公文俊平国際大学GLOCOM所長講演記録

「グローバル情報通信の最新事情と日本・アジアの課題」


1998年12月2日
(クアラルンプールにて)

主催 JETROクアラルンプール事務所・アジアネットワーク研究所


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はじめに

  アジアネットワーク研究所は、1998年12月、当研究所の顧問を務めていただいている公文俊平国際大学GLOCOM所長をマレーシアに招待し、当地のMSC(マルチメディア・スーパーコリドール)構想の進捗状況を視察していただくと同時に、マレーシアの情報化政策の推進にあたる当事者との間での交流、議論をしていただきました。
 また、マレーシア在住の日系企業の皆さんにも、この機会に新しい情報化の流れについて、公文先生の知見をぜひ聞いていただきたく、JETROクアラルンプール事務所との共催という形で、講演会を実現することができました
 以下は、その講演記録です。



米国の情報通信革命の爆発と、コンピューターの2000年問題

 今日お話申し上げたいことは基本的には二つです。この9月に私はしばらくぶりにアメリカを回っていろんな人と会って話をしてきました。その時にそれまで考えていたことの一つは思っていたとおりであったということです。それは昨年の夏ぐらいから情報通信革命があきらかに新しい段階に入って、アメリカでは爆発的な展開がみられるということの確認でした。
 それからもう一つは実は知ってはいたけれど、なんだ大したことないと思っていた、いわゆる2000年問題がきわめて深刻であって、話した限りほとんどの人が頭を抱えているという状態で改めて再認識をして帰ってきたということです。
 今日は主にその辺をお話するつもりであります。順序として最初に比較的長期的な見通しとして、どう考えているかを申し上げるところから入ります。


情報化:近代社会の第三局面への移行

私は21世紀の社会を情報社会ととらえています。これはいろんな人が言う言葉ですが、この情報社会の意味はトフラーの言う第三の波、産業化社会を超えるような第三の波の到来に基づく、大きな人類史的な社会変化であるということではない、むしろ数百年前から始まった近代社会の中でまだ変化が進行していく、近代社会の第三局面への移行が情報化であるという立場を取っています。

軍事化、産業化、情報化
 近代化の三つの局面の最初は軍事革命=軍事化であり、それに伴って近代国家が出てきて戦争とか植民地の獲得による国威の増進発揚競争を始めた。これが第一局面、いわば人々の軍事的エンパワーメントの局面です。
 それから18世紀の終わり頃から今度は経済的なエンパワーメント、つまり産業革命が始まって、今日私どもが知っているような近代的産業、企業が国家と並んで出現し、いわゆる利潤の追求競争、あるいは富のゲームを行うようになっていったのが第二局面です。
 近年、とりわけ20世紀の70年代以降は第三のエンパワーメント、軍事的、経済的に続いて、知的なエンパワーメントが始り、その中で第三のタイプの新しい組織が生まれ、新しい競争的な活動が生まれるようになってくると考えています。
 新しいタイプの組織は、今はまだきちんとした名前が与えられていない、国家、あるいは政府でもなければ企業でもないという消極的な意味で、NGOとかNPOと皆さん呼んでいますけれども、積極的には何かというところが問題であります。
 積極的には知的なエンパワーメントを通じて知的な影響力の獲得発揮に努めるグループ、すなわち「智業」がたくさん生まれてくるようになると考えています。
 それに伴って人々は軍事化の時代には国民皆兵、兵士でありました。それから産業化の時代にはみんな会社に就職して物を作ったり売ったりするようになり、今度の情報化の時代はみんなNGO、NPO、あるいは智業のメンバーになって情報や知識を作り出したり、普及したり、あるいは分けあったりするようになる。これが情報社会です。


現在は第三次産業革命
 しかしながら同時に産業社会がまだ終わるわけではない。軍事化の方はある意味では終わったと言ってもいいと思います。戦争が国際的な正統性を失い、自衛の戦争しか認められなくなったのですが産業社会における富の獲得、誇示の競争はまだ正統性を失っていません。いないどころか、さらに第三の新しい段階に突入しつつある。それを第三次産業革命と私は呼んでおります。その中心が情報革命でして、産業革命は歴史を振り返りますと100年毎にほぼ、100年の幅で起こっております。最初に軽工業中心の産業革命が起こり、それから19世紀の終わりに重化学工業中心の第二次産業革命がありまして、現在は第三次産業革命です。
 そしてそれぞれの百年を二つに割ってみますと、前半がいわば突破(ブレイクスルー)の段階。後半が成熟(マチュレイション)の段階でありまして、前半に新しい技術、新しい産業、新しい経営組織が出てきて、後半では産業の生み出す製品が大衆的な需要を満たすようになって、人々のライフスタイルが変わります。
 20世紀の例で言いますと、前半の突破で重化学工業が出来、まず軍事に利用され、後半では耐久消費財の大量生産になって、乗用車とか家電として広がって人々の生活を変えたわけです。  いまは第三次産業革命の突破段階が起こっているときです。その突破段階がおそらく70年代の中頃から2000年の20年代にわたって続くと思いますが、もう少し視野を長く取ってみますと、1950年代頃からもうすでに始まっていた、芽は出ていたといっていいと思います。  コンピュータについて見てみますと、最初の50年頃から始まったのはメインフレームコンピュータ中心の展開でした。メインフレームはいま大体世界で3万台ぐらい、あるいはオフコンその他を入れても1000万のオーダーでしかないと言われています。
 70年代には、マイクロチップスの発明と共に、次の段階が始まって、これを通常私どもはパソコン、PCの波と考えているのですが、実際はPCよりもEC(エンベデド・チップス)、つまり埋め込みコンピュータの方が数が圧倒的に大きいと思います。PCはたかだか世界で3億台程度しかありませんが、埋め込みのチップは少なくとも500億、あるいは最近の推計では700億台もがいたるところにあって、我々の生活のすべてを支えているといっても過言ではありません。
 メインフレームはどちらかというと事務作業、マネージメントの方に使われていますが、ECは制御活動、特に生産運輸、通信、総てのものに関わってくるということです。
 現在は、埋め込みチップやパソコン中心の第二の波がそろそろ頂点にさしかかって、次に移ろうとしている段階であって、次の第三段階の情報通信革命の姿がいま見えてきております。仮にそれを「C&C」の二乗という変な言葉で呼んでおきます。
 一方ではコミュニケーションとコンピューティング(C&C)、ついでに言えばブロードキャスティングが一体となってマージするネットワークがそこから生まれる。さらにもう一つのC&C。コミュニケーションだけではなくて、コラボレーション(共同作業)を人々が行うようなネットワークとして次は広がっていく。つまり単体としてのコンピュータではなくて大きなネットワークがそれ自身コンピュータでもあり、あるいはコミュニケーションの手段でもある。こういう時代に入っていくだろうと思うのです。
 後で申し上げますが、残念ながらそこへの以降が非常にスムーズであると考えるわけにはいかない。ここに大きな断絶、あるいは移行上の一種の失敗、挫折があることは今のところほとんど不可避であると思われます。


情報化の本質=知的エンパワーメント
 しかしそういうことがあってもそれを通して大きな流れとしての情報化が止まるわけではありません。そしてまた先ほど申し上げました智業(英語ではそれをインテルプライズと呼んではどうかと私は提案しています)、つまり国家や企業に代わる第三の新しいタイプの社会組織が台頭し、さらに普及し、そして人々はこの智業のメンバーという意味で智民、あるいは英語で申しますとネティズンになっていく。ちょうど産業社会の市民が生産者や消費者になるのと同じような意味で、情報社会のネティズンは情報知識の生産者であり、あるいはそれを通有、シェアする人々になるでしょう。そしてインターネットのようなネットワークを私は智場、インテルプレイスと呼んでいますけれども、何よりも智業や智民がそこでコミュニケーションやコラボレーションを行うための場として台頭し、普及していくのである。こういうことがポイントだろうと思います。
 しかし大事なことは、情報社会においてはネティズンやインテルプライズのコミュニケーション、コラボレーションの場である智場が、同時にマーケットとしての役割も果たすようになる。あるいは行政サービスがそこで展開される場としても働くようになる。ここが電子商取引や電子政府の場にもなるということです。
 しかしその逆はありません。これまでのマーケットが単純に電子化されていくと考えると間違いを犯すと思います。ここ数年、例えばプッシュテクノロジーが華々しく喧伝されてどこかに消えました。それから去年から今年にかけてはポータルという話が人口に膾炙(かいしゃ)してますけれども、多分またすーっと消えていくんだろうと思います。そういうものは本来コミュニケーション、コラボレーションの場としての智場をプラットホームとして商取引や行政を行っていくという考え方に十分立てていないがための、いわばせっかち、性急さの誤りではないかと思っています。


本格的マルチメディア時代
 そういう中で、情報革命が第三段階に入りつつあるという兆候はすでに見えており、とりわけ去年の後半ぐらいから、明らかに新段階に入ったと言わざるを得ないと思います。
 アメリカで申しますと96年から97年の前半ぐらいまでは新電気通信法の時代で、「情報ハイウェー五車線論」が公式のアメリカの連邦通信委員会の立場でありました。つまり電話とテレビとケーブルテレビ、それからセルラー電話、衛星の5つのメディアが米国のあらゆる家庭、オフィスに入っていくことが出来るポテンシャルをもっている。そればかりではない。この5つは互いに自分の壁を越えて相手の領域に進入して競争する、そういうポテンシャルがあるから大いに競争すればよい。そのための法的、制度的枠組みを新電気通信法で作ったのだと言ったんですが、言われたほどには競争は起こらず、大いに期待に反する事態になったわけです。
 そこで当時のFCCの委員長のハントさんが結局業を煮やして辞任の直前になって行いました演説の中で五車線論を投げ棄て、本当に必要なことは、そういう既存の五車線がどうこうということではなくて、本来的にデーター通信のためのデディケーテッド・ネットワークを作ることであったんだ。コネクションレスでパケット交換型のネットワークを本格的に作ることが緊急の課題であったということにいま気がついた。これはみんなで力を合わせてやらなければ出来ないことだからやりましょうというお別れの演説をして彼は去っていったんです。
 ちょうどその頃から、データ通信のトラフィックが爆発的に増えてきまして、3ヶ月で大体倍、つまり1年で10倍、3年で1000倍という速度で増えるようになってきました。それも需要だけではなくてワンテンポ遅れて供給も、アメリカの場合は爆発的に拡大した。最近はヨーロッパもそうです。つまり新世代通信企業と呼ばれる勢力がどんどん現れて光ファイバーを引きまくっている。その中の例えばクエスト社一社の一つのペアの光ファイバーがあればアメリカの電話需要は全部まかなえるといったすごい供給の拡大が起こってる。
 つまり米国では非常な加速が始まったわけです。ちょうど同じ頃から日本は減速を始めまして、インターネットの普及率、あるいはパソコンの売れ行き、情報化投資で見ても、伸び率が下がってきた。ルーターなんかは売れ行きがばったり止まったと言いたいくらいに深刻な事態になっていると言われていますが、そういうギャップがあきらかになりました。


主役はIPネット
 しかし、その中身を見てみますと、いわゆるマルチメディアと呼ばれていたものの主役はインターネットを基盤としたIPネットワークであることが明らかになってきたと思います。そこで私はIPネットワークとインターネットは区別して考える方がいいと思っています。つまりIPネットはインターネット・プロトコルを基盤とするネットワークの総称であり、このIPネットワークでは狭い意味でのインターネット的な電子メールを送ったりWEBももちろんできるわけですけれども、電話もできるし放送も出来る、そういうものであります。しかもこのIPネットワークのための技術の開発や、その利用、それから投資等々を行っているのは民間の企業、それも新しく出現しつつある企業であって、これまでのインターネットは政府、あるいは大学、研究機関が引っ張ってきましたが、92年以来のインターネットの商用化の流れの中でインターネットそのものの枠を越えて、IPネットワークが爆発的に広がるようになってきました。
 しかし、その中心はネティズン(智民)あるいは智業が作り出す、知の分散システムの基本的なインフラになるという性格は依然として残るだろうと思います。そう思いますが、狭い意味での、これまでインターネットを引っ張ってきた、インターネットコミュニティーそのものがある意味で置去りにされかねないぐらい急速に、新しい展開が1997年の夏ぐらいあたりから起こっています。
 例えばアメリカでは1996年10月に政府がネクストジェネレーション・インターネット・イニシアティブを発動させ、これは何億ドルかお金を出して新しい技術革新を推進する。それからインターネットのテストベッドを作る。スピードはギガビット台であると言っております。  あるいは大学や研究機関が集まって、コマーシャライズされたインターネットは面白くないから、もう1回自分たちが自由に使える、できればただで使えるインターネットを作りたいと言い出した。これを「インターネット2」と呼んでやっておりますけれども、これまたせいぜいでギガビット級のポイント・オブ・プレゼンスを持ち、技術的にはアビリーンがATMを提供し、クエストがソネットを提供する。その上でIPを流すという構造を持っております。
 私の友人にペンシルバニア大学のデビット・ファーバー教授という大統領の情報諮問委員会の委員がいますが、彼が本当に苦笑をして言っているのは、「大学や政府の方が特に置去りにされてしまった。民間の企業を見てご覧、クエストは自分のところでギガじゃなくてその1000倍多いテラビットの回線を敷設してしまっている。そして彼らがいま目指しているのはペタビット、つまりさらにもう1000倍の容量のあるネットワークを作って提供することであり、それを支えるような光通信の技術を開発し商用化していくことなんだ。政府は2歩も3歩も遅れてしまった」という話です。あるいは大学が喜んで使うはずのインターネット2は、そういう面から見れば非常に遅れたおもちゃのようなものでしかないということになってしまっています。
 日本のWIDEは政府よりも民間と大学が一緒になってインターネットを引っ張ってきてたわけですが、このWIDEも今年で最初の10年を終わってこれから次の10年に入るわけですけれども、はたしてWIDEがこれまで果たしてきた指導的な役割を果たし続けていくことができるかどうかというのは非常に興味深い問題であります。
 特にアメリカで民間企業が新しい動きを見せていると言っても、その中心になっているほとんどの企業はつい2、3年前までは存在もしていなかった。あるいは存在していたとしてもほとんど名前も知られていなかった企業であります。他方ではこれまで存在していた企業は一斉に困難に直面している。DECはすでに他の会社に買われました。それからAT&Tは非常に悩んでいる。あるいは既存の地域電話会社がどこまで生き延びることが出来るだろうかというのが話題になっています。マイクロソフトも相当に危ないと私は思うんですけれども、PCの時代は終わろうとしているわけですから、次の波にマイクロソフトが乗ることが出来るかどうかというのは非常に興味深いことです。


革新者のディレンマ:突破期の産業
 この中でハーバード大学のビジネススクールのクレイトン・クリステンセンという若いプロフェッサーが昨年非常に面白い本を出しました。イノベーターズ・ディレンマという題の本です。彼がここで打ち出した考え方が特に新興の通信企業ではバイブルのようになっています。この間も『WIRED』という雑誌がレベル3という新興企業のCEOのジム・クロウにインタビューしておりました、そのジム・クロウに何をしているかと聞くと、「私は朝3時に起きて本を読んでる」と答える。何の本を読んでいるんですかと聞くと、このクリステンセンの本を読んでるということをジム・クロウは言っています。実はその一月前、彼はあるカンファレンスにやってきて、そこでこの本のことを教わったらしいのですが、早速それを読んでいるわけであります。
 クリステンセンが分析しているのは、例えばシアーズだとかDECとかIBMという会社がその繁栄の絶頂期に突然よろめき転落する、足をすくわれてしまうのはなぜかという問題です。一般的な説明としては、傲慢になったからだとか、怠けてしまったからだとか、あるいは大きくなりすぎて官僚主義になったというけれども、実際に調べてみるとそんなことはない。嘘である。それどころか、こういうエクセレントカンパニーは不断の革新投資を続け、そしてユーザーとの対話を怠らず、自分たちの製品の品質を上げていこうとして頑張り続けていた。
 では何がいけなかったのか、問題はむしろ過剰品質にあった。あまりにも良くしすぎて、ユーザーの期待を越えて良くしてしまった。まさしく今のパソコンはそういうところがありますね。こんなに多機能でなくてもいいのにどんどんどんどん詰込んで、そのためにCPUのパワーがいくら上がってもソフトウエアで食ってしまうという妙なものを作ってしまっている。ほとんど奇形といいたいところがあります。
 そこでクリステンセンは開発される技術に二通りのものがあるという仮説を持ち出しました。一つが存続技術(サステーニング・テクノロジー)、もう一つが破壊技術(ディスラプティブ・テクノロジー)。この二つを区別しようではないかというのです。サステーニング・テクノロジーというのはエクセレントカンパニーがずーっと営々と発展させ、どんどん向上させていく技術です。

 比喩的に言いますと、マーケットでユーザーの期待する品質の上昇が例えばこういうカーブであるとするならば、エクセレントカンパニーはこういったカーブで品質を上げていく。そして、その期待を越えてよくなるものですから、あまりにも高いところに行過ぎてユーザーからある意味でそっぽを向かれてしまうということになります。
それに対してディスラプティブ・テクノロジーはどこへ出てくるかというと、レベルではうんと下のところ、つまり今のユーザーの目から見るとお話にならないところです。たとえばメインフレームのユーザーの目から見るとパソコンが出来ましたよといわれたところで、それがどうした、そんなものは俺達にとって何の意味もないとか、あるいはデスクトップのユーザーにメモリー・カードが出来ましたといったところで、何だハードディスクがあればいいじゃないか、そんなものはいらないとか、あるいはパソコンに対してファミコンを作ってみたら、それはビジネスには使えないじゃないかと言うことになる。けれども、実はここには新しいマーケットが発見されているのです。そしてエクセレントカンパニーの場合と同じように、いや最初はもっと急速に、どんどん製品の質を上げていく。そうするとそれまではおもちゃと思われていたものが、ある日突然、こっちの旧来のマーケットでも十分に使えるものであるということを発見した瞬間にユーザーは雪崩をうってそちらに移る。そしてエクセレントカンパニーは凋落し始める。そうなった時に気がついてももう遅い、間に合わないというのが、その典型的なケースです。
 彼は、ケーススタディーとしてメモリーディスクの業界をとって、8インチが5インチになり3.5インチになり云々という中で、絶えずその時のリーディングカンパニーが凋落していった歴史を調べて、その理論を一般化してこのように言うわけです。

 ここで困るのは、この議論がある程度正しいとして、特に既存のエクセレントカンパニーが生き残るためには何をすればいいのかという答えがほとんどないということです。
 せいぜい出来ることは、ベンチャービジネスを別途作ってそこに思い切りやらせて、本社の身をいくら食ってもいい、どんどん殺す覚悟でやれというぐらいにして、その中で幾つか当たる物が出てくるのを期待する以外にない。あまり既存の企業にとっては元気の出る話ではございません。しかし、いま雨後の筍のように出てきているアメリカの新しいベンチャー企業にとっては非常に胸を躍らせる話でありまして、かなりの確率でディスラプティブ・テクノロジーを発展させて次の時代の覇者になれるんじゃないかと思う人々が、たくさん出てくるわけです。
 ちなみに、私が9月にアメリカに行った時に、ジョージ・ギルダーが主宰しています「テレコズム」というカンファレンスに出てきたのですが、そこにはまさに新しい意味でのイノベータたらんとする人々、つまりディスラプティブ・テクノロジーを開発・展開してやろうとしているような人が600人ほど来ておりまして、数日間、朝から夜中までいろいろ議論をしていたんですが、典型的なことは、そこには既存の大企業、例えばAT&Tの人は一人も来ていない。AT&Tを辞めて出た人はいっぱい出てきていました。テリジェントのマンドルさんだとか、アイゼン・ドット・コムのデビッド・アイゼンバーグさんだとか、クエストのジョー・ナッチオさんだとか、そういう人は出てきてがんがん発言をしていましたが、インカンベントの人の姿はほとんど見当たらない。それからもう一つは、日本人がほとんどいない。私どもと、富士通アメリカの方だけが日本からの参加者でした。また、韓国からは結構来てましたけれども、他のアジアの国からはほとんど姿が見えませんでした。

 さて、今のサステーニング・テクノロジーとディスラプティブ・テクノロジーという区別はご記憶いただきたいんですが。それとの関連で一言申しますと、インターネットで次世代のIPプロトコルと言われているIPバージョン6というのがございますね。先ほど申し上げたWIDE10周年の記念シンポジウムでディベートがありましたが、それは、IPバージョン6を推進する側と、それはいらないよという側のディベートでした。
 アメリカの多数意見を代表する人は、アメリカではIPバージョン6なんて言ってる人はほとんど一人もいない。そんなもの忘れられて、いまあるIPのバージョン4で十分なんだ、そして足りないところは新しく補足的な工夫をする。例えばNAT(ネットワーク・アクセス・トランスレーション)とか、そういうものでやっていけば何も変える必要はない。
 ちょうどQWERTY配列のキーボードでは効率が悪いことがわかっている、だから新しいDVORAKのような配列を考えてやろうというのがIPバージョン6の立場でしょうけれども、そんなことする必要はない。今のこれで十分だ、後は少し練習して速く打てるようになるとか、機械の応答を早めればいいんだというのがアメリカの言分であって、マーケットは完全に今のIPバージョン4にロックインしてるんだから余計なことをするなというのです。
 しかもロックインしたままでIPネットワークの爆発が始まってるからいいじゃないかということです。シスコの方もその時来ておられたんだけれども、自分たちは一応研究はしている、万一IPv6がマーケットに出てきて、広がり始めたらえらいことになるから、一応やってはいるんだけれども、それを実際に実装するなんて考えもしていないということでした。
 ところが日本は一生懸命やってるんです。WIDEもこれが次のIPだ、今のIPバージョン4は技術的に不満である。20年も古くて、たとえばモバイル機器などのインターネット接続には向かない。アメリカは先にたっぷりIPアドレスをとってしまっているからいいかもしれないが、後発のアジアの諸国はそれではとても足りない。これでは困るじゃないかという話であります。
 まさに意見が分かれていたわけです。マーケットが古いIPバージョンにロックインされてしまった時になおかつ昔の夢を追ってバージョン6でいくら努力してもそれは空しい。置いて行かれるだけだというのが一つの見方です。
 それからもう一つは、ひょっとするとこれが次のディスラプティブ・テクノロジーになるかもしれない。例えばIPv6を今のインターネット、IPネットワークの技術とは考えないで、全然別のマーケットの役に立つ、例えば情報家電型の機器の相互通信のためのプロトコルとして使う。それでいいと考えてそっちで広がっていって、そしてうまく発展していった時にある日気が付いたらIPネットワーク全体を十分支えるだけの力を持つようなものになっているかもしれない。その可能性も捨てきれないのですが、どっちになるだろうかというのが興味の焦点なんです。



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コンピューターの転換
 ともあれ、そういう中でコンピュータはPCの時代からネットワーク自体がコンピュータになる。そしてその意味ではギルダーの言葉で言うと、コンピューティン グじゃなくてテレピューティングだとか、光だけじゃなくて無線も入ることになるとエレクトロニクスからスペクトロニクスの時代が来るというわけです。とりわけその中で、コミュニケーションの面の急激な変化が起こっています。






コミュニケーションの転換
 去年の夏、当時AT&Tのエンジニアであったデビッド・アイゼンバーグが「The Rise of Stupid Network」、「スチューピッド・ネットワークの台頭」という論文をインターネットに載せたところ、あっという間にインターネットの上をこの話は駆けめぐり、いろんなメーリングリストが出来たりしました。
 そこでアイゼンバーグは、電話会社がこれまで考えてきたものはインテリジェント・ネットワークである。ネットワークの方が総てのインテリジェンスを持ち、総ての技術が電話会社にあって、ネットワークでコントロールをする。端末はダムで、ユーザーは全部ネットワークにお任せをするというのに対して、そういうことをしているから技術の開発が進まないと主張したのです。
 彼はトゥルーボイスという、音声の品質を上げるプロジェクトに長年携わってきたが、どうしても出来ない。変えようとするとインテリジェント・ネットワークに組込まれたあらゆるシステムを変えていかないとやれない。どうしようもないじゃないかといいたくなるような壁にぶつかってしまったのです。
 そうじゃなくて考え方を変えてスチューピッド・ネットワークにして、ネットワークはなるべくトランスペアレントにして、ユーザーが自分の端末にインテリジェンスを持たせて、そこでプログラムを書き換えて、ネットワークには自分のいう通りのことをさせるようにするという形にすれば、音声の品質を上げたければ、そういうプログラムを書いてやればいい。また別のことをしたければまた別のプログラムを書けばいいというだけの話になります。そうすれば、簡単にどんどん発展させていくことができるから、これからはスチューピッド・ネットワークの時代になるぞと言いました。そしたらジョージ・ギルダーが、そんなことなら俺はもう何年も前から言ってたということで、二人が今度は共同の論文を発表して華やかな議論になったのです。


圧縮・交換から大帯域へ
 しかし今度アメリカに行って見ますと、もうその時代は終わっていました。つまりインテリジェント・ネットワーク時代が終わったということはもはや当然のこととされて、いまやスチューピッド・ネットワークの時代であるとみんな認めていて、その中で残っているイシューが、IPネットワークは帯域が非常に大きくなるネットワークですが、それぞれの時点で需される帯域の大きさと供給される帯域の大きさを比べた場合にどっちが大きいかという問題でした。  一方のタイプの人は、何といったって需要の方がいつも供給を追いこす、だからインターネットはいつでも混んでるじゃないか。そうだとすれば、何とかして限られた供給の枠の中で対応出来るように需要の方を押さえなければいけない。例えばメッセージはなるべく圧縮して送る。そして帯域に負担をかけない。速く送りたければ料金を高くしてクオリティー・オブ・サービスでいろいろ差を付けて調節をする。そういうマネージド・ネットワークにすることで対応するしかないんだという立場です。
 それに対して、そうじゃない、それは非常に近視眼的なやり方で、そんなところに開発の情熱を燃やしたって2、3年もすれば無意味なものになる。そうじゃなくて、今本当にやらなければいけないことは、ともかく帯域を大きくするような工夫を、真剣にやっていくことだ、つまり、ビッグバンドウィドスのネットワークを実現することだ。その暁にはQoSなんていらない。違った料金なんていらない、完全固定料金でバンドウィズスは好きなだけ、何Kバイトであろうと何Mバイトであろうと、距離がどうであろうと、時間がどうであろうとそんなものはどうでもいい、使いたいだけ使えという
時代が必ず来るんだという人たちがいました。この二つの立場の人たちが熱っぽい議論をしていたわけです。

 同じような意味で無線の方も、これまでのナロウ・アンド・ストロング、狭い周波数帯域に強い出力で電波を流すことで雑音を防ぎながら遠くへ飛ばそうという考え方から転換して、ワイド・アンド・ウィーク、広帯域の周波数帯に一気に拡散する形で信号を流す。低出力であまり遠くには飛ばないけれども、リレー・リレーでやっていくとノイズの心配はほとんどなくなってしまう。こういう技術。つまり光で言えば高密度波長多重、それから無線で言えば符号分割多重。こういう技術が基盤になってIPネットワークは作られていくんだといった見方です。
 それをまた別の見方で申しますと、やや未来論的な言い方になって恐縮ですが、IPネットワークの特徴は次の3つの点にあると見ることが出来るのではなかろうかと思います。
 その第一はこれまでの専用線という観念を捨てて、いわばフリーウェイですね。誰でもそこに乗り入れることができる。誰でも自分の信号をそこに送り込むことが出来る共同利用の道路、それが非常に広帯域である。つまり無数のレーンがあってそこを信号が流れている。こういったものを作る。1本の光ファイバーはそれだけの広大な帯域を持つことの出来る潜在的な能力を備えている。パスバンド一つで2万5000Gヘルツの帯域をもつ、理論的にはそのぐらいの可能性を持っており、一本の光ファイバーでそれを二つぐらい同時に使えるかもしれないという話があります。
 またそんな巨大な帯域を持った線ですからこれまでの電話のようなローカルループ、加入者のお宅から電話局まで一つひとつループを引っ張る必要は全くない。そんなスター型の配線は無意味である。やるんならバス型、それぞれのLAN同士をお互いにつないでいく1本の大きな光ファイバーがあればいい。あるいは安全のためにはそういうものを幾つか作って切断に備えればいいだけではないか。線の引き方は今日のケーブルテレビと同じようなバス型の物でいいはずだという考え方もあります。
 そしてさらにその先には、1本の光ファイバーの帯域がほとんど無限に近いということであるならば、一切の交換やルーティングは必要がなくなる。すべての通信は放送と同じであって回線は海のようなものである。ここにみんながメッセージを全部投込む、投げ込むとメッセージはその海を漂うというか流れていく。受け取る側は、ここに高機能のセンサーを出して、糸をたれて流れてきたメッセージを全部チェックして自分に来たものだけを取り出す。あるいは自分が解ける暗号で書かれているものだけを受け取る。こういう共同利用のバス型の回線が作られる。
 つまりここにおいて通信と放送の区別は最終的に消滅する。こういったイメージです。もちろんいますぐこんなことが起こるはずはないと思いますけれども、いずれはそういったことになっていくのではないかといった未来イメージが語られていたわけです。


「最終1マイル用」新技術の実用化
 しかしそうは言ってもそれはバックボーンの話じゃないか、そこへ入って行くにはどうしたらいいんだ。いま電話のダイヤルアップでインターネットをシコシコ使ってる人々にとってそんな話は意味ないじゃないかというと、そうでもない。少なくとも最終的にはそれぞれのオフィスや家庭に光ファイバーが通ることになるわけです。そこに行くまでには若干の時間があるだろう。その若干の時間の間に最終1マイルが、あるいは最初の1マイルと言うべきでしょうが、インターネットへの高速アクセスを実現するための技術がどんどん出てきただけではなくて実用化されはじめていることが、そのカンファレンスではいろんなデモや議論で示されていました。
 たとえば電話線ですと、面白いと思ったのはDSLの技術です。そのDSLの中でも新世代のDSLと呼ばれているイーサーモデム技術が使われていました。これはDSLの一種には違いないんですが、同時に別のところからここに入ってきても直接そのまま自分の会社のLANに入っていけるという性質を持ったDSLで、もちろん電話と同時に使えるわけです。開発をしてるのはノーテルの子会社のイラスティッドという会社ですが、すでに今年から商用展開を始めています。
 まず狙っているのはホテル。ホテルの各部屋にこのイーサーモデムを設置して、ホテルの部屋をオフィスと同じような感覚で使えるようにする。これは非常に安い値段でやれるんです。
 あるいはコーバッドという会社はDSLの技術なら何でもこい、総ての可能なDSLに対するエキスパーティーズを持っていて、ユーザーと相談しながら一番適切なものを選んで、それを設置するということを自分たちのビジネスの売り物にしていく。
 アメリカの場合はコロケーションを求められたら必ずしなければいけないとか、あるいは生線を貸せと言われたら貸さなきゃいけないというのが今の電気通信法の枠組の規定するところです。しかもリーズナブルなプライスで貸さなきゃいけないとなっていますから、コーバッドはそれをフルに利用して商売を始めています。シリコンバレーにある会社です。
 それからケーブルモデム、これは長年いろいろ言われてきてなかなかうまくいかないという話もありました。やっとここにきて商用化が急激に進み始めたし、またアメリカのケーブル会社は回線のハイブリッド化、途中までは光にする。最終的には全部光にして双方向の通信も可能にすることも本格的にやり始めました。
 例えばAT&Tもケーブル会社を買って相当本気になって考えているようです。
 それからもう二つ面白かったことございますが、一つはあまり人口密度の高くない農村部で、先ほどのスプレッドスペクトラムの無線通信の技術を現に応用している例がシリコンバレーやコロラドの地域にあります。双方向で、1.5Mから2Mの通信をほとんどただ同然の値段で提供できるISPがあります。
 設置の費用は線を引くのに比べて100分の1ですむそうで、オペレーションコストはほとんどかからない。こういった器具を持ってきて実演して見せてくれました。こういうものが生まれ始めています。

 それから大都市では、エンゼルテクノロジーという会社のCEOで、彼らが再来年からロサンゼルスで展開しようとしていますのが、成層圏に飛行機を飛ばし飛行機に大きなアンテナを積み、これで広帯域の双方向の無線通信のサービスを提供するビジネスです。
 3機の飛行機を8時間交替で常に成層圏に滞空させると、下の直径120キロの円内がサービス可能になり、大体2万社の会社に双方向、2Mから10M程度の広帯域通信のサービスを提供できる。成層圏ですから天候の影響は全く受けない。有人飛行機ですから今の連邦政府の航空規制の法体系の中にそのまま、すぽんと入ってしまうので、すぐ免許が降りる。したがって、やろうと思えば明日からでも出来るということです。
 私どもはこれの初飛行に招待されて見てきたんですけども、確かに非常に面白い、大きな翼を2枚持った小さな飛行機ですけれども、軽々と舞い上って行きました。これが、成層圏を飛ぶんだなあというのを見てきたんです。これを世界の30幾つの都市で2000年以降順次、展開していくということで、お金を出してくれるところはないかといっていました。
 そういったアクセスの面でのさまざまな高速化の技術も出てきた。市内網独占がこの意味では崩れる時代が到来したという実感を持ったわけです。


旧勢力も動き出す:IPへの転換
 それではこれまでの旧勢力はどうなるのかということですけれども、旧勢力も決して座視しているわけではありません。まず8月にスプリントがこれまでの電話の交換機は捨て、交換機のないネットワークを作るION構想を発表しました。中身はよくわからないんですけれども、しかし依然としてスプリントの場合はまだATMに依拠したネットワークのようです。
 それから9月にはAT&TがICNという新しいネットワークの構想を発表しました。しかしこれもまだ基本的にはインテリジェントなネットワークであるという言い方をしているんです。  さらにその次にはBTとAT&Tが提携して合弁で新会社を作った。これが非常に大きなインパクトを世界中に与えつつあると思います。このBT、AT&Tの合弁は考え方としていろいろ新しいところがあります。まずすべての国際通信を引き受けるということです。それをIPネットワークで全面的に展開していこうという考え方ですが、それが非常に速い、大体2年から5年、まず3年でこのネットワークを完成させようという考えです。
 従来は電話会社は10年から20年というのが普通に計画する時の時間の基準であったはずです。そうではなく一度に2年から5年で次々に変えていくということであります。
 そして技術もATMはこの際全然無意味になったから捨てることは決心した。SONETについてはまだはっきりと心構えは決まっていないけれども様子を見て必要ないと思えばこれも捨てる。つまり完全にDWDM、あるいはIPオーバーグラス1本に持っていく可能性を否定しないようになっています。
 そしてそのネットワークはこれまでのような電話会社が全部を発明し、そして支配する、技術者も全部持つという思考モデルは捨てて、むしろベンチャーキャピタルを用意して外から必要なものがあったらどんどん買ってこよう。
それから自分のネットワークの中で起こることを制御しようとは考えない。むしろ第三者にどんどん任せて入ってきてもらうという考え方です。
 ただし彼らの出したホワイトペーパーを読んで見ると中核はそういうIPネットワークにするんだけれども、やっぱり周りは今あるフレームリレーや専用線サービス等々をしばらくは残さざるを得ないという考え方になっているので、果たしてこれがうまく行くのか、新勢力にこれで勝てるのかという疑問を呈する評論家、ジャーナリストもいます。
 ともかく旧勢力を代表するBTとAT&Tが相当な決意を持って新しい方向に一歩歩みだしたことは確かです。そしてこれが大きな刺激になって他のインカンベントの通信会社も新しい方向に進まざるを得なくなるだろうと思います。
 これはNTTにも非常に大きいなインパクトをいま与えていると思いますが、近くそういった展開が見られると期待をしています。



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深刻な2000年問題


旧システムの弱点:2000年問題
 ここまでは非常に心躍るような話でありますが、同時に2000年問題が非常に深刻だと痛感させられて帰ってまいりました。
 まず言葉の使い方の上で「2000バグ」と「2000年問題」を区別しておきたいと思います。
 「2000年バグ」と私がここで呼ぶ時は、コンピュータが持っている日付処理の問題における不具合です。一方、「2000年問題」と申しますのは、そういうバグを取りきれない、あるいは2000年対応に完全にしきれない場合に発生すると予想される様々な経済的、社会的、政治的な問題を総称して2000年問題と呼んでおきたいと思います。
 さて、2000年バグですけれども、少なくとも大型コンピュータについてはこれが存在することは昔から知られていました。つまり大型コンピュータがある程度普及するようになった1960年代はメモリーの値段が非常に高く、今の100万倍はしたと言われております。そこで少しでもメモリーを節約するために西暦の年号を4桁ではなくて下2桁で表すということにしました。
 アメリカのANSIも日本のJISもそういう基準を標準として採用したわけです。その結果2000年が来た時にはどうなるかというと、00になりますから、放っておけばコンピュータは1900年だと判断してしまうかもしれない。
 あるいは00なんて日付はないと判断してエラーだから停止しまうかもしれない。あるいは00は割り込み信号だと理解して、そこで止まって次のコマンドを待つ、いずれにしても正常には動かなくなるということです。
 これはわかっていたんですが、60年代には、せいぜいこういうシステムは5年 か6年すれば次のものに置き換わる。だからその時に変えればいいじゃないかとプログラマーは思っていたのか。あるいは、ほとんどの人は2000年になるまでには人類は死滅しているだろう、なぜなら核戦争が起こることはほぼ間違いないから。だから、そんな先のことを心配しても始まらない。もっと我々は明日のことを考えるべきだということでした。
 それが結果的にはいっこうに解決されないままで前の人が作ったコードをそのまま残して、その上に新しいものを積重ねるという形でプログラムはどんどんどんどん増殖してきたのが現状だろうと思います。

 やっと数年前から企業の中にはこういうことではいけないとバグ取りに取り組むようになったところもありますが、何しろ量が多すぎます。全体でおそらく1000億行を上回るようなコードが残っていると思われますが、そのすべてを手作業で直して、さらにそのテストをすることは事実上不可能でありまして、1998年末の現在で、完全に時間切れであることは認めざるを得ません。
 例えばアメリカの政府の主要省庁の中でも幾つかの省庁は時間切れであるということを認めております。ところがそれだけではなくて、昨年ぐらいから急に言われるようになったのが、先ほど申しました埋め込みチップの持っている問題で、埋め込みチップの中の何%かは大型コンピュータと同じような二桁による日付表示システムを持ったクロックを抱えていて、これが2000年になった時に何を引き起すかということが非常に心配されています。
 それからもう一つは、単なる00ではなくて閏年問題がありまして、紀元2000年は400年に1回の閏年になる年であって、閏年であることを埋め込みチップの中にちゃんと組込んであるかどうかということが疑われています。そして閏年をちゃんと処理してなかったときに、何が起こるかという実例が1996年12月31日の夜に2カ所で起こっています。
 まずニュージランドのアルミ精錬工場のコンピュータが全部止まってしまって設備の熔融事故が起こった。それから2時間後にオーストラリアのアルミ精錬所で同じことが起こった。調べてみるとどちらも同じソフトウェアを使っていて、それが閏年対応をしていなかったという非常に初歩的なミスであります。その結果、そちらのコンピュータでは1997年が来たことになったのに、回りの方ではまだ12月31日だというデーターの不整合が生じてコンピューターが止まってしまって、事故を起こしたという例があります。

 あるいはGPSの問題はよく知られているのでご承知かと思いますが、GPSは週を表示するのに10ビットしか割当ててない。そのために2の10乗、1024週経過するとクロックが元に戻って0から再スタートする。つまり時間が1980年の1月に戻るということになっておりまして、その結果としてGPSを受信しているシステムの幾つかはうまく動かなくなるという不具合が起こるかもしれないと言われております。日本でも最近パイオニアが自社のカーナビはこれにうまく対応してないので問題があることを認める広告を出して話題になっています。これは2000年問題ではありません。1999年8月22日に起こることは確実だということがわかっている問題であって、これにどう対応するかということがあります。
 ともかく埋め込みチップを一つひとつ調べて、どこにあってどういう不具合が起こりそうだから、どうすればいいか。出来れば取り替えてテストすることをやらなければなりませんが、中規模の発電所でもテストするだけで21ヶ月かかると言われておりまして、うまくいくかどうかわかりません。

 そして、つい1週間ほど前に日本は政府が2000年問題を重視しまして、民間の各産業に対してアンケートを取って対応状況を調べました。その第一次の結果が返ってきたところですが、それによると、電力とガスが一番遅れていて1社もテストをしたケースがないとわかって新聞に発表され、一部の人々は非常に心配をしたところであります。公式には電力は大丈夫と言われているんですけれども、よくわかりません。
 なんぼなんでも電気が切れた日にはとてもじゃないが、他は全部止まってしまいますから、ほとんど対応のしようがないといわざるを得ないので、せめて電力だけは止まらないようにしてもらいたいと思います。また完全にやることが難しいとすれば、どの程度まで対応が出来ていて、どの程度の事故が起こりそうかを公表して欲しいと思います。
 アメリカで心配されていることの一つは、原子力発電は止めざるを得ないのではないか、つまり完全に対応が出来ていないということであれば、これは法律的に動かしてはいけないのだそうです。そうすると業務停止命令を出さざるを得ない。そうしますとアメリカの場合は原子力に20%の電力を頼っておりますので、仮に他が全部うまくいって停電にはならないにしてもブラウンアウトと呼ばれる電圧降下現象が起こる恐れがある。それに他のものが加わった場合にはどうなるのかということであります。
 仮にその時はなんとかうまく乗り切ったにしても、他のところで生産ラインが止まるとか、貿易ラインが止まったとしたら、燃料である石油やガスの供給に支障をきたす心配があります。そうすると中長期的にエネルギー、特に電力の供給に問題が起きることも今心配されています。  別にあまり脅かすようなことを言うつもりはありませんが、最近見ました記事やスピーチの一例だけをそれぞれ申し上げるだけに止めます。

 10月27日の『グローブアンドメール』というカナダの新聞記事によると、カナダ政府はこの事態を非常に重視しまして、カナダはアメリカと並んで2000年への対応が世界的に最もよく進んでいる国ということになっておりますが、それでも政府機能が止まってしまっては非常に困るので、軍に対して全面的に政府支援の体制を取るように命令を出して、同時に99年の大晦日にはカナダ全土にわたって3万2000人の軍隊を配置して治安の維持にあたらせる。そのために特別な法の書き換えを行う。また海軍に対しては軍艦を港に横付けさせて、そこで臨時の指揮所、発電所、病院、そして物資の供給基地として使う。今後14か月間は基本的に軍の支出はY2K対応以外は全部繰り延べる。それから訓練は全てY2Kのためのものにするといったことを決めたという報道がありました。
 それから米国の国際通商担当の商務次官アーロンが10月19日にロンドンでのY2Kサミットで演説をして貿易ラインの途絶の危険について警告を発しております。彼がそこであげておりますデータは、「例えばアメリカの沿岸警備隊が海運関連の製造業に対して調査をしたら、埋め込みチップの20%以上が日付のバグを抱えていることが判明した。海運産業に対して問い合せたところ、25%の海運業者が自分たちはY2K対応はできていないと答えた。大企業はともかく中小企業のほとんどが問題の自覚がないことがわかった。アメリカの貿易の8割は中小企業が握っておりますので、これでは非常に困る。また、ある調査グループによると輸出の元である途上国の少なくとも3分の2程度の国ではシステムのメジャーなダウンが起こると予想せざるを得ないという。そうだとすれば、貿易ラインのどこかが途絶するという事態はほとんど不可避ではないか。問題はそれがいつどの程度にわたって続き、どの程度の被害をもたらすかということであるけれども、その規模をあなたがたが想像したければ、何でもいいから大きな事故、例えばこの間GMの部品工場が2日ストライキをしたために2週間にわたってGMの生産が全部止まったという事件があった、あるいは停電の事故があったとか、いろんなケースがあるけれども、そういう事故の規模を大体数千倍にして考えてみて欲しい、そうすると来たるべき事態へのイメージがつかめるのではないでしょうか」ということを正式の演説の中で述べております。


2000年問題の特徴
 この2000年問題には幾つかの顕著な特徴があります。第一にこれは待ったなしである。つまり頼んで先に繰り延べてもらうわけにはいかない。半分冗談のように「2000年の最初の1週間を全部世界的な休みにしてしまえ」とか、「日付を世界的に換えよう。2000年1月1日じゃなくて1972年1月1日としよう。そうするとちゃんと土曜日になり、しかも閏年だから20数年間問題ない」といわれたりもします。だけど、人間が世界的に決めたからといってコンピュータの方が理解してくれるかどうかはよくわからないので、そういった話がどこまでうまくいくかわかりませんが、ともかく待ったなしであります。
 第2に、神風、いわゆるシルバーバレット、つまり誰かがぎりぎりになったら大変な発明をしてくれて、これを使うとぱっとバグが取れるというような期待がいろいろあ りますけれども、そういうことも多分ない。
 そうすると何らかの事故の発生は不可避である。そしてその場合にネットワークでいくと一番弱い部分がつぶれたら全体に影響を及ぼす。停電のケース、あるいは先ほどの貿易ラインの途絶。あるいは生産の「看板システム」において、一つの部品の供給がだめになってしまった場合の全体が受ける被害。こういったことを想像していだきますと、この問題の特徴の一つがわかると思います。
 3番目に、さはさりながら結局のところ我々はどの程度の災害がどの程度の期間にわたって起こるということをほとんど正確に予想することはできないというのが、こういう「システミック・フェィリャー」とでも呼ぶべき事態の特徴です。
 局地的障害もたくさん起こるでしょう。中には全社会的なマヒをもたらすようなものも含まれているかもしれない。それから短期的な混乱があり、その多くは簡単に解決すると思います。例えばコンピュータをリセットするだけで埋め込みシステムのかなりのものは正常に動き出すと思うんですが、そうでないものもある。その中には非常に中長期的な問題もあるてしょう。
 私がいろいろな予想について調べた中でいいますと、比較的真ん中ぐらいかなと思うケースで、立ち直るための時間を4年から6年と考えている人がいます。


2000年問題への対処姿勢
 そうだとすれば結局我々は基本的には自分個人の責任で、あるいは自分の会社の責任でどれだけの被害が起こるかを想定し、その被害に対応することを考える以外にない。
 しかし自分一人で、あるいは自分1社でやっても、他がやってくれていなければ被害を受けますから、結局様々な情報の交換や協力が不可欠であり、中でも政府機能がつぶれることが一番危険であります。日本は戦争に負けた経験をして、国家はその時にはいったんつぶれたわけです。しかし占領軍はいましたし、政府機能そのものがなくなってしまったわけではない。したがって無政府状態を経験することはなかったのです。しかし中央政府がなくなれば人々は暴力で事態を解決する以外になくなります。これは大変いけないことだと思います。
 いろいろ申しましたが、最終的には、部分的な対処だけでは済まないので、システムそのものを取り替える、Y2Kフリーなシステムを作るということが必要だろうと思います。
 我々がしなければいけないことは、一方では可能な限り部分的にはY2K対応そのものの努力、バグ取りの努力を進めないわけにはいかないでしょう。同時に、被害が起こることに備えて、その被害そのものの拡大を食止める、あるいはそれがマイナスの影響を自分に及ぼさないためのさまざまな措置、例えば、たいして用のない人は大都市を離れて田舎に住む方が間違いないとか、あるいは企業であれば自家発電所を作っておくとか、医薬品、食料の備蓄をするとかいろいろなことがあるでしょうが、そういった対応の試みがある。
 それから第三にそもそも新しいシステムを作っていく。Y2Kフリーなシステムを作ることを、ものによっては今から始める必要がある。
 ただし、現時点で明らかなことはその三つを全部満足にいくようにやるだけの時間もなければ資源もないので、この間の資源のアロケーションを考えなければいけない。そこでどうするかを私たちは自分に対して責任を持って決めなくてはならないということだろうと思います。

21世紀初頭の課題
 マレーシアで私がこの数日の間、マハティール首相をも含めて申し上げてきましたことは、MSCはある意味ではこの問題に関してはアドバンテージを持っている。
まだこれから作っている最中ですから、最新の情報技術、第三段階の情報通信革命に立脚したシステムを新たに作る方向に転換することは十分可能なのではないかということです。いま考えているインフラは2.5G、ATM依拠というので、すぐ時代遅れになるようなものにすぎません。ですから、それに続いてその次のシステムのデザインを今から始めて、何年かの間にそれに取り替えていけるような段取りを組んでおき、そして同時にその次世代システムについては完璧にY2Kコンプライアントなものにすることができ、電力とか交通のインフラもあわせてY2Kコンプライアントにすることができれば、おそらく他の先進国に比べれば相対的には対応力は高い、あるいは対応のためのコストは小さくて済むと思われるので、それを最優先としておやりになってはどうですかと申し上げてきました。
 もしもそういうことができれば、この地域は非常にアトラクティブな地域になるに違いない。日本の企業も含めて多くの会社が競ってこの地域にやってきてここで操業することで2000年代の少なくとも最初の数年を乗り切ろうとするといったことは十分考えられるかもしれません。  もちろんそのためにはマレーシアだけで通信が閉じていては仕方がないので、少なくとも海底ファイバーで世界の他の地域とつながっているという保証を、来年中にやっておかなければいけないと思います。   ともかく新情報通信システムの性格を十分に理解し、ここへ乗り移る。それが同時に2000年問題への一番基本的な対応にもなるんだと私どもは肝に銘じて行動すべきではなかろうかと申し上げて私のお話を終わりにします。
 












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