可能性もおおいにある。台湾では、ヤフーをおさえ、純粋に台湾資本で経営されているヤムが人気ナンバーワンのポータルとなっているのもその例である。
 また、ガンダムやポケモンにみられるように、日本発のアニメ、ゲーム、カラオケなどの文化、ソフトは東南アジア諸国でとくに人気が高く、インターネット分野でもこうしたコンテンツが成功の可能性も高い。韓国で、ネットゲームを売り物とするインターネット・カフェが99年一年間で1万軒以上登場するなど、爆発的に普及したのもアジア的特徴といえる。マレーシアでも昨年サイバーカフェが急増し、全国で1500軒以上存在すると推定される。中高生のオンラインゲームがメインだったが、今年の初めには、違法ギャンブルでの摘発が続いた。
 日本では、NTTドコモの「iMode」が突出している。次世代携帯電話、いわゆるG3市場でも、日本が世界に先駆けて2001年からの事業開始を発表し、韓国がこれに続こうとしている。機器メーカーも、この分野では松下、NEC、富士通、サムソン、LGなどの日本・韓国勢が強く、今後は台湾などのメーカーも加わり、これまでこの分野の市場を支配してきたモトローラ、エリクソン、ノーテル、アルカテル、ノキアなどの欧米勢から主導権を奪い返すことを狙っている。

ISPの市場動向
 アジアのISP市場では、1998年以降、以下の2つの傾向が顕著となっていた。第一は、当初市場をリードした独立系ISPにかわって、電話会社がISPビジネスの主導権をとったことである。インターネット市場が成長するにつれて、必要となる投資規模が巨大化し、多くの独立系のISPでは、これを支える資本調達力が弱く、独自に競争を続けることが困難になっていった。
 また、インターネットが社会的に認知されるにしたがって、消費者にとっては、長年通信サービスを提供してきた電話会社を自然に選択する傾向も強くなっていった。技術力より窓口が多いとか、ブランド力がある、あるいは電話と一括で料金支払いができるといったサービス面での競争力が重視されるようになった。電話会社側も、当初はまったく必要と意義を認めなかったインターネットが、有力な市場であるとようやく認識し、本格的な経営資源の投入を開始していった。ボイス・オーバーIPによる低料金のIP電話サービスへの脅威がきっかけとなって、インターネットへの取り組みを本格化させたことも大きい。
 先行したシンガポール・テレコムをはじめ、オーストラリア最大のISPとなったテルストラ、顧客数では、東南アジア最大と自称するマレーシアのテレコム・マレーシア、韓国のコリア・テレコム、香港のホンコン・テレコムなどがその例といえる。
第二の傾向が、欧米系企業の進出である。単独出資、合弁、買収など、対象国の外資規制などの条件によって進出形態はさまざまだが、技術力と資本力に優る欧米系企業は、地元の独立系ISPにとっては脅威でもある。シンガポールでは1999年11月に政府がISPへの外資規制を撤廃し、AOL、MSN、UUNETなどの進出が始まろうとしている。タイやインドネシアなど、不況に苦しむ市場では地元ISPの欧米系企業への売却話は絶えない。タイでは南アフリカの企業も地元ISP傘下におさめた。

政府のトップダウンから市場主導の転換
 アジア市場では、経済成長に国が直接介入し、政府・指導者がトップダウンで産業育成政策を主導し、経済開発を進めてきた国が多い。情報技術分野も例外ではない。アジアでは政府が情報化政策に高い優先度を与え、最近ではその中核にインターネットの普及推進を掲げている国が多い。その典型例が、リー・クワンユーという聡明な指導者が率いる優秀な官僚組織によって、国家主導型産業政策が少なくともこれまでは大きな成果を上げてきたシンガポールである。情報分野においても、シンガポール政府はいち早く1980年代後半から「IT2000」を提唱し、1996年からはこれを「シンガポール・ワン」へと発展させようとしてきた。
 一方マレーシアも、マハティール首相が1996年以来「MSC構想」を強力に提唱し、これを中核として製造業主体から情報技術産業による経済成長へという産業構造の転換に大きな力を注ごうとしている。
 しかし、アジア経済危機の結果、これまでの「官民一体」ないし「官民癒着」型の開発経済体制の有効性に疑義が挟まれるようになったのも事実である。米国流の自由競争本位の市場経済がグローバル・スタンダードとして圧倒的な力を発揮し、アジア型の政府主導による開発経済は、途上国などでの社会的弱者保護など政策的配慮の必要性は残るが、新しいネット経済の爆発的な発展に対してはむしろ阻害要因とも見られるようになり、新たな自由化への模索が始まっている。
 たとえば「シンガポール・ワン」は、広帯域ネットワークサービスの利用者数、提供されているサービスの数および収益性などの面で、当初の計画を大きく下回り、政府によるプロジェクトの本格的な見なおしが余儀なくされた。実質官製の広帯域通信のインフラ会社であるワンネットは経営的に苦しくなり、データセンター・ビジネスなどへの転進をはかろうとしている。
 マレーシアのMSCプロジェクトは、経済の逆風にもかかわらずマハティール首相の熱意は衰えず、インフラ建設は国費を投入して進められ、1999年7月に中核都市サイバージャヤが部分完成にこぎ着け、マルチメディア大学が開設(移転)されるなど、ようやく形が見え始めてきた。しかし、肝心の外国企業の立地進出という点では、有力企業の多くは依然として「様子見」状態を続けており、国内企業でも大規模な投資に乗り出したところはまだほとんどない。
 サイバージャヤの立地環境の貧弱さ、通信ネットワークのサービス、品質への不満など、批判なども根強く、MSCへの疑問は、経済危機を挟んでいまだに充分解消しているとはいえない。
 韓国、台湾、香港などでは、政府の政策よりも民間分野の動きが先行し、それが情報技術産業の成長につながっている。

主な市場動向
 以下、アジアのインターネット市場の主な特徴について、代表的な国および地域を具体的に取り上げてみた。

香港
 アジアのインターネット市場で、注目すべきなのは、華人ファミリー企業などいわゆる財閥系企業集団がインターネットにきわめて積極的に取り込んでいることである。経済危機でおおきくダメージを受けたこれらの企業グループは、1999年後半になってようやく回復基調に移行しつつあり、同時に本格的に情報技術分野への参入を始めつつある。
 その代表例が香港だ。従来、香港経済では不動産業を中心とした地場資本によるコングロマリットが強力な存在だったが、彼らは経済危機が収束するまでは、情報関連分野への投資にはきわめて消極的だった。
 しかし、1999年に入って様相は一変した。香港最大の企業集団で不動産王のリー・カーシー率いる長江実業集団と、その息子であるリチャード・リーによるパシフィック・センチュリー・グループ(PCG)がその一番手といえる。PCGは香港政庁と組んで、不動産開発とネット企業誘致を組合せた「サイバーポート」プロジェクトをいち早く発表し、リチャード・リーは、パシフィックセンチュリー・サイバーワークス社(PCCW)を自ら率いて「インターネット企業に変身する」と宣言し、傘下の通信会社であるハチソンを含め、外国勢との提携、中 国本土への投資など、インターネット関連分野に対する投資を急速に拡大してきた。
2000年に入って、香港最大の電話会社で、英国のケーブル・アンド・ワイヤレス(C&W)社が保有する香港テレコム(HKT)をシンガポール・テレコムが買収するとの話が浮上したが、PCCWが横槍を入れて、結局120億米ドルの買収合戦に勝利し、大きな話題を集めた。PCGは香港最大の携帯電話会社、ハチソン・ワンポアも所有しているが、ここにはNTTドコモが19%出資してiMODEサービスを開始しようとしている。
 もともと外資規制のまったくない香港市場は、こうして欧米、アジアの強力企業同士が自由に合従連衡し、アジアの情報技術市場全体にとって、いわばテストマーケット的な機能を持とうとしている。後背地としての中国への影響も強く、外資系企業にとっては、香港を手がかりとして中国本土の市場に進出しようという戦略は当然のものである。
 香港のこうした動きは、シンガポール、インドネシア、フィリピン、タイなど、華人企業が有力なアジア諸国に連鎖反応的に拡大しつつある。その背景には、東南アジアの華人財閥同士を複雑につないでいる、いわゆる「バンブー・ネットワーク」が情報技術分野でも機能し始めている事実がある。

韓国
 韓国のインターネット市場は99年に突然爆発し、日本以上に、アジアのインターネット市場全体をリードするようになったとさえ考えられる。
 経済危機からの回復ではアジアでも一歩先手をとった韓国では、インターネット市場が驚異の急成長を続けている。韓国のドメインネームの管理を行っているKRNICの発表によれば、韓国のインターネットの利用者数は1994年から98年までは311万人から436万人へと微増を続けてきたのが、99年に突如爆発して、1千万人を越えたとされる。人口比で、9%から23%へのジャンプであり、このような成長パターンは、世界でもきわめて珍しい。この勢いは当面続き、2000年末には利用者数は2000万人と、10歳以上の全人口の半数に達すると予測されている。日本をはるかに上回る勢いだ。
 この大爆発の理由は、端的には「IMF」のおかげと考えられる。韓国では今回の経済危機を一般に「IMF」と呼ぶ。これまで外資への市場開放にきわめて消極的な保護政策をとってきた韓国は、深刻な経済危機とIMFによる救済を経験した結果、政府・民間ともに、米国型の自由競争市場を発展させなければならないと、認識の大転換をおこなった。その象徴が、インターネットとそれによるニュー・エコノミーの導入なのだ。
 まず、韓国型のインターネット・カフェが爆発した。スターサーフというオンライン・ゲームに人気が集まり、それを楽しむためにインターネット・カフェに若者が群がり、一年間で1万2千軒が新規開業したという。さらに、インターネットによる株の取引が、格安な手数料のせいで急成長し、全体の取引量の40%を越える人気となった。これは米国を越え、世界一という。 97年に創業された、無料メールを提供するハン・メールは会員が一年目の30万人から、98年に300万人、99年には800万人を越えたという。国内利用者の8割、人口比で2割近い高率である。ハンメールはこの成長によってメールに加えて、サーチエンジン、ショッピング、オンライン・コミュニティ(女性向ポータル)などを備えた総合ポータルサイトへと事業を発展させ、社名もダウム・コミュニケーションに改名した。
 高速サービスも日本に先行している。ADSLサービスとケーブルテレビによる高速インターネット・サービスの利用者は合計70万人に達しているという。2000年1月にはIP接続による国際・長距離の無料電話サービスも始まり、初日だけで30万人がアクセスし、既存電話会社に衝撃を与えたという。
 こうしたインターネット企業は、シリコンバレー同様に、新規公開をめざし、1999年には株式市場が日本より先行して「インターネット株ブーム」となり、コスダックへの公開を成功させた企業が相次いだ。シリコンバレーと同様に、事業開始から間もない弱小企業で、赤字が続いていても、インターネット関連事業でさえあれば株価が暴騰し、投資家が群がるといった事態が起きた。 この動きは、LGやサムスンなどの既存の財閥集団も無視できず、彼らもまた、インターネットを中軸とする新規事業への投資に積極的に参入している。とくに、電子商取引分野への関心は高く、コンビニへのATM設置でインターネット経由の取引も可能となろうとしている。主要銀行はいずれもネット専門銀行に積極的に取り組んでいる。

シンガポール
 アジア諸国では通信分野における外資規制緩和の動きが、急加速している。従来は規制中心だったシンガポールでとりわけその傾向が強く、政府がWTO合意の目標年次より早く国内通信市場への競争導入を決めていたが、最近はさらにその日程さえも繰り上げて、完全自由化への道を急ぎ、2000年1月20日、4月からの通信の自由化実施を、新設されたばかりの情報通信開発庁(IDA)が発表した。 この発表によって、2002年までシンガポール・テレコムとスターハブの二社体制が続くはずだった地上系の固定通信も、2000年中には新規参入が起きることになった。政府は両社に対しては、逸失利益を算定して補償することを明らかにした。3月末には、新規事業を申請した企業に対して免許交付が発表され、設備を保有して運用する事業者5社と、設備を所有しない事業者24者が発表された。 無線および国際ゲートウェー、さらにインターネット接続サービス(ISP)などの分野ではこれまでも積極的に自由化が進められ、ISP事業は、1999年9月に突然、外資規制の撤廃を行った。
 こうしてシンガポールは、予定より早期に完全競争を実現することになった。1999年末に発足したIDAは、その動きの先導役を務めるもので、そこには「メガ・マージャー」に代表されるグローバリゼーションが進行するなか、小国シンガポールの国際競争力をさらに底上げし、情報通信分野におけるアジア地域での主要拠点としての地位を戦略的に重視する政府全体の意思が現れている。この動きは、タイやインドネシア、マレーシアなどの近隣諸国はもちろんのこと、場合によってはインドから中国にいたるアジア全域に波及することさえ考えられる。もちろん、そのためには、単に外資が参入して市場を席捲する結果に終わるのではなく、国内企業も技術・サービスの両面でグローバル・プレイヤーとして成長すること、外資・国内企業の戦略的な提携が奏効すること、そして情報通信を利用する側の企業・産業の競争力が強化され、全体としての経済発展が加速されることなど、全体として前向きの結果が出ることが必要であろう。果たしてシンガポールのこの決定が成功するかどうか、他の国は大きな関心をもってその結果を注視するだろう。
 シンガポール企業では、シングテルが外資勢との提携を積極推進し、KDDとの相互出資・提携を実現し、ドイツ・テレコムの出資の噂もあるほか、ライコスとも提携した。ISPのパシフィック・インターネットも、インドネシア、台湾、インドなどの隣接諸国への投資を行ってきた。
 なお、通信自由化を受けて、ISP市場でも競争が激化している。99年12月、翌年4月からの電話事業への参入を予定していたスターハブが、自社の電話を利用することを条件に、インターネットの接続料金を無料にするという攻勢に出た。ウェブ利用に限り、メールには月額2Sドル(約120円)の料金をとるのだが、それでも大人気で、わずか一週間で20万人もの申し込みがあったという。シェアトップのシンガポール・テレコムによるシングネットもこれに対抗して、ほぼ同様の内容でインターネット利用料を無料にした。
実際には、利用するISPを切り替えた利用者は少ないというが、それでも市場活性化に対して、この無料キャンペーンが果たした役割は大きい。

マレーシア
 マレーシアの通信産業は、1990年代前半に携帯電話分野を中心に一応自由化したことになっており、むしろ政府が積極的な調整を行なわなかったために事業者が乱立し、過当競争の弊害が指摘されていた。そこに起きた経済危機によって、経営危機に陥る事業者が続出し、これらの自国企業救済のために、政府は1998年に外資の出資制限をそれまでの49%から62%にまで引き上げ、これを受けてBT、テレノール、MSC、テレグローブなど、欧米系通信会社の出資や業務提携が続いている。
 ISPについては、原則として設備を有する通信会社にしか認めてこなかったが、なかなか新規参入が行われず、政府系の二大ISPによる複占が事実上維持され、これに対する批判も強く存在していた。1999年末になって、ようやくBTが資本参加したマキシスと、経営危機で売却に出されているタイム・テレコムが、それぞれISP事業の開始を発表した。既存ISPであるMIMOSは、衛星通信による高速インターネット、データセンター事業などの開始を予定し、対抗しようとしている。
 1999年4月に発足した独立規制機関である「通信マルチメディア委員会」では、通信大臣の意向を受けて、「マルチメディア事業」全体の規制体系の見直し作業を行っており、参入規制の完全撤廃を行うべきかどうか、迷いながら検討している段階といえる。2000年1月のシンガポール政府による通信自由化の決定は、マレーシアの政策にも当然影響を与えることは間違いない。この決定はマレーシアの自由化を加速させるだろうというのが有力な見方だが、他方、ある程度シンガポールの試みの結果を見るまで待とうという慎重な主張が、とくに既存勢力から出される可能性も高い。両国の歴史的に特殊なライバル関係のために、単に相手の模倣をすることはかえって許されないという背景もあるからである。

ネパール
 ネパールでは、通信インフラの導入が遅かったことが逆に幸いして、長距離幹線については全国的に光ファイバとディジタル化が浸透し、国営電話会社による独占のため価格的にはまだまだ高いが、高い品質で提供されているという。
インターネットは規制がほとんど存在せず、ユーザ数こそ3万人前後と少数だが、プロバイダは10社以上存在して、競争も激しく、サービス、品質、技術力などは、経済水準を考慮するときわめて高いものがある。
 ヒマラヤを控えた観光地などでは、街頭にインターネットによるメールを使える店が軒を並べている(写真1)。もともとは欧米人観光客を対象としたビジネスだが、現地の人もインターネットさえあればグローバルにビジネス展開ができることに気がつきつつあり、情報技術産業を興そうという動きも始まりつつある。そうした動きの一例として、たとえば、日本企業が現地企業と合弁で、日本の航空写真をネパールに送り、カトマンズで地図データとしてディジタル化し、インターネットで日本に送るというビジネスが始まっている(写真2)。
写真1:ネパールの観光地、ポカラで軒を並べるインターネット・ショップ
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写真2:ジオスパシアル社(カトマンズ)
地図のディジタルデータ化を行っている
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