INET'99報告

シリコンバレーから新しい流れが


日本インターネット協会会報 掲載記事
1999年7月

会津 泉
izumi@anr.org

アジア太平洋インターネット協会 事務局長
アジアネットワーク研究所代表



 世界のインターネット関係者の一年に一回の「世界大会」、それがINETだ。1991年にコペンハーゲンで第1回が開かれてから今回のサンノゼまで、計9回。神戸で開かれた第2回からはインターネット・ソサエティ(ISOC)の主催となり、技術とアプリケーションの2つの柱を中心に、4日間にわたって熱心な発表、討論が展開される。来年のINET2000は記念すべき第10回、横浜で開催される。世界のインターネットの発展に日本からいっそうの貢献ができる機会が与えられた。

 日本インターネット協会では、このINETに日本からの参加者を少しでも増やし、「インターネット・コミュニティ」のエッセンスを知る機会を提供することを目的として、1995年から「INET参加ツアー」を企画してきた。今回も20名近い参加者を得て、事前の企業視察、朝食会、夕食会などの忙しいスケジュールをこなした。その報告をお届けする。

・シリコンバレーの企業視察 脅威のアバブネット
 大会前日、6月22日にシリコンバレーの企業視察を行った。訪問先はナノスペースというパロアルトの小さなプロバイダー、アバブネットというコロケーション・ビジネスで一躍急成長した新興勢力、そしてサン・マイクロシステムズとシスコシステムとという超一流企業。ガレージからアメリカン・ドリームまで、シリコンバレーの縮図のような構成だ。
 サンでは、IP中心のデータ通信のトラフィックが電話のそれを上回る時代が目前に迫ったことを意識して、通信会社をターゲットとした製品・技術戦略が披露されたのが印象的だった。「ノンストップ・フォルトトレラント」の大容量サーバーでハイエンド市場を攻めるという。
 圧巻はアバブネット。サンノゼのダウンタウン、西海岸のインターネットのトラフィックが集中するMAEウェストから至近距離のファイナンシャルセンターのビルを借り受け、プロバイダー事業に加えて日本でいえばサーバーの「ホスティング・サービス」、米国では「データ・センター」という「コロケーション・ビジネス」で、なんとわれわれが視察したまさにその当日に、総額19億ドル(約2100億円)で売却を決めたのだ。3年前、社員4名、40万ドル(約5000万円)の資本でスタートしたのが、昨秋の株式公開で総資産4億ドル(約500億円)に達し、その半年後には5倍近い額で評価されたというから驚きだ。ちなみに年商は20億円にも満たず、社員も数十人。まさにインターネットの「ドット・コム」ブームの象徴のような話だ。
 その秘密は「ワンホップ・グローバルアクセス」にあった。つまり、MAEに集中する世界各社のバックボーン回線との間をファイバー1本、ホップ1つで直結できる位置にあることが、トラフィック効率の良さを実現する。殺到するアクセスをどうさばくかがポイントとなる人気ウェブサイトは、バックボーンの集結点にできるだけ近い場所に集中する。アバブネットは、「ネットの銀座4丁目」という絶好の位置を押さえたのだ。トラフィックが集中するところには、連鎖的に様々なビジネスが集積する。「距離の死」どころか、まさに「交通の要」を押さえたものが勝ちという、ほとんど不動産業の世界だ。
 翌朝、ロン・ゴンザレス・サンノゼ市長がINET冒頭の歓迎挨拶で、「インテル、シスコ、アバブネットなどの超優良企業が生まれたサンノゼは、全米でもっとも成功したハイテク都市だ」と切り出したのには驚いた。いきなり「アバブネット」だったからだ。
 最終日、アジア太平洋のインターネット関係者の集まり、APNG(Asia Pacific Networking Group)の会合をスポンサーしたのもアバブネットで、シャーマンCEOが挨拶に立ち、「自分でも信じられない、奇跡としかいいようがない」と素直に語った。数々のサクセスストーリーに満ちているこのシリコンバレーでも、群を抜いたケースなのだ。

・追悼ジョン・ポステル
 全体会では、昨年秋に急逝したジョン・ポステルを追悼して創設された「ジョン・ポステル賞」の授与式が行われた。彼はインターネットの草創期から「RFC」のエディターを務め、ドメインネーム、IPアドレスのグローバルな管理を一貫して担当し、ここ数年、世界のインターネット関係者の熱い議論の的となってきた「インターネット・ガバナンス」のまさに中枢に位置してきた重要な人物だった。第一回の受賞者は、彼の遺族。母親のスピーチからは、故人の一徹で無私な人柄が浮かび上がり、昨年ジュネーブでのINET'98の際に、わずかだが彼と会話した瞬間が思い出された。
 ICANN(Internet Corporation for Assigned Names and Numbers)の創設に至る彼の苦労には人知れないものがあっただろう。あまりに「政治的」になった現在のドメインネーム論争の混迷と彼の人柄とのコントラストは強烈だ。

・爆発するEコマース
 基調講演のハイライトを紹介しよう。なんといっても勢いが良かったのは、e*ベイとeトレードという、爆発するEコマースを提供するシリコンバレーのインターネット・ビジネスの2大勢力だ。
 e*ベイは、「個人オークション」で毎四半期65%の成長率を誇る。CEOメグ・ウィットマンのスピーチは歯切れが良い。インターネット経由で、売りたい人と買いたい人を仲介する、それだけのシンプルなビジネスで、会員380万人、年商2500億円相当と、Eコマースでは世界最大のサイトとなった。それでも社員は350人という効率だ。
 インターネット上で個人が安心して売り買いできる仕組みを整え、膨大な品揃えを簡単に検索できるように工夫し、時間とお金を節約できること。単なる売買に終わらず、新しい出会い、友人ができる「コミュニティ」を形成してきたことが成功の秘訣だった。「小さいときから一生探し続けてきたあの絵本がやっと見つかった」といったパーソナルなストーリーも続出しているという。マーケティング手法が洗練されているのだ。最近22時間にわたったシステムダウンで苦情が殺到し、株価が急落したが、それも人気の裏返しだ。

・ディジタル・エコノミーの象徴
 eトレードは、チャールス・シュワブと並ぶオンラインの株売買の代表的仲介企業だ。よく「インターネットは仲介者を不要とする」と言われるが、そうだろうか。既存の仲介者が衰退し、新しい仲介機能が登場するというのが事実ではないか。既存の証券会社より手数料が断然安く、24時間居ながらに注文ができ、豊富な投資情報が得られるという意味で、eトレード型の新しいオンラインの仲介企業は今後おおきく発展するに違いない。
 eトレードは会員100万人、「ディジタル金融ポータル」と自称する。一日の出来高は12億ドル(約1500億円)。利用者は「ビジター、メンバー、カスタマー」の3ランクに分けられる。実際に取引をするのはカスタマーで、メンバーは模擬取引ができ、ビジターはただ情報を見るだけだ。株の売買に不慣れで不安な初心者でも徐々に入れる仕組みとなっている。極めつけは「デイ・トレード」、つまり一日に100回以上も取引を行う人たちで、ごく短時間の株価の上下を利用して利益を出し、それだけで生活しようという人たちだ。たとえは悪いが、ほとんど「パチプロ」といってよい。
 承知のように、ここ一年アメリカの株価は天井知らずの急上昇を遂げている。その最大の推進力が、「ドット・コム」ブーム、つまりインターネット関連ビジネスの急成長で、そうした新興企業の株価の売買をまさにインターネットで可能にしたのがeトレードなどのオンライン・ブローカー、まさに「ディジタル・エコノミー」の象徴であり、エンジンでもある。
 シリコンバレーを歩くと、百万長者がごろごろしている。社員にストック・オプションを与えるのは常識だから、シスコやインテル、アバブネットやeベイなど、成功した企業に勤めていれば、平社員でも数億円相当の株をもって当たり前。その株を担保にさらに投資する連鎖が続く。もちろん、「いつかは暴落する」とだれもが思っている。でも、その「いつか」はだれにもわからない。投資家心理というか、投機心理の微妙な世界だ。

・インターネットに転機が?
 筆者自身は、インターネットのY2K問題をテーマにBoF(臨時会合)を開催した。収穫は、NANOG(North American Network Operators Group)、JANOG(Japan Network Operators Group)、パロアルト・エクスチェンジなどのメンバーが参加し、運用の現場レベルでの議論ができたこと。グローバルに緊急対応体制をつくる必要があることが確認された。このY2Kが引き金となって、インターネット・ビジネスに転機が訪れるかもしれない。
 アジアの関係者も、INETの期間中に独自の会合をもった。APIAは会員同士の懇談朝食会を開いた。APNGは「総会」を開き、会長が、これまでのシンガポール大学のタン・ティン・ウィー氏から早稲田大学の後藤滋樹氏に交代し、副会長、ワーキンググループのチェアなども人の入れ替えがあった。タン・ティン・ウィー氏は石田晴久氏の後を告いで2年間にわたって精力的に活動し、アジアのインターネットのグループのなかでもっとも古くから活動し、他のグループの「産婆役」となってきたAPNGの活性化に貢献した。
 また、大会最後の全体会では、来年のINET2000を横浜で開催することが正式に報告され、大会組織委員会の共同議長である高橋徹日本インターネット協会会長が、「日本経済も回復の兆しを見せているが、インターネットの発展は日本社会の構造改革の重要な柱となる。INET2000は、明治維新をリードした港、横浜で開かれ、アジアを中心にグローバルな大会として、さらに世界のインターネットの発展のために貢献する。来年はぜひ皆さん横浜で会いましょう」と格調高いスピーチを行った。プログラム委員会の共同議長には村井純氏が選ばれ、日本のインターネット関係者が総力をあげてこれから一年間準備にかかることになる。
 神戸で開かれたINET'92のときは、海外からの参加者が日本からの参加者数を上回る勢いで、日本でのインターネットの認知度はまだまだ低く、商用ネットワークはほとんどなかった。今や日本でもインターネットは人口の15%ほどの普及率となり、ビジネスでも市民生活でも、広範に利用されるようになったのは事実だ。
 それでもアメリカはこの3年で利用者が3倍、人口の30%を越えるすさまじい増加をみせ、アジアでもシンガポールや台湾などが20%を超えた。日本の経済水準を考えると、もっともっと普及していても、全然おかしくないのだ。その意味でも、このINET2000が、まさに21世紀の日本社会の飛躍的発展のための起爆剤となることを願うものである。

 他にも報告したいことは多いが、紙数が尽きた。21世紀のインターネットが、本当の意味でグローバルに十分信頼され、だれもが使えるネットワークへと進化できるのか。技術が中心になるのは当然だが、制度、社会、ビジネス、政策など、あらゆる面で関係者が智恵を汗とを集中する必要があると実感して帰ってきた。最後に日本インターネット協会の高橋会長をはじめ、ツアー関係者の皆さんにお礼を申し上げたい。

◆参考サイト:

 ISOC

 www.isoc.org

 eベイ

 www.ebay.com

 eトレード

 www.etrade.com

 Abovenet

 www.abovenet.com

 ICANN

 www.icann.org

 INET2000

 www.iaj.org



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