from KL [iznewsハイライト]  May 2000



会津 泉

(アジアネットワーク研究所/クアラルンプール)



Date: Fri, 5 May 2000
From: izumi@anr.org (Izumi Aizu)
Subject:[iznews 1434] Server不調?

昨日から、受信メールの数がふだんの1割程度となっています。

最初は連休のせいかなとのんびり考えていたのですが、海外からも
全然来るはずのがこないし、テストメールを出すと、来たり来なかったり。

おそらく、ANRのメールサーバーの不調のような気がします。
ただし、連休で管理者がつかまらず、確認できていません。
ないし、プロバイダーの経路とか。

ANR同士だと、一応送受信ができているようです。外部のメールが めっきり減っています。でも来るものもあるのです。。規則性が見出せ ません。

あるいは、例のI-Love-Youウィルスなのかもしれません。
欧米で猛威を振るっているようですし。

私自身は、Outlookは使っていないので、大丈夫なはずですが、
サーバーがやられればどうしようもありません。

ということで、もし私宛に急ぎのメールを出して、戻ってきた、という 場合には、恐縮ですが、以下のアドレスに再送願います。

Izumi AIZU

また、確認の意味もあって、よろしければ、iznewsにも投稿してみて ください。近況報告も歓迎します。

会津 泉


* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

Date: Sat, 6 May 2000
From: izumi@anr.org (Izumi Aizu)
Subject:[iznews 1438] メール復旧・・・

お休み中にお騒がせしました。なんとかメールが復旧したようなのです。

それが、驚いたことに、ANRのドメインネームの登録・管理をお願いして いはずの会社が、NSIへの35ドルの支払いを継続しなかったために、 期限切れとなり、DNSサーバーがうまく機能しなくなったことが原因だった ようです。

まさかと思いつつ、クレジットカードで、こちらから支払ったことで、二日 たって解決したようなのですが。でも、納得はできていません。たぶん 支払い督促メールが、名義上の管理者宛てには届いていたはずで、 それが2ヶ月くらい無視されていた、ということなのでしょう。 気が付かないでいた、こちらが悪いといえばそれまでですが。

恐いですね。たまたま連休にぶつかって問合せはできず、さらにウィルス 騒ぎがあって、そっちが原因かと思ったりして。

反省。衝撃。教訓。

会津 泉


* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

Date: Fri, 12 May 2000
From: izumi@anr.org (Izumi Aizu)
Subject:[iznews 1444] KLにきました

出戻り、というのではないのですが、2週間ぶりに、クアラルンプールに 今夜つきました。残務整理というか、決算のチェックなどがあるのです。

で、そのまま明日夜から、ドイツ経由で、イスラエルの会議に出ます。
ベングリオン大学が、Hubert Burda Media というメディア会社をスポン サーにして開くもので、Cool People in The Hot Desert という名前の 会議です。

New Media and Social Transition というテーマで、ペレス地域協力大臣 がスピーチするとか、ノーベル賞受賞者の方も来るとか・・。

私はNew Media and Cultural Change というパネルに出るようです。

また、様子を報告します。

KL、自宅の冷蔵庫が故障していて、、冷凍庫も、ぐちゃぐちゃでした・・。 やれやれです。

会津 泉


* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

Date: Sun, 14 May 2000
From: izumi@anr.org (Izumi Aizu)
Subject:[iznews 1445] From Israel

今日午後、KLからフランクフルト経由で、テルアビブ空港に到着、 イスラエルに生まれてはじめて入りました。

いったん、テルアビブの北のネタニヤというところに、「Stupid Network」 を提唱したアメリカのデビッド・アイゼンバーグのお兄さんのダニエル・ アイゼンバーグを自宅に訪ね、一時間ほど話しました。彼は、イスラエル の技術を主に日本に売る、というビジネスをしています。

その後、ここエルサレムに来ました。夜の8時前だったので、あまり 町の様子などはわかりませんが、食事がてら少しだけ歩いてみました。 聖書で読んだだけの話が、本当の場所として出てくるわけえですね。 ローマ時代の城砦、ユダヤ時代の伝承の場所など・・。明日、会議が 始まる前にすこし観光、いや歴史の勉強ができそうなのが楽しみです。

会議には、元首相のペレス氏も来るようです。かつてアラファトと一緒 にノーベル平和賞を受賞した。

では、また書きます。

会津 泉


* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

Date: Sun, 14 May 2000
From: izumi@anr.org (Izumi Aizu)
Subject:[iznews 1446] 訂正?です

ペレス氏がノーベル賞を受賞したのは、アラファト議長ではなくて、 サダト大統領と一緒でしたね、たしか。

自信はないのですが。

違ったかなあ・・。 あとで、地元の人に聞いてみますが。

国際政治の常識がない、ということがバレてしまいました・・。

会津 泉


* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

Date: Sun, 14 May 2000
From: izumi@anr.org (Izumi Aizu)
Subject:[iznews 1447] Re: こんにちは

木村さん、いらっしゃい、といえばいいかな。

たしか、C社でお会いしたのは一度だけでしたが、その後順調に留学されて いるようですね。

私は、「経済」もサイエンスも本格的にはよくわからないのですが、どなたか ここのメンバーで、アドバイスできる方がいらっしゃれば、ぜひお願いします。

イスラエルに来て二日目、いま砂漠のなかの古い町、ベエル・シバに到着し ました。エルサレムでのディナーの後、バスに乗って1時間半、聖書に出て くるアブラハムとその子孫が住んだという、超古い町です。まだ外の様子は 全然わかりませんが。

それと、ペレス首相のノーベル賞ですが、アラファトとサダトと一緒だったよう ですね。お騒がせしました。ペレス氏は、すでに[政治家」というより、「ステーツ マン」として尊敬されているようで、いずれ大統領になるのではといわれている ようです。彼のスピーチは、「歴史に頼らず、新しいことに挑戦すべきだ」という 趣旨のものでした。

聞いているときはさすがに迫力がありましたが、言葉にすると、案外「普通」 なってしまう気がします。

では、また書きます。

会津 泉


* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

Date: Sun, 14 May 2000
From: izumi@anr.org (Izumi Aizu)
Subject: [iznews 1448] エルサレムにて

今日は日曜日。ただし、イスラエルは、ユダヤ教の教えに沿って、 金曜の日没から土曜の日没までが、安息日で休み、日曜は普通 に仕事をするのだそうです。

こちらは会議が夕方からなので、朝、9時から、城壁のなかの旧市街 に入って、3時間半、ウォーキングツアーという、ガイドさんについて 案内してもらう観光をしました。65歳くらいのガイド氏は、さすがに プロで、博識。ユダヤ人ですが、なかなか面白い歴史の勉強になり ました。

わずか1キロ四方の旧市街は、イエス・キリストが最後に十字架を背負 って歩き、磔になり、死んで、復活したというゆかりの土地に建つ教会 から、ユダヤ教の聖地、神殿の後にたった、イスラムの金色のドームの モスク、その下の有名な嘆きの壁など、3大宗教の聖地が密集している ところです。

そこは、アルメニア人、ユダヤ人、イスラム教徒、キリスト教徒の4つの 人々の居住区に分かれ、このツアーを、この4つを順に回るものでした。 アルメニア人というのが、他の3つとならぶ地位にあるのが意外だった のですが、「ノアの方舟」のアララット山の麓の彼らは、ローマ帝国より 先にキリスト教を受け入れた、特別の地位の人々だからだそうです。 日曜の巡礼にたまたま運良く遭遇し、三角帽子の独特の格好をした司教が 信徒を従えて行列するのが見られました。彼らは3時間後に、キリストの 聖墳墓教会から出る行列で、また出会いました。少数のアルメニア人が、 自分たちの文化、言語、そして信仰を守って、ひっそり暮らしている様子 が町を歩いて伝わってきました。窓のない壁が続き、外部との出入りを 制限・遮断している、特別の区域があります。

ユダヤ人居住区は、1948年の第一次中東戦争(イスラエル側は独立戦争 という)で、いったんヨルダン領になり、破壊されたのが、67年の第3次中 東戦争(6日戦争)でイスラエルが奪回し、ユダヤ人たちが戻って再興した ところだそうです。
ただし、いまは高級住宅地となり、前に住んでいた人よりも、新しくお金持 ちが住むところになったそうです。ヨルダンに破壊されたユダヤ教の会堂 =シナゴグの遺跡などが印象的でした。ローマ時代の遺跡も発掘され、柱 がならんでいました。

嘆きの壁は、入り口で持ち物検査があります。イスラム教徒とが投石など で騒いだところです。といっても、いまは平穏で、多数の観光客と、そして 聖地に巡礼してくるユダヤ教徒が押しかけてくるところです。

そこから道一本行くと、すぐイスラム居住区。まったく雰囲気が違います。 バザールのような店がならび、はるかにごたごたしています。それだ 庶民の生活の香りがしてきます。狭い道の内側に学校があったり。

さらに数分歩くと今度は、キリスト教徒居住区。その境目の近くに、イエス が十字架を背負って歩いたという、ビア・ドロローサという巡礼路がある のですが、大半はみやげ物などの商店が狭い道の両側にひしめいてい る、とても俗っぽいところです。

聖墳墓教会は、ローマ時代にコンスタンティヌス帝が建てたというもので、 ユダヤ人のガイド氏は、歴史的に本当にそこに彼が磔にかけて処刑さ れたのか、本当の証拠はないということを指摘していました。

それでも、カトリックを中心に、ギリシャ正教、アルメニア正教など、6つ の宗派が一つの教会のなかを区切ってそれぞれのチャペルを起き、 それぞれの儀式をしているのです。信徒にしてみれば、はるばる遠く エルサレムにまで来て、キリストの横たえられた大理石の台や、墓の あったところに、直接触れられるのですから、感激の頂点に到達す るわけです。

ともあれ、本当に狭いところに、世界の何億という人たちが信じる宗教 の聖地がひしめいている様子は、なかなかこの目で見ないと理解でき ないようなところだということがわかりました。

ガイドがユダヤ人であったせいか、多くの時間を、アルメニア、ユダヤ 系の地域で過ごし、イスラムとキリスト教の教会は、実にあっさり通り 過ぎました。もっとも、お客9名のうち、ユダヤ人が6人でしたから、そ こも考慮したのでしょう。説明そのものは、それなりにプロとして、 バランスをとろうとしていました。ガイド歴35年、ガイド学校の先生も務 めていて、すれ違ったガイドは「教え子だ」といい、道で会う大勢の知り 合いに、アルメニア人とも、アラブ人とも、実に親しそうに会話をし、 挨拶をして握手するのが印象的でした。アラビア語も当然のように 操り、ご主人を亡くしたばかりのアラビア系の夫人と子供を慰めたり、 エルサレムの旧市街の「普通の生活」を垣間見ることができました。

これだけ歩いて、ガイド料は一人1200円(10ドル余り)と、良心的な 値段だと思いました。

というわけで、珍しく、観光レポートでした。明日からは、本格的な会議 が始まります。

会津 泉


* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

Date: Wed, 17 May 2000
From: izumi@anr.org (Izumi Aizu)
Subject:[iznews 1451] ホームランの研究会

前から構想をあたためていたのですが、家庭・SOHOをベースとした ネットワーク利用について、ユーザーの側に立って新しい可能性を さぐる実験研究プロジェクトを立ち上げることにしました。
高速インターネットと、高速LANで、いったい何ができるのか、アプリ ケーションを中心に考えたいと思っています。

というと大げさですが、自宅をSOHOとするので、そこに高速の回線 とサーバーを置くのに、なんとか費用を捻出できる仕組みをと考えた のが動機です。

関心をもっていただけそうな企業にアプローチする予定です。同時に いまの技術の範囲で、どこまで新しいアプリケーションができるかを 自分たちで動かしてみようと思い、何人かの方に参加をお願いし、 快諾いただきました。ほとんどこのリストの方です。

で、皆さんに個別に声をかけることもできないので、この場を借りて、 もしご関心があれば、ご一報いただければと思います。

今月下旬に、第一回の顔合わせブレーンストーミングを予定して います。

ご興味のある方は、直接私までメールください。もうすこし詳しい資料 など送ります。メーリングリストも予定しています。

とくにスポンサー、実験への参加希望者(自宅・職場ベースで)を歓迎 します。


会津 泉


* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

Date: Wed, 17 May 2000
From: izumi@anr.org (Izumi Aizu)
Subject:[iznews 1450] イスラエルを離れて

4泊5日のイスラエルでの滞在が終わって、夕方の便で、帰途につき ました。切符の都合で、ここフランクフルトで乗り継いで、これから ロンドンに行きます。夜8時、といっても夏時間でまだ明るいのですが。

イスラエルの会議は、前半が主に「ドットコム」ビジネスが中心、後半 は、社会、文化、コミュニティなどがテーマの「アカデミック・セミナー」 になって、ほとんど大学の研究者だけになりました。忙しいビジネスマン は先に帰ってしまうので、人数もほぼ3分の1になりました。でも、その 分少人数でじっくり討論ができたので、質的には十分でした。

全体は、ヒューベート・ブルダといって、ドイツの雑誌・出版グループの 総帥が仕切り、スポンサーでもあり、討論のチェアもして、かなり積極 的に議論をリードしていました。30年間独占状態だったスピーゲルの 牙城を崩して、FOCUSという雑誌を成功させたというのが、彼のもっとも 華やかな功績のようです。いまは、オンラインにも積極的にうって出て、 ドットコム企業をいくつも投資、立ち上げています。また、大学の研究 にも積極的に資金を出し、イスラエルのベングリオン大学にニューメディア とイノベーションセンターを立ち上げ、今回はそこの最初の国際会議 だったわけです。ニューヨーク大学にも冠講座をつくっています。

 日本の講談社や岩波書店が、国際的なスコープでメディアの未来に ついて議論し、研究を支援するといったことが考えられるでしょうか。
 てっきり彼はユダヤ系だと思っていたら、違うというのです。何が彼を イスラエルにここまでつき合わせているのか、まだよくわかりませんでし た。イスラエルの人でも、「知らないんだ、それが不思議で」という人も いました。

 会議の中身は、いまは時間もないし、他に締め切りを過ぎている原稿 もあるので、後でちゃんと書こうと思いますが、もう一つ印象的だったの は、一昨日の夜のエクスカーションでした。砂漠のなかをバスで南下し、 途中で、隣に座っていた女性が、僕に「だれもガイドをしないから、私 がしようと思うけど、どう思う?」と言ってきたので、「それはぜひお願い します。でも、イスラエルの家族がいるの?」と、彼女はサンノゼだと わかっていたので聞いたのです。「私の両親はここに住んでいるの」 というのです。
 ネゲブ砂漠というのは、イスラエルの国土の3分の1もある広大な、 大部分が未開拓の土地で、会議が開かれていたベエル・シェバという 町は、その入り口なのでした。経済的にも貧しく、ところどころにキブツ が入植しているほかは、ベドウィンが散在しているところです。たしか に道沿いには粗末な小屋と、テントがならび、駱駝も見えます。
 「このまま20分走るとエジプトです」と彼女が説明してくれて、そこを 曲がって、目的地に向かいます。途中で、初代の首相のベングリオン が政治生活を引退し、隠棲したというキブツのそばを通りました。

 すぐに、小高い丘に、ナバチアン、日本語でナバティア人という、 紀元前3世紀頃にこの土地に住んでいた、アラビア半島出身の 民族の遺跡が見えてきます。ローマ帝国が進出した紀元2世紀頃、 突如として歴史から消えてしまって、詳しいことは全然わからない という民族です。砂漠のど真ん中に、石づくりの石の町がならんで いて、そこでパーティーです。ジャズバンドが入り、日没を眺め。 暗くなると、下におりて本格的なディナー。そのアトラクションが、 エチオピアから二回に分かれて移住してきた、エチオピア系 ユダヤ人少年少女たちのコーラスでした。

 つい最近アメリカ公演をして大好評だったというのですが、彼ら も長い間「失われた部族」として、ほとんど最後のユダヤ系民族 といわれる人々だそうです。それも、場合によっては、スーダンの 砂漠を徒歩でわたってイスラエルまで来たそうで、途中で生命を 失った人もかなり出たというのです。エチオピアの内戦の頃のこと のようです。砂漠の中で出征の旅の途中で生まれたという女の子 も、コーラスに入っていました。

 多くはヘブライ語と英語の歌で、それはそれで素晴らしいもの でしたが、最後に、エチオピアの民謡のような歌が2、3曲演奏 されました。アメリカ公演の最中に、ふとしたきっかけでリーダー の人(イスラエル人の有名なシンガーだそうです)が、聞き出して やっと隠されていた、子供たちの歌を発掘したというのです。
 それから、自然発生的に踊りの輪ができて、みんなで、砂漠 のまんなかで、ひとしきり手をつないで踊りました。不思議な感覚 でした。

 片方で、ドットコムを支えるテクノロジーを開発し(ボーカルテック という、インターネット電話の大手、ICQという、AOLに売却した チャットなど、イスラエル発の技術がずいぶんあります、そのトップ も来ていました)、憎しみを越えてヨルダンから若い企業家を招いて ビジネスを組み、他方、砂漠のなかで歴史、民族、文化のルーツを 感じるという、きわめてユニークな会議だったのです。

 私も、だれも紹介もなく、インターネットである会議のパネルに出て いたのを見つけて、その結果招かれたのでした。ニューヨークタイムズ やブラジルの経済新聞の、それぞれウェブを始めた編集長、日本で も知る人ぞ知る出版エージェントのジョン・ブロックマン、などなど 有名な人も多数きていました。でも、ブロックマンも、ユダヤ人です がイスラエルは初だというし、カナダのバンクーバーでアート系の学校 にいる、ロン・バーネットも、ホロコーストの生き残りだけど、これが 初めてだといっていました。

そろそろ搭乗口に行きます。

会津 泉


* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

Date: Sat, 20 May 2000
From: izumi@anr.org (Izumi Aizu)
Subject:[iznews 1452] KL事務所の移動、新しい仕事口など

イスラエルの帰途、ここKLに昨日朝、着きました。いままで使っていた 事務所を引上げ、これからは、これまで私が自宅としていたスペース を、ANRのKL事務所とします。電話とFAXはこれまでどおりです。 住所は、ホームページ www.anr.org をごらんください。

なお、久保田さんは、今日の便で日本に帰りました。ハイパーネットワ ーク社会研究所で採用して以来、私の秘書役を足かけ7年、うちKL が丸3年と1月でした。ANRの立ち上げから今まで、本当によく私を アシストしてくれました。感謝しています。

で、彼女は、関西に引越し、6月はじめに華燭の宴をあげられます。 (すでに入籍は4月にされています)。ということで、このリストのメン バーで、彼女のことを直接ご存知の方は、よろしければぜひお祝い のメールなど、送ってあげてください。
お相手は、関西の某電機メーカーのエンジニア、です。いまは幸せ いっぱい、という感じです。

 そう、その久保田さんが、関西(京都・長岡京周辺)で、ネットビジ ネスを新しく興そうとしている会社に興味をもっています。良さそう な仕事があれば、というか、良い人を探している方、その周りの方 で、これはと思われる方は、ぜひメールでまずコンタクトしてあげて ください。 kyoko@anr.org (当分このアドレスが有効です)まで。

ということで、ご報告まで。

会津 泉


* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

Date: Tue, 30 May 2000
From: izumi@anr.org (Izumi Aizu)
Subject:[iznews 1459] ネパールからのライブです

今夜、10時過ぎ(現地時間)、バンコク経由で、ここカトマンズに着きました。

国連貿易開発会議(UNCTAD )とネパール政府主催の「低開発国(LCD) のEコマース」をテーマにした会議に参加するためです。ITNTI.comという、 ネパールにできたばかりのASPサービス会社がサポートしています。

で、会場からインターネットに2Mで直接接続して、会議の模様を2日間、 通しで生中継します。南アジアでは初めてだと、INTITでは言ってます。 衛星回線です。

明朝9時(現地時間、GMTから5時間45分プラスです、日本よりは2時間15分 前、かな、、、)から始まり、首相、科学技術大臣などのスピーチが予定されて います。

URL は、 www.itnti.com/ecommerce/ で、ここからリンクされます。

よろしければ、覗いて見てください。 デジタルデバイドに関係する議論が されるはずです。

会津 泉


* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

Date: Wed, 31 May 2000
From: izumi@anr.org (Izumi Aizu)
Subject:[iznews 1460] Kathmanduから

昨日からの、2日間の会議がさきほど終わりました。

LDC(Least Developed Countries, 日本語の定訳を知らないのですが、 低開発国というより、最貧国というべきでしょうか)でEコマースをどう 推進するかというのがテーマでした。
プレゼンがぎっしり詰まっていて、2日間、ほぼホテルに缶詰でした。

ネパール政府からも、最初に首相が、最後に、科学技術大臣他が 出席して、ことの重要性を認識しているというスピーチが続きました。 もっとも若者には、「口ではそう言うけど」という声もあります。

ようやく、さっき夕食の後、外にほとんどはじめて出て、その地元の 若者2人と、ネパール料理の店で、ごく軽く食べて飲んだところです。 一人は、本業が警察の情報システムのエンジニア。副業で、地元 新聞のITコラムのエディター。去年12月にカトマンズに初めてきた ときに、最初の晩がちょうど彼の結婚式で、夜遅く自宅のお祝いの 席に顔を出した、のでした。

日本人は、私のほかに、富士通ワシントン事務所の所長の加藤さん、 このリストのメンバーでもあり、ICANNでも活躍している方です。日本人 には珍しく、ILPF議長、GIICのEコマースの責任者など、IT分野で国際 的に幅広く、実務的に活躍されている貴重な人なのです。

二人とも、この会議の主催者である、UNCTADのEコマースプログラム の責任者、ブルーノ・ランバンを共通の知人ともしています。

で、二人で、日本からこの手の会議に出てくる人が本当にいないね、 困ったもんだ、というような話をしていたのです。

途上国にとってのITというのは、日本にとっても非常に重要なテーマ だと思いますし、今度の沖縄サミットでも、一応「デジタルデバイド」を テーマにとりあげるようですが、こうした国際社会、国際組織による、 地道な協調活動には、ほとんど参加せずに、たまたま「サミット」の ホストの順番が来たときだけ、急にアジアの途上国の顔色をうかが うようなテーマの取り上げ方をするのは、申し訳ないのですが、ただ の「受けネライ」のように思えてなりません。

その象徴のように、今回の会議にもカトマンズの日本大使館の人が 来たらしいのですが、1時間もいなかったのではないでしょうか。3月 のKLでのGKII会議もそうでしたが、少なくとも日本の政府や民間組 織をきちんと「代表」して発言できる人は、まったくだ〜れもいません。

 そう、同じUNCTADの、去年の6月のジュネーブでのワークショップ でも国連代表部の人が来てはいましたが、日本からの先生が来ら れたののアテンドをしていただけで、自分(の組織)の問題として 取り組んでいるということは、全然ないのです。
 (もちろん、様々な分野で、NGOも含めて様々に途上国援助に 取り組んでいる方がいらっしゃるのは承知していますが、少なくとも ことIT分野となると、寡聞にして、ほとんどだれも知りません。そこに 多くの途上国の関心が集まろうとしているのに・・・)

と、他人の批判をするより、自分が何ができるかを考えて、実行する ことの方が、ずっと大事なのですが・・・。さて、何ができるだろうか と自問をするのでした。

たとえばこのリストにも、日本のお役所や企業を代表されている方が 何人もいらっしゃるわけで、なんとか、皆さんの力で、すこしでもこう した現状を変えることができないのでしょうか。。。

会津 泉


from KLメニューへもどる




[ ホーム ] [ 電子メール] [ アウト・プット ] [ 研究会 ] [ ANR リンク集 ]
Copyright(C) 2000 アジアネットワーク研究所