アジアの文化を「売る」人たち



『日経マルチメディア』連載 アジアネットワーク便り(9月号)



会津 泉

(アジアネットワーク研究所/クアラルンプール)





 熱狂のワールドカップが終わって、少々気が緩んでいる。
 さて、アジアに取り憑かれる人は少なくない。インドの混沌、タイの豊饒、フィリピンの楽天、香港の喧燥、シンガポールの清潔。それぞれに色があり匂いがある。日本人の一番人気はバリ島だろうか。独特のヒンズー文化を育み、見事な棚田の田園風景、激しい踊りと音楽のミックス、洗練された布製品に繊細な工芸品。私は一度しか訪ねていないが、その不思議な魅力に触れて病みつきになる人は少なくない。
 バリ島産のセッケンをインターネット経由で売り始めたのが内村竹志さん。私の同僚でもある。日本のアップルコンピューター社に7年勤めた後、奥さんと幼稚園の子供二人と一緒に昨年からマレーシアに移り住み、本業もそこそこ(?)に熱を入れているのが、バリ島で作られる手作りのココナツセッケンを、ホームページ経由で欲しい人に頒けるという趣味のビジネスだ。内村さんは、奥さんの真由美さんともどもアジアの文化や民芸品が大好きで、とくにバリ島に惚れている。何回も通ううちにふと見つけたココナツセッケン。気になってラベルを頼りに製造元に歩いていったら、なんとバリ人に嫁いだ日本人女性、雅子さんが手作りで作る現場にたどり着いたという。
 製法により、無臭のもの、仄かな香料が香るものといろいろできる。天然の材料だけで作られ、アトピー退治にいいとの噂もある。量産ができないから、口コミ中心でぼちぼち売り始めたところだ。一年目の売上げ目標は、総額でたった50万円という。それでも東京のデザイナーやら何やら応援団が集まり、パッケージに凝り、ホームページ(www.negitoro.com)も本格的だ。ルピア暴落の影響でインドネシアからの郵便料金が最近大幅に値上げされたのが頭痛だという。
 アジアならではの文化・民芸品などを「売る」ホームページは、探せば他にも数多い。なかでも異色なのが、バングラデシュの有名なグラミン銀行が始めようとしている、貧しい農村の主婦たちが織るタータン模様の綿布だ。400種類以上の格子縞のサンプルが、次々に表示されるのは壮観だ(www.grameen.com.sg )。
 グラミン銀行とは、もとはバングラデシュの経済開発に取り組んでいたシンクタンクが始めた実験プロジェクトで、農村の極貧の主婦たちに無担保で年間わずか50ドルといった生業資金を貸しつけ、生活の自立を促進することに成功した、途上国の実態に即したプログラムだった。いまでは顧客=「会員」が200万人以上という大規模な銀行になっている。
 グラミンでは生活者=女性の発想を重視し、真面目に働いて返済すれば、翌年は増額融資が得られ、生活の向上に結びつく方式を進めている。乳牛を飼ったり、町にミルクを売りに行くための小船を買うことに、「マイクロローン」が活かされる。
 主婦たちの手づくり製品である綿布にとってこれまでのネックは流通だった。業者に安く買いたたかれ、販路も限られている。そこでインターネットで世界のマーケットに直接売ろうという試みが、シンガポールにあるPAN(パン・アジア・ネットワーキング www.PanAsia.org.sg)という国際プロジェクトと協力して始まるのだ。
 グラミンは、無線電話事業も始めた。都市から遠く離れ、通常の固定電話の届かない貧しい農村地域を対象に携帯電話網を展開している。高価な携帯電話だが、小額資金返済の実績をもつ主婦に貸与し、隣人も使える「私設公衆電話」とするのだ。町に出ている息子との連絡も、急病人が出たときに医者を呼ぶこともできる。現金収入が得られ、返済が可能になる仕組だ。いずれパソコンを貸与し、電子メールの「郵便局」を開設する構想もある。インターネット上でのビジネスの可能性も、知恵次第だとつくづく思う。
 バリに惚れるのもよし、手作りセッケンにのめりこむのもよし。たまには、バングラデシュの、年収が日本人の1日の稼ぎより低い極貧の農村からの織物に目を向けることもお薦めしたい。そこからアジアが見えてくる。



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