ネット社会は誰が管理する


中央公論 2000年7月号掲載論文

会 津 泉
(アジアネットワーク研究所代表)
www.anr.org
izumi@anr.org


インターネットはいま、国際社会に対して新たな統治方法を求めている
それは強靭で柔軟な、グローバルに広がる超分散システムへの進化だ


爆発するインターネット
 インターネットの地球規模での爆発的普及はますます加速している。先行したアメリカを追って、経済が回復基調にむかったアジアも、猛烈な勢いで利用者が増えている。なかでも韓国は利用者が昨年末で一千万人を越え、今年中には二千万人と、人口の半数に迫る勢いだ。日本は現在約二千万人、人口比で17%と、韓国に追い越されたばかりか、香港、台湾、シンガポールなどの「タイガー」諸国にも後塵を拝している。
 中南米、アフリカと、世界中でインターネットの普及は加速し、名実ともにグローバルなコミュニケーションの社会基盤(インフラストラクチャー)に近づいてきた。インターネットが主導する「IT(情報技術)革命」と、それによる「eエコノミー」が21世紀経済の本流になるとの認識が深まり、従来は懐疑的だった経済学者の間でも、最近はすっかりITブームを煽るような発言が増えてきた。
 間近に近づいた沖縄サミットでも、「IT革命」が主テーマとなり、先進国の指導者たちが、インターネットがつくりだす新しい貧富の差、「デジタルデバイド」問題を議論するという。これは、インターネットが国際経済、国際政治に新しいリアリティを突きつけているからにほからないが、それでは我々の指導者たちは、どのような視点、方法論でこの問題を取り上げ、議論すべきだろうか。新しいリアリティには、新しい智が求められるのだが、それはどこにあるのか。
 インターネットがグローバルに普及するにつれて、これまで考えられなかった新しい問題が多発している。各国の指導者は、まずインターネットの実態、技術的な仕組みと制度・運用上の原理をただしく理解することが重要であり、その上で、問題解決に取り組んでいくべきだ。言い換えれば、インターネットは国際社会に対して、新しい統治方法、いわゆる「ガバナンス」にかかわる、新しい共通理解・共通原理に基づいた体制の構築を求めているのだ。ここでは、そのインターネットをめぐるガバナンスについての実践とそこからとくに日本が学ぶべきことについて明らかにしてみたい。

グローバルな問題の多発
 インターネットが引き起こす問題の大半は、瞬時に国境を越え、文字通りグローバルな問題となるところに大きな特徴がある。最近起きたフィリピン発の「ラブ・ウィルス」が世界中に猛威をふるい、大きな被害を出した事件はまさにその典型例だ。今年の初めにも日本の政府機関の情報発信サーバーが、中国からとみられる攻撃を受け、次々にデータが改竄された事件がある。こうした「サイバーアタック」は今後ますます深刻な問題となる。
 ネット上の取引には、いまは税金がかからない。課税しようとしても、国境を越えた瞬時の取引を捕捉するのは容易ではない。新しいタックスヘイブンが生まれだろう。ネット上を流れる情報内容にも、問題は絶えない。ハードコア・ポルノの配布は日本を含むアジアの大半の国で違法だが、禁止している国ほどインターネット経由での入手が盛んだ。
 ネットで流通する有料児童ポルノの80%が日本発だと国際的に非難されている。この指摘は根拠薄弱で偏見に満ちているのだが、先進国では日本にだけ児童ポルノ禁止法がなかったのは事実で、昨年ようやく超党派で禁止法が成立し、警察の取締りも開始された。しかし、実際には国際的な協力体制が不可欠で、ここでも一瞬にして国境を越えるインターネットが、問題を複雑にしている。

普遍的な解決のための知恵が必要
 これらはいずれも、インターネットが国家主権の壁を容易に通り抜け、グローバルに共通の場を創り出すことによって発生する問題で、従来の、国家主権の存在とその実効支配を前提としてきた既存社会の方法論の有効性に大きな疑問を投げかけるものばかりだ。個々の問題は国際機関や各国政府、業界団体などで取り組まれ、それなりの解決法も提案されているが、まだとても十分とはいえない。
 私自身、インターネットの「住所」といえるドメインネームなどの国際調整機関の設立にふかくかかわってきた。コンテンツ規制問題でも、アジアの業界の立場を代弁する必要に迫られている。こうした問題にかかわればかかわるほど、疑問が深まるのだ。各国の関係者とも、「木をみて森を見ない」傾向が強すぎるのだ。個々の問題に追われるあまり、個々の問題を超えて共通に存在する、より広い普遍的な原理の探求、認識、深い洞察・知恵が不足していると思えてならない。
 本来ならまさにグローバルに、全体を見渡して最善の解決を模索すべきなのが、現実には国や特定の業界など、自分たちの属する利益団体の局所的な利益を主張することに終始しがちだ。結果として、全体の最適解ではなく、「多数」や「力」の強いものが勝つ構造は、これまでの社会と変わらない。口では「グローバル」と言いつつも、現実にはアメリカ流の方法が押し付けられることも多い。
 インターネットのグローバルな普及を受け、まさにグローバルに通用する普遍原理を模索し、確立するための知的な探求と実践こそが求められている。日本の政治家もそうした取組みを自ら積極的に推進してはじめて、サミットで各国に対して問題提起ができ、ともに議論できるはずだ。しかし、これまでの実態を見る限りでは、残念ながら事務方の作文や振付け以上のものはまず期待できない。

だれがインターネットを管理しているのか
 インターネットはだれが管理しているのだろうか。正解は二つある。「だれも管理していない」、または「みんなで管理している」。どちらも正しい。だれも管理していないから、自由に発展してきた。みんなで管理しているから、世界中に電子メールが簡単に届き、グローバルなコミュニケーションが成り立ってきた。それもきわめて安価に。
 しかし、いったんトラブルが発生したときにだれがどう責任をとるのか。電子メールでいえば、送信側か、受信側か、途中を仲立ちする無数のネットワークのどこかなのか。電子商取引で送金したはずのお金が届かなかったら、どうか。自分を誹謗中傷する文書がネット上で配布されたらどうするか。自分の会社の商号を勝手に使われたらどうか。すでにこうした問題は頻発しており、今後激増することは不可避である。
 道路の交通事故が簡単にはなくせないのと同様に、情報ハイウェーも、事故そのものの発生は簡単には防げない。しかし、交通事故なら、長い間の経験から、事故処理、裁判、保険などの社会的な体制が一応はできているが、ようやく生まれたばかりのネット社会では、まだまだそうした体制はできていない。
 しかも、インターネットはグローバルなメディアで、トラブルは国境を越えて発生し、国家主権の枠では容易に解決できない。個人がごく簡単にインターネットにアクセスでき、問題を起こすのも簡単だ。見方によってはこんなに危険な道具はない。核兵器に匹敵する恐ろしい可能性をもった道具をごく普通の人間が入手したといっても、けして過言ではない。フィリピンの学生たちが世界を震撼させたのは現実の話なのだ。
 では、なぜそれが可能になってしまうのか、どうすればよいのか。そのためには、まずインターネットが現実に動いている仕組み、運用原理を正しく知ること重要だ。

インターネットの運用原理―「自律・分散・協調」
 インターネット上では、世界中の何千万ものコンピューター同士がつながり、お互い自由にコミュニケーションできる。あらためて言うまでもないが、考えてみれば大変なことなのだ。
 普通なら、世界中のネットワークを技術的に管理する仕組み、制度が確立されていると思われるだろう。ところが、実際には必ずしもそうではない。インターネット上には開発途中の技術、実験状態のものが多数存在する。制度的にも、たしかな取り決め、契約関係がまったくない状態も珍しくない。けっこう「いい加減」なのだ。それでもインターネットは稼動し、電子メールは届く。世界中に。だからこそ急速に普及したのだし、だからこそ有害なウィルスも簡単にばら撒かれてしまうのである。
 この背景には、インターネットが「自律・分散・協調」の三原理で成り立っている事実がある。電話など旧型の通信ネットワークは、中央で厳密に管理する「中央集権」・「集中管理」思想に貫かれているが、インターネットは、基本原理が大きく異なっている。言い換えれば、自己統治=セルフ・ガバナンスが基本である。ここをまず理解することが重要だ。
 インターネットでは、ネットワークそのものはあくまで「脇役」に過ぎない。主体は、「末端」にあるコンピューター、すなわち「端末」であり、その端末を利用する利用者である。いわゆる末端から末端まで、技術用語でいう「エンド・ツー・エンド」で自由にコミュニケーションでき、介在するネットワークはその邪魔をしないことが重視されてきた。これが「ネイティブ・インターネット」、すなわち、あらゆる要素を削ぎ落とした後に残るインターネットの本質だと、世界的なインターネットのパイオニアの一人、慶応大学の村井純氏は強調する。
 「自律」、すなわち自分のネットワークは自分で責任をもって管理・運用することが基本で、だれか他人が管理してくれるわけではない。自分でパソコンが使え、モデムで回線に接続できなければ電子メールは使えない。企業なら、社内ネットワークを自前で管理できなければ、インターネットには接続できない。電話会社に全部おまかせ、というわけにはいかないのだ。
 「分散」とは、そもそもインターネットはソ連の核戦争に耐えられる通信ネットワークの研究から始まったもので、「中央」に管理機能を与えると、そこを破壊されたら全機能が停止すると考え、すべての機能を極力分散させる仕組みでネットワークの構造がつくられる。どこにも「中央」は存在しない。
 「協調」、つまり分散された拠点同士が相互に接続されて機能するためには、お互いに共通のルールに基づいてネットワークを運用しなければならない。電子メールのアドレス体系も、ホームページによる情報の伝達・表現方法も、すべて共通のルール(プロトコル)をみんなが尊重、受け入れることで成り立っている。それも「強制」ではなく、自発的、ボトムアップでの「合意」が基本だ。あるルールが気にいらなければ、別のルール、方法を使ってかまわない。ただし、それを認める相手が多数いなければ、孤立し、実用にならない。いわゆる「デファクト・スタンダード」の考えである。
 こうしてインターネットは、自律・分散したネットワーク同士が相互に協調することで成り立っている、「ネットワークのネットワーク」である。構成員すべての協調があってはじめて円滑な運用が成り立つシステムなのだ。この三原理があったからこそ、グローバルに年平均数百%という猛烈な成長を遂げることができた。
 「自律・分散・協調」の三原理は、技術的には「パケット・ネットワーク」方式の通信を土台に実現されたが、運用管理上の制度面でも同様の原理が徹底されてきた。つまり、全世界のインターネットをきちんと統一的に管理する単一組織はどこにも存在していない。それが現実だ。それでも「自律・分散・協調」を尊重し、互いに責任を分担しかつ協力しあうことで、全世界の利用者が自由にコミュニケーションし、好きなことが実現できるフレキシブルな仕組みが実現されてきた。

問われる三原理による運用体制
 しかし、インターネットがここまでグローバルに普及した結果、この「自律・分散・協調」の三原理を基本とする体制が、はたしてこのままいいのか、根本が問われる事態が出現しつつある。インターネットの利用者は、現在世界で三億人ほどと推定できる。地球の全人口の約5%だ。これが10%に届くのもあと数年だろう。これまでのインターネットを支えてきた関係者が従ってきた、構成員の自覚・責任と、そして自発性、善意をより所とする自己統治型のシステムが果たしていつまで通用するか。では別の新しい原理と仕組みが必要かつ有効なのか。まさに「ガバナンス」の内実が問われているのだ。

Y2Kとその教訓
 いま世界中のインターネットの関係者は、こうした問題意識をもって、各分野で具体的な課題に取り組み、新しい体制とそれを支える原理を模索している。しかし、まだまだ認識不足も多い。次に述べる、コンピューター二〇〇〇年問題、いわゆるY2Kをめぐる取り組みもその一例である。
 Y2K問題は、結果的には大過なく過ぎたが、少なくともインターネットについては、ネットワークのグローバルな運用体制、責任の所在をどう考えるべきかなど、そこから汲むべき重要な教訓を残したといえる。
 一九九九年七月、米国ワシントンで、「ホワイトハウス・インターネットY2Kラウンドテーブル」という会議が開かれた。ホワイトハウスのY2K評議会が主催したこの会合は、アメリカの関係者だけを集めた非公開会議だった。その結果、技術上の対策を推進すること、万一障害が発生したときのために危機管理計画の策定が必要だとの合意がなされた。ただし、筆者はアジア太平洋インターネット協会(APIA)の代表として、アメリカ以外から招かれて参加した二名の一人だった。
 そもそもアメリカ政府は、「インターネットは規制しない」という大方針をもっている。クリントン政権は、民間の創意工夫によって自由に発展してきたインターネットは、政府の規制をしないことが大事だと考えてきた。皮肉なことに、Y2K問題に関しては、この政策が裏目に出た。電力や金融など、社会的に重要なインフラ分野はすべて政府と産業界と協力してY2K対策を推進・確認してきたが、インターネットの取組みは遅れ、この日の会議までは公には対象とされていなかった。

グローバルな連絡体制がない

 自立・分散を原理とするインターネットだが、世界中の住所・番地の管理については例外的に統一的な仕組みがある。階層的に分かれたシステムの最上位、ドメインネーム・システム(DNS)でもっとも広く使われている「ドット・コム」は、米国政府の委託を受けたNSI社のマシンが「ルートのドット」といって、原点となるデータベースを運用している。そのデータベースのY2K対策が遅れていた。
 その下に、全世界で十ニ台の「ルートサーバー」が配備され、さらにその下に、各国・地域別のサーバーが世界二四十ヵ所以上に置かれている。これらのサーバーが万一正常に稼動しないと、その国への通信、その国からの通信が混乱するおそれがあった。ところが世界二四十ヵ所のサーバーの管理組織は国や地域によってまちまちで、統一した連絡体制はほとんどない。「自律・分散」はできていたが、「協調」は未整備だったのだ。
 インターネットが正常に動くためには、DNSだけでなく、ネットワークの機能を支えるすべての機器、サーバーやルーターなどのハードウェアから、電子メールやウェブなど情報の受配信のためのソフトウェアなど、多層なレイヤーにわたって、膨大な数のソフトが順調に機能することが必要である。
 「自律・分散」の原理は巧妙にできており、一般にはたとえある部分の機能がダウンしても、ネットワークを介した他の部分は大きなトラブルにならないようにできている。ある程度のエラーが起きることは見越した設計になっているのだ。この柔軟性が、世界中に「いい加減に」広がっているインターネットの機能を支える秘密でもある。
 しかし、現在のインターネットはきわめて複雑な構成となり、Y2Kに際しても、あらゆる機能がうまく稼動するかどうか、専門家でもほとんど予測がつかないというのが正直なところだった。一カ所で起きたトラブルがネットワーク全体に拡大する可能性を全否定することは難しかった。
 Y2K問題全般については、結果だけみれば、懸念されていた大きな混乱は何もなく、「いったい何だったんだ」という気持ちも理解できる。しかし、インターネットでは、実際にネットワークの運用を担当していた現場の正直な声を拾うと、「いくら修正作業をしてもきりがない」、「正確な予測は不可能だ」という声が強かったのは事実だ。
 それでも、欧米の関係者、エンジニア中心のインターネット・コミュニティの人々やビジネス・コミュニティの人々は、Y2K問題についてはなぜか動きが非常に鈍かった。グローバルなインフラを運用しているという認識に欠けていたと言わざるをえない。

日本でのインターネットY2K問題への取り組み
 この点、日本では、インターネット・コミュニティの人々とビジネス・コミュニティの人々とが協調して、Y2K対策に積極的に取り組んだという意味で、世界でも数少ない事例だった。それでも一般の産業界に比べれば早かったわけではない。本格的な取り組みの機運が生まれたのは、九九年も四月以降のことで、もう間に合わないと懸念されていた。
 日本の業界団体、日本インターネット協会は、4月末に「Y2K問題緊急シンポジウム」を開催し、関係者に注意を喚起した。その後、八月になってようやくタスクフォースが組織された。
 当初「機器を実験して障害の確認をすべきだ」と提案したところ、技術者たちは、「インターネットの機器構成はきわめて複雑で、あらゆる組み合わせを試すのは不可能で意味がない」と反論され、いったんデッドロックに乗り上げた。結局、机上シミュレーションなら可能だとなり、企業、大学の現場で活躍する若手エンジニアが中心となって、一泊の「合宿徹底討論」を行ない、結果を論文にまとめ、英語にも翻訳して、ネット上で世界に流した。
 このシミュレーションがその後の対策活動の重要な基礎となった。万一起こるかもしれない事態を、範囲を特定して予測し、対処法が検討されていった。たとえば障害が発生したときには、どこまで情報を公開・共有すべきかが検討された。インターネットは「相互接続」が基本だから、競争している事業者同士でも、安定した運用を確保するために必要な技術情報の公開・共有は必要となる。しかし、自社に不都合な情報は積極的に公開したくないというのも、市場競争を考えれば自然の理である。これらは簡単なようだが、なかなか面倒な問題である。結局、障害情報の固有名詞と技術的内容を分離するルールを考えて、問題は決着した。

Y2K緊急対応センター
 最終的には、ある程度の障害の発生は避けられないと前提して、十二月三一日から一月二日にかけて、日本のインターネットの相互接続施設が集中している東京大手町に「インターネットY2K緊急対応センター(Y2KCC/JP)」を設置し、その運用には、情報共有ルールに同意した約百団体・組織が自発的に参加した。
 主にエンジニアからなる八〇名のボランティアが、国内はもとより、最初に日付が変わるニュージーランドから、オーストラリア、アジア諸国、ヨーロッパ、アメリカまで、世界中のインターネットの主な拠点の運用状態の監視と、障害の有無についての相互連絡体制を設け、万一に備えたのだった。
 これはあくまで民間ベースの自発的な活動であり、日本政府・首相官邸のY2K対策チームとは公式の連絡体制はなにもなかった。政府側から何の働きかけもなかったが、非公式な連絡チャネルは用意した。米国政府の方が積極的で、ホワイトハウスのラウンドテーブルに参加した経緯もあって、最後まで連絡をとりあった。米国のインターネットの主要事業者による三六時間連続の電話会議にも参加し、電子メールなどでの連絡体制も動かした。
 結果的には何の障害もなく無事に新年を迎えたわけだが、その裏には、関係者による取り組みがあったのだ。

Y2Kを教訓に、グローバルな危機管理・連絡体制が必要だ
 Y2Kからどういう教訓が汲み取れるだろうか。まずいえるのは、Y2Kに限らず、現在のインターネットは運用状態を常時監視し、万一重大な障害が起きたときに連絡が取れるグローバルな体制が確立されていないことが判明したことだ。危機管理体制がないのだ。
 日本ではY2K緊急対応センターを設置したが、あくまでY2Kに限定した臨時のもので、常時そういう体制があるわけではない。これまでとくに支障がなかったからといって、今後もこの状態が続いてよいとは思えない。
 昨年九月の台湾大地震の際、マレーシアやシンガポールでは、地震発生直後ではなく、数時間後にインターネットが長時間ダウンした。マレーシアに在住していた私は、たまたまY2Kのセミナーを開催するために、翌日台北に向かう予定だった。しかし、台湾に飛べるのか、セミナーは開催できるのか、延期すべきなのか、必要な情報が集まらずに困った。
 午後になって情報が入りだしたと思ったら、マレーシアと海外を結ぶ接続がダウンした。東京のKDDに問い合わせたところ、台湾沖で海底ケーブルが故障したという。数時間後にグアムで経路を変更して復旧したが、この障害についての正確な情報は最後まで公開されなかった。核戦争にも耐えるはずのインターネットが、地震でたとえ数時間でもダウンしたのはなぜだったのか。
 こうした状態で、eビジネスやIT革命を進展すべきだろうか。経済の相当部分がインターネットに依存しているのに、当のインターネットの運用体制は、危機管理ができていないのでは困る。重大事故が起きてはじめて対策の必要性を提唱し、連絡体制をつくるのではなく、いまからシミュレーションを行ない、シナリオを立て、必要な体制をつくることは、事業者としては当然の責務だろう。予知可能な問題に対して対策を尽くさなければ、怠慢として法的責任を問われるのは、環境問題や薬害問題で実証されている。Y2Kで問題が起きなかったからといって安心するのではなく、そこで垣間見えた問題点を掘り下げ、万全の対策を実施すべきなのだ。
 そう考えて、日本のインターネットY2Kタスクフォースは、Y2K問題の教訓を報告書にまとめ、グローバルに恒常的な運用監視・連絡体制を最小限のコストでつくる提案をしようとしている。最近のネットへの攻撃、セキュリティの分野でも同様の検討が始まっている。Y2K問題は、インターネットの責任体制の問題、まさに自己統治=ガバナンスにかかわる具体的な実践だったといえる。

ドメインネームもグローバルなガバナンス問題だ
 同様に、インターネット上の名前やアドレス、ドメインネームをめぐる問題でも、グローバルなガバナンスの体系が問われている。
 もし自分や自分の所属する組織に名前がなかったら? 自宅やオフィスに住所がなかったら? 「名前」や「住所」は呼び名に過ぎないが、たとえ<実体>が存在していても、それを互いに呼び表し、指し示す共通システムがなければ、社会は機能しない。
 ネット社会も同様だ。電子メールやホームページのアドレスがなければ、インターネットでのコミュニケーションはまったく成り立たない。インターネットでは、グローバルに共通するアドレス体系が運用されているからこそ、たとえ地球の裏側のブラジルでも、世界中どこにでも簡単にメールが届き、ホームページで情報入手できるのだ。しかし、このシステムをだれがどう管理するかが、いま熱い問題となっている。
 インターネット上の名前と住所(アドレス)は「ドメインネーム・システム(DNS)」で表される。このドメインネームは、「IPアドレス」という、数字による「番地」と一対のセットになっている。インターネット上のすべてのコンピューターには、独自のIPアドレスが割当てられる仕組みになっている。
 同じドメインネームやアドレスが重複して存在することはありえない。インターネット上の名前やアドレスは、それぞれ世界に一つしかないユニークな存在であるからこそ、うまく機能している。

ドメインネームの経済価値
 インターネットの名前やアドレスがまさにユニークな存在であるがために、熱い争いが始まっている。ネット社会=サイバースペースの「領土争い」といってもよい。この領土争いは、植民地時代とは違って流血の事態には至っていないが、背後に存在する権益=経済価値には莫大なものがあり、争いの根は深い。
 いまや「.com」は、インターネット・ビジネスの代名詞となった。社名に「ドットコム」を付けただけで株価が上がるといわれる。事実、覚えやすい名前、有名企業の名前を先に取得して後から高く売りつける、「サイバースクワッティング」という商売もある。うまくいけば、ひとつの名前が数億円で売れるほどだ。
 こうして、インターネット上での便宜的な呼び名だったはずのドメインネームが、大きな経済価値をもつようになった。その理由はいくつか考えられる。サイバースペースとは、コンピューターの画面の向こう側に広がる膨大な世界だが、その「入り口」は一枚の小さな画面に限られる。物理的には、巨大なビルも賑やかな駅前商店街も存在しない。大きな看板もない。この、入り口が限定された空間だということが、第一の理由だ。
 そのなかでより大勢の人に自分のホームページまで来てもらうために工夫するのは当然だ。たとえばネット上のワイン専門店「バーチャル・ビネヤード・ドットコム」が、「ワイン・ドットコム」に改名された。以前のドメインネームの所有者に相当高額を払ったに違いないが、それでもペイするのだ。覚えやすいシンプルな名前は、強力な武器となる。これが第二の理由だ。
 しかし、全世界共通で使える企業用のドメインは、いまは「.com」しかない。インターネットでの覚えやすい名前は、世界でたった一つしか存在できないことになる。これがドメインネームの価値の上昇に拍車をかける第三の理由である。
 「.com」は、当初はアメリカの企業を表す記号のはずだった。その他の国の企業は、末尾に「jp」や「uk」など、国名を表す記号を付けていた。ところが、アメリカ以外の企業も「.com」を取れ、面倒な国別記号なしで世界中に通用することになった。こうして「.com」はグローバルな価値をもつドメインとして、人気が集中するようになった。その割当・管理作業も、従来はアメリカのNSI社が一社で独占し、大きな収益をあげていた。

「パンドラの箱」が開いてしまった
 このうえなく便利なこのシステムだが、一つしかないはずの同じ名前がぶつかると、たちまち紛争になる。事実、「mcdonald.com」を取得したマクドナルド氏が同名のハンバーガー会社から訴えられた。同名でなくても、類似しているだけで紛争になる。たとえば、etoy.comの持主が後発のetoys.com社から商標侵害で訴えられた。先着順のはずだったのが、ことはそう単純ではなくなった。一つのドメインネームがもつ経済価値が、あまりにも大きくなったからだ。
 こうしたドメインネームやそれに対応するIPアドレスの体系は、だれがどう制定し、管理運用すべきなのか。NSI社はなぜ独占が許されるのか。その法的根拠は。いつ誰がどうやってそれを認めたのか、等々、制度を支える「正統性」が問われるようになった。
 しかし、DNSやIPアドレスがグローバルにユニークに使えるためには、どこかで統一システムを制定し、そのデータベースを実際に管理・運用することが不可欠だ。だれがどう担うのかをめぐって国際的な論争、取り組みが続いてきた。
 これまで世界中のインターネットのアドレス体系は、アメリカの大学の一研究機関と一民間企業によって管理されてきた。インターネットがアメリカで発生し、発達してきた歴史的経緯が、そうした体制を自然に生んできたし、インターネットがグローバルに普及するまでは、だれも疑問に思わず、文句もつけなかった。
 しかし、ここ数年、思わぬ商業価値をもつようになったドメインネームの管理運用の仕組みについて、世界中を巻き込む議論が始まってしまった。「パンドラの箱」が開いてしまったのだ。
 一九九六年から九七年にかけて、インターネット協会など、インターネット・コミュニティを中心に、ドメインネームについて国際的に新しい管理体制を担う新組織ができようとしていた。ITU(国際電気通信連合)やEU政府もこれを支持していた。ところが、新システムがまさに稼動する直前になってアメリカ政府が待ったをかけたのだ。アメリカ抜き=ヨーロッパ主導との危機感からだった。アメリカ国内でも、新体制を批判する人々がホワイトハウスや議会に強力な圧力をかけていた。
 アメリカ政府は、インターネットの発展を支えるために、ドメインネームの管理を行なう大学の研究機関やNSI社との間に法的契約を結び、「研究資金」を出していた。この法的契約関係を変更するためには政府の同意が必要だった。その限りでは、アメリカ政府の介入は正当なものだった。しかし、アメリカ主導の管理体制の押し付けには、世界中の関係者から強い批判と反発が寄せられたのも事実だった。
 九七年七月、クリントン=ゴア政権は、「電子商取引の推進」を重要な経済政策の一つとし、「インターネットでの商取引には課税しない」という政策を他国にも呼びかけた。「情報スーパーハイウェイ」政策の一環だった。ドメインネーム問題も、こうした政策課題の一部に位置付けられ、商務省が担当して検討が進められていった。もとは純粋な技術的問題だったはずの問題が、いつのまにか政治課題に変質したともいえる

「ICANN」の誕生
 九八年六月、国内はもとより世界中の関係者からの意見聴取を重ねたアメリカ政府は、「ドメインネームやIPアドレスの管理を担当する、公平で、オープンでグローバルな非営利組織は民間主導でつくるべきだ。その体制ができればアメリカ政府は手を引く(それまでは手を引かない)」との結論を公表し、新組織形成の準備作業をいったん民間の手に委ねた。政府や国際機関ではインターネットのもつダイナミズムを殺すおそれがあるという考えが背景にあった。前例のない、新しいガバニング統治・ボディ組織の提案といえる。
 このグローバルにオープンな非営利組織をゼロからつくるのに与えられた期間は、米国政府の契約が切れる九月末までの三カ月。ただちに民間の手で新しい体制を作りだす準備作業が始まった。ワシントン、ジュネーブ、シンガポール、ブエノスアイレスと、世界を回って会議が続いた。物理的な会議と合間には、電話会議が毎週、場合によっては毎日続いた。
 最大の争点は、新組織の性格をめぐるものだった。インターネット・コミュニティ側は、あくまで技術分野に限定し、技術の専門家、特定の組織に限定された構成にすべきだと主張した。これに対してビジネス・コミュニティと熱心な利用者、いわゆるネティズンたちは、一般企業・利用者も含め、だれでも参加できる開かれた組織にすべきだと主張し、互いに譲らなかった。背後では「.com」の登録を独占し、利益をあげていたNSI社が、決着を長引かせるべく工作していた。
 九八年十月、インターネット・コミュニティの中心人物の一人で、それまで二十年間にわたってドメインネームの管理を担当してきた南カリフォルニア大学のジョン・ポステル氏が初期役員を指名する形で、ICANN(Internet Corporation for Assigned Names and Numbers)という国際非営利団体が立ち上がった。しかし、ポステル氏自身は、ICANN誕生のまさに渦中に、心臓病で突然世を去ってしまったのだ。ドメインネーム・システムに生命を捧げたといってもよい。その直後、当初ICANNの役員はだれがどういう経緯・基準で選んだのかが問われた。背後で米国政府や欧州政府の思惑などが絡んでいたのは事実だった。しかし、ポステル氏がすべて一人で選んだことにされて透明性が失われ、議論は昏迷を深めていった。

公平で開かれた組織に
 アメリカ政府は、不透明な経緯で役員を選出して発足したICANNに対し、「一般会員」組織を取り入れ、開かれた組織にするという条件付きで、その存在を承認した。九八年末から、このICANNを法律的に根拠ある組織にするための取り組みが続いてきた。グローバルに公平にと、ボストン、シンガポール、ベルリン、サンチアゴ、カイロと世界各地を巡回して会議を開くのだから、参加するための費用と労力は相当のものになる。
 私自身は、ICANNを「一般会員」による開かれた組織にするための委員会にボランティアで参加した。タイ、ガーナ、フランス、ブラジルなどの委員とともに、毎週のように電話会議に参加し、米国に出張して合宿を行ない、原案をまとめ、ようやく九八年五月のベルリン会議で役員会に提出し、承認を得た。
 そのなかで、アジア、途上国からの利益を主張することに力を入れてきた。世界中の利益が公平に代表されるために、途上国からの参加をしやすくしようと、会費を(少なくとも当初は)無料にすることを提案した。最初は反発も強かったが、インドネシアなど経済水準の低い国では、インターネットの運用者でに月給が米ドル換算で百ドルか二百ドルであり、そこに二十ドルの会費は大きな負担になる、総予算額を考えれば会費はゼロでも成り立つはずだと主張し、なんとか合意を得ることができた。
 こうした議論のプロセスで、欧米の人々の「偏見」を感じたことは再三ある。「善意の無関心」、「無知の傲慢」ともいえる。インターネット・コミュニティの、とくにアメリカ人には、口で「グローバルに」と言う割には、実際の広い世界の異なる価値観、文化に属する人々とその社会への理解が浅いと思えてならない人が多い。ものごとをひどく単純化し、結局はアメリカ型の価値観、システムの優位性にこだわる。これは世界中のほとんどの民族・人種が住むアメリカ社会の現実を反映した発想でもあるのだが。
 その点、植民地支配の歴史と伝統をもつヨーロッパの人々は賢い。少なくとも表面的には異なる価値観、システムの存在を認める。しかし、究極的に対等のものとして受け入れるかというと、そうではない。自らのシステムの優位性を譲りはしないが、ときにアメリカと妥協し、合意を先行させようとすることはある。
 では、日本を含むアジアの人々、あるいは途上国側の人々が、欧米の価値観や社会システムを理解した上で、彼らも納得し、グローバルに合意可能な解決案を提示できるかというと、それも難しい。やはり狭い意味での自らの利害、価値観にとらわれがちだ。経済的ハンディもあって、自分たちの主張をきちんと整理・提示するとか、相手の主張にコメントを加え、建設的な議論をすることは苦手である。とくに日本や韓国など非英語圏の人々は言語的なハンディを抱え、かつそれを言い訳としがちで、国際的な合意形成のための努力が十分とは言いがたい。
 たとえば、現在のインターネットの利用者数は、人口比では北米が圧倒的に多く、四〇%に達しつつある。一方、アジアでは人口比では1%程度でしかない。中国とインドという人口大国のインターネットの普及が遅いから当然なのだが。しかし、ICANNの意思決定の枠組み、つまり投票数や役員の比率を決めるときに、現在の利用者数を重視すれば圧倒的に北米・ヨーロッパ偏重となる。反対に世界の人口比に基づけば、北米は実態より不利だと感じてしまう。簡単なようで、難しい問題なのだ。

日本への期待と責任
 Y2Kとドメインネームという、表面上はまったく異なる二つの問題を通して共通に浮かび上がってくる課題がいくつかある。
 一つは、日本のかかわりの問題だ。インターネットのガバナンス問題全般について、日本の関与はまだまだ弱い。コンテンツ問題やその他のテーマでも、日本の政府や企業の代表が堂々と意見を主張し、アジア諸国とも意見を交わして共同で案をまとめるといった作業はあまり見られない。ICANNに象徴されるインターネット流のガバナンスとは、合理的な合意形成のプロセスであり、ただ個別の利害を主張するだけでは認知されないのだ。
 関係者の努力はあるが、日本の経済力やインターネットの普及度、今後のポテンシャルまで考慮すると、取り組みの量も質も全然足りない。通産省や郵政省も参加するが、官僚は、舞台裏はともかく、オープンな議論に参加することは苦手のようだ。人事交替もネックで、責任ある関与にならない。
 インターネットがうまく機能するためのシステムづくりに、応分の貢献を果たすのは当然の責務だ。しかし、日本のインターネット関連のビジネスをになう企業も、負担はしないで成果だけ頂こうとの姿勢が強い。ドットコムブームで、利益の追求には熱心だが、そのために必要なはずの費用を出し惜しみするのはいただけない。この点は大手もベンチャーも大差ない。これでは防衛問題でよく指摘されてきた「タダ乗り論」と同じ批判を受ける可能性が高い。湾岸戦争の教訓は、何だったのか。グローバルな社会の形成を考えると、本当にそれでよいのか、疑問になる。
 インターネットのグローバルな発展にとって、日本が果たすべき「責任」は小さくない。とくにアジアの一員としての日本に対して、アジアのインターネット・コミュニティからは多くを期待されている。彼らからみれば、経済的にも人的にも、日本なら余裕があると思われている。日本もこうした期待にこたえ、アジア発で地球全体の合意形成に貢献することが、大きな意味での国益につながる、戦略的に意味のあることだ。けっして自己犠牲、社会奉仕ではなく、長期的な視点での自分の利益のために必要なのである。

不足する人材の育成が急務
 残念なことに、実際問題として、今の日本には、なにより人材がいない。インターネットのガバナンス問題に自分で積極的に関心をもち、国際的にも認知される人となると、せいぜい片手いるかいないかである。そうした人たちを積極的に支えるための企業・組織の戦略的な動きも、皆無に近い。
 最近よく「グローバル・スタンダード」が強調されるが、インターネットの世界でのグローバル・スタンダードとは、未だ確立されてはなく、不断の議論を通した合意によって成立する、まさに発展途上のものである。結果と同程度にプロセスが重視される。多くの人々に存在感を認められ、信頼を獲得するためには、その制定プロセスにどこまで深く関与し、発言を貫き、かつ合意形成への努力をしたかが問われる。いったんルールができあがってから「選挙運動」をしても遅いのであって、ルールづくりそのものへの貢献が、結果を大きく左右するともいえる。
 今後の経済活動のうちの相当部分がサイバースペース上で展開されるようになるとすれば、その新しい経済活動の基本部分を決めるルールづくりに参画・貢献をすることが重要なことはいうまでもない。しかし、経済力・国力との相対関係でみて、日本からの関わりがあまりにも少ないのは懸念すべきことではないだろうか。
 同様に、最近、途上国の経済発展と情報化の関連をテーマとする国際会議、ワークショップなどが繰り返し開催されているが、ここでも日本の専門家の参加は皆無に近い。残念ながら、こうした活動を支えるだけの人的プールに乏しい。そこで、このような人材育成のためのシステム・仕掛けを至急確立することが、日本にとっては緊急に必要だと提案したい。

サイバースペースの領地争い、新ルールをめぐる「智のゲーム」
 こうしてインターネットの世界における「責任」のあり方が問われている。インターネットは多数のネットワーク同士のオープンな相互接続を基本構造として成立している。「ネットワークのネットワーク」だ。このオープンな構造は、柔軟な進化発展を可能にした反面、従来の概念で律することが難しく、とくに法的責任の所在は、きわめてとらえどころがない。ここでいう「責任」には、「responsibility」と「accountability」の両者が含まれる。
 ドメインネーム問題では、異なる主体同士がそれぞれの概念での法的組織論を展開し、その組織の運用にまつわるルールづくりについて、グローバルに、より多数の支持を取り付けようという競争が続いている。サイバースペースにおける最初の本格的な「智のゲーム」の展開といえる。
 そこでは、国家や企業、国際機関といった既存の主体が主張するルールや組織論は影が薄く、ネットワーク上を主たる論理構成の場とすることに親しんでいる新しい主体、まさにネティズン同士の主張の競争が主流となり、「ボトムアップ」や「オープン」といったキーワードがしばしば使われる。
 インターネットの初期のパイオニアとしてのエンジニアの世界からも、新しい原理は提案されてきた。たとえば、インターネット・コミュニティの中核で、技術の標準化の母体となっている、IETF(Internet Engineering Task Force)というグループがあるが、そのあり方はきわめてユニークだ。彼らは構成員の形式上の資格を問題としない。同一組織から何人参加しようが、企業を代表しようがしまいが、一切問題としない。ただし、一年中電子メールを通して交わされる膨大なメッセージをきちんと読み、技術的な内容を咀嚼し、批判し、改良の提案をするといった、実質的な貢献は必須である。  そのIETFの有名なモットーが「われわれは王様も大統領も投票も拒絶する。われわれが信ずるのは、動いているコードとラフ・コンセンサスだけだ」(デビッド・クラークMIT教授)である。ここには、インターネットのもつプラグマチズム一つの本質が示されている。つまり、大事なのは政治的なパワーゲームではなく、実質的に機能することであり、細部をつめることにこだわるよりも、ラフな、良い意味でのいい加減な合意だというのだ。
 この原理が、これまでインターネットを発展させる原動力となってきたのは事実だ。精緻に検討された技術体系よりも、多少いい加減でも、実際に動かしてそのなかで改良することで、結果的により優れたものができてきた。
 しかし、インターネットがエンジニアたちの手を離れ、一般市民、企業がグローバルに大量に利用するようになったいま、こうした原理もすべての局面では有効とはいえず、既存の法体系や国際秩序、利害関係を包摂し、かつこれまでのインターネットの良さも生かしたさらに新しい原理が必要となる。
 現在のインターネットには、技術的にも制度的にもおおくの問題、脆弱性があることは否定できない。それはインターネットの問題というよりは、新しいグローバル社会そのものの問題というべきだろう。いまさら中央集権的な管理方式など、旧来型システムのパラダイムに回帰することは非現実的だ。あらためて、実在するリスクを的確に把握し、そのリスクを上回る、強靱で柔軟な、グローバルに広がる超分散システムへの進化が求められているのだ。
 単なる技術システムの進化ではなく、それを運用するヒューマンシステムの進化が共存しなければならない。グローバルな分散システムで、かつ円滑な機能が保証される新しい仕組みが求められる。それには、グローバルに、多数の主体が同時に協調することが必須である。まさにresponsible でかつaccountableな責任の所在、責務の果たし方が問われている。これはインターネットに限らず、これからのグローバル社会全体を貫く課題といえるだろう。インターネットの運用、責任をめぐるガバナンスのあり方は、今後の人類社会全体のガバナンスのあり方に対する貴重な試金石であり、日本からより本格的な参加、コミットメントが求められている。


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