AP−IFWP シンガポール会議 報告

インターネットの新しい管理運用体制をめぐって

問われる日本の国際協調の姿勢



1998年8月22日


会津 泉  Email:izumi@anr.org

アジアネットワーク研究所代表
アジア太平洋インターネット協会 事務局長
GLOCOM/ハイパーネットワーク社会研究所




・世界共通のアドレス、ネーム管理体制

ここ数年、世界中のインターネット関係者が直面してきた最大の課題の一つが、「ガバナンス」あるいは「セルフ・レギュレーション」と称される、インターネットの管理運用体制の問題だった。
インターネットに接続されるコンピューターには9桁の番号が割り当てられる。これがIPアドレスだ。しかし、数字を羅列しただけのアドレスは人間が使うのには不便なので、利用する組織単位でアルファベットによる名前が使える。これがドメインネームだ。どちらも階層構造をもち、世界中で同一のアドレスやネームが存在しないように各国間で調整されている。両者を照合するデータベースが整備され、メールもウェブも、覚えやすいドメインネームを入力するだけで簡単に相手が見つかる仕組みになっている。

これらの総元締めが、米国のIANA(インターネット・アサインド・ナンバーズ・オーソリティー)という、南カリフォルニア大学付属の研究機関で、米国政府国防総省からの「研究委託」に基づいて統括業務を行なってきた。といっても実質は、ジョン・ポステル氏というインターネットの先駆者がほとんど一人で切り盛りしてきたのだった。

ところで、ドメインネームは、国、地域、組織属性などによって、いくつかの階層に分かれて付けられるが、なかでも最上位の階層のものは「トップレベルドメインネーム=TLD」と呼ばれ、もっとも重視されている。

TLDには大別して「.jp」、「.uk」など国単位で割り当てられているもの(ccTLD)と、「.com」「.org」など世界共通で使われる汎用のもの(gTLD)の二種類がある。後者は、かつては主として米国の組織によって利用されてきたが、グローバルなビジネスをする上できわめて便利なために、米国以外の組織も広く利用するようになった。このgTLDは、米国のNSI社が、やはり米国政府の全米科学財団(NSF)からの委託契約という形で割当管理業務を続けてきた。

・利害関係が複雑化

インターネットが研究用から一般商用へと大きく発展した結果、IPアドレスやドメインネームの管理体制の実態は、政府との委託契約の範囲を越え、建前と現実との間の齟齬が明らかになってきた。この間、ドメインネームと登録商標との摩擦が起き、IPアドレスの割当体制の正統性(レジティマシー)も問題とされるようになった。
また、NSIがgTLDの申請者に対して、1件50ドルという「手数料」の課金を開始したことがきっかけとなった、人々はドメインネーム登録が立派な営利事業となることに気がついた。これらの人々からは、米国政府がIANAやNSIと結んでいる委託契約は健全な市場競争を妨げるとの批判が強まった。NSIによる独占体制を開放し、自分たちも営利活動に加わりたいとの要求が出始めたのである。こうして、以前はきわめて地味な管理調整業務に過ぎなかったものが、様々な利害関係が衝突する問題へと一気にその性格が変わったのである。

・gTLD体制

こうした事態が進行するにつれて、1995年頃から、新しい運用体制を模索する動きがインターネット・コミュニティのメンバーによって開始された。その結果、96年から97年にかけて、インターネット協会(ISOC)が中心になって呼びかけ、ITU、WIPOなどの国際機関のメンバーも含む国際臨時検討委員会(IAHC)が設立され、新しい運用体制の提案をまとめた。この提案に対しては、主として決定に至るプロセスが閉鎖的、独善的であるとして、インターネット・コミュニティの内外で賛否が半ばし、オンラインを中心に激しい議論が続き、数度の修正が余儀なくされたが、97年5月、ようやく最終案がまとまり、ジュネーブで新しい「協定書」の調印式が行われた。これがいわゆる「gTLD MoU」である。

新体制では、この協定に賛同して調印した組織が自発的に連合し、全体の調整・運用を行なう新組織を形成することになった。とくに、ドメインネームの登録業務については、一定の資格を満たした民間企業に開放し、その企業が連合協議会をつくって全体の調整を行なうものとした。これがCORE(カウンシル・オブ・レジストラー)である。また、この協定にはITUも正式に加わっていた。

・米国政府の介入 グリーンペーパーからホワイトペーパーへ

ところが、この協定に至るプロセスに批判的だった人々は、新体制を認めることはできなった。そこで彼らは、主として新体制には法的根拠が欠如していることなどを主張して、米国政府に対してこれを認めるべきではないと強力なロビー活動を行なった。欧州主導の動きへの批判も含めて、米国政府は現行体制における契約の当事者として、新体制への切替えに同意しなかっため、新体制は実際に稼動できない状態が続いた。
こうしたなかで、米国政府は1997年7月、インターネット上での「電子商取引の枠組み」についての政策提案を発表すると同時に、大統領命令によってドメインネームなどのインターネットの技術的な運用管理体制についての政策検討を正式に行なうと発表し、ホワイトハウス、商務省にプロジェクトチームを発足させ、ヒヤリングを含めて新政策の立案活動を開始した。

その結果、米国政府は、1998年1月末に報告書(グリーンペーパー)をまとめるとともに、関係者からの意見を広く求めた。グリーンペーパーでは、インターネットの発展は米国国民の税金が使われたからだということを強調しつつ、IANAに代わる国際的な新法人を米国法下で、民間主体で設立することを提案し、それに伴って米国政府は現行の契約を終結させ、インターネットの運用管理から暫時手を引くとした。
この提案に対して、インターネット経由で寄せられた世界中から600通以上のコメントの大半は、米国の意向が強く出過ぎている、細目まで関与し過ぎると、批判的だった。EU政府なども強い懸念を表明した。
米国政府はこれらの批判を受けて、98年6月、グリーンペーパーでの提案内容を大幅に修正し、新法人の機能、組織形態などの決定はすべて民間に委せるという新提案(ホワイトペーパー)を出し、大筋では各国関係者から歓迎された。現行の契約は9月末で終了するが、米国政府は延長は考えておらず、民間主導への移行を明言している。

・民間の自主努力 IFWP

この新提案を受け、欧米の関係業界団体が自発的にIFWP(インターナショナル・フォーラム・オン・ホワイトペーパー)という組織をつくり、新体制実現のための活動を開始した。IFWPの活動目的は、従来は不毛な対立関係にあった各国の様々な利害関係者をまず共通の議論のテーブルにつかせ、現実的な解決のための「コンセンサス」を形成しようという点に絞られた。

このIFWPの活動方針は、当初は各国当事者から猜疑の目で見られたが、次第に前向きに受け止められるに至った。その背景には、米国政府が9月末の契約期限までに民間による自主的な検討作業が行われ、具体案が一本化されない場合には、やむをえず政府の主導で介入し、自らの手によって新体制をつくると明言していたことも大きく作用している。
IFWPは7月初めにワシントンで、下旬にはジュネーブで、連続して「ワークショップ」を開き、あるべき新組織の機能、制度を中心に侃侃諤諤の議論を戦わせた。同時にオンラインでの議論も進行している。この過程で顕著になったのは、オンラインでの議論は激しい非難の応酬が際限もなく続くのに対して、物理的に同一の場所に集まって顔を突き合わせて会議すると、同じ論争の当事者が、相対的には冷静になって、互いに相手の主張を聞くことに努め、論理的な議論を行なうようになったことだ。過去3年にわたる非難の応酬に、お互いに疲れてきたこともあるが。

IFWPには幹事会があるが、アジアからは、私が事務局長を務めているアジア太平洋インターネット協会(APIA)が唯一参加してきた。幹事会の参加資格としては、非営利団体でかつ法人格を有し、週2回開催される電話会議に自己の費用で責任をもって参加できるという要件があげられたために、アジアでは実質的にAPIAしか該当する組織が存在しないという背景があったのだ。

IFWPでの議論を米国主導と受け取った欧州政府は、7月初めに、独自の会合をブラッセルで開催した。しかし、この会合の中心となった参加者には、IFWPの幹事会の構成メンバーであるヨーロッパの業界団体組織が多く含まれ、実態は重複部分が極めて大きいものであった。7月下旬にジュネーブで開かれたIFWPの会議には、欧州政府の代表も参加し、全体の枠組みとしては米国政府の提案を歓迎・評価しつつ、部分的に欧州側の主張を通そうという立場に終始した。

ただし、これらのIFWPの会議は、「ワークショップ」形態をとって、対立する意見を戦わせることよりも、互いに合意できる事項を発見することに重きを置くもので、いずれにしても、それ自体は「公的な結論」を出そうというものではない。そこには根深い対立状態からの脱却を図るための「知恵」が潜んでいるといえる。

・8月、シンガポールで会議開催

APIAでは、米国、欧州での会議を受けて、アジアからの声を全体のプロセスにぜひとも反映させるべきだと考え、アジアの他のインターネットの関係団体にも広くよびかけ、8月11日から13日の3日間、シンガポールで、IFWPによる3回目のワークショップを開催した。アジア側の主催団体は別表の通りである。
準備期間が実質一ヵ月弱で、アジア側の体制は十分とはいえず、しかも欧米を含む各国の利害関係者の対立には根強いものがあるため、準備の舞台裏は相当厳しいものがあった。多くの事項は毎週2回、各2時間の電話会議とメーリングリストでの討論を中心に決めるのである。

たとえば、各分科会などのモデレーターの人選一つをとっても、欧米側からは地元アジアを尊重するという方針で地元の人間を求め、しかも「中立性」を厳密に要求されるため、該当者がいなくて非常に苦労したのである。パネル討論の発言者を定める際にも、全体のバランスがとれていることを強く主張するグループがあり、調整は容易ではなかった。


それでも、シンガポールには、予想を大幅に上回り、アジア太平洋の18カ国・地域をはじめ、計32カ国150名が集まった。


別表 AP-IFWP のアジアの主催団体

APDIP (Asia Pacific Development Information Program)
UNDP (United Nations Development Program)のプロジェクト
APIA (Asia & Pacific Internet Association)
APNG (Asia Pacific Networking group)
APNIC (Asia Pacific Network Information Center)
APPLe (Asia Pacific Policy and Legal Forum)
PAN (Pan Asia Networking)
IDRC (International Development Research Centre)のプロジェクト
SGNIC (Singapore Network Information Centre)



・アジアの声をどう出すかが課題

AP-IFWP会議では、欧米の発想に偏ることなく、真にグローバルな体制を創るために、アジア側からの意見を出すことが最大の目的であり、課題でもあった。たとえば米国側は「政府は手を引き、民間主導で進める」と言うが、アジアでは、是非はともかく、現実には政府が動かない限り民間は動けない構図の国が多いのだ。英語に限らず多言語対応を強調するのもアジアならではの意見だ。とかくシャイなアジアから、そうした声が率直に出るように、運営を様々に工夫してみた。

たとえば、欧米では、とくにインターネットの関係者の間では、自由発言方式でいくらでも活発な議論が可能なのだが、アジアの人々は、インターネットの関係者であっても、国際会議で自ら積極的に発言することが苦にならない人はまだまだ数少なく、多くの人は議長による指名、あるいはあらかじめ定められた順番に沿って発言することを好む傾向が強い。しかし、それでは錯綜する問題を解決するための深い議論はなかなかできない。
そこで両者の方式を適宜併用し、ときにはゥ由討論、ときには指名型の討論を組み合わせた。自由討論の際にも、モデレーターがワイヤレスマイクを手にもって積極的に席を回って、アジア側の発言を促すことも行なった。

こうした工夫の甲斐もあって、アジア側、あるいは途上国側からは、「新組織の役員に政府の人間は入れないという案は、アジアでは非現実的である」、「アフリカの後進国は先進国のインターネット利用に追いつくことさえ難しい、その現実をもっと理解すべきだ」といった声が相次いで出された。欧米側の参加者からも、アジアなどの異なる文化・発想の存在が理解でき、とても有意義だったという評価が高かった。

・日本政府の腰の重さ

シンガポール会議に際しては、アジア各国の政府にも参加を呼びかけたのだが、急な連絡のために、なかなか参加が揃うのは難しかった。なかでも、わが日本はとくに腰が重かったといって過言ではない。

私自身、メールでの連絡に加えて、7月末に東京に出張した際には、実際に郵政省、通産省の担当者を訪ねて趣旨を説明して出席・協力を依頼したのだが、郵政省の担当課長らは、「重要性は認識しているが、出張旅費がないので」と言って、結局現地の大使館に出向中のT氏が顔を出しただけだった。この問題については半年以上にわたって研究会を開催し、直前みは立派な報告書をまとめ、英文の翻訳も含めてホームページにも発表しているのに、実際の議論に自ら加わろうとしない姿勢には、強い疑問が残った。通産省に至っては、最初から参加する姿勢はまったくみられなかった。

これに対して、途上国政府からも、数こそ少なかったが、熱心な参加があった。地元シンガポールの政府関係者はもちろん、インドが二名、カンボジアからも一名熱心に参加していた。フィリピンからも関係者が派遣された。さらに、EU政府は発言はしなかったものの、代表を派遣し、ペーパーを配付し、情報収集を熱心に行なっていた。

オーストラリア政府からは、担当責任者が2名参加し、議論の進行に積極的に協力した。彼らはジュネーブに来て、「インターネットについては、民間主導で調整活動、標準化を推進することはきわめて重要であり、オーストラリア政府も賛成する。ただし、現実に民間だけでそれを推進することがきわめて困難であることを、過去の経験からよく承知しているので、自分たちもその手伝い=“産婆役”として積極的な協力をする用意がある」と発言し、シンガポールでもその通りの役を果そうとたした。それも、欧米に対するアジア太平洋諸国の主張・一致点を強調したのである。

米国政府は、担当のアイラ・マガジナー大統領顧問が私用のために不参加となったが、ビデオテープによるメッセージを送って、米国政府の主張をしっかり強調するとともに、民間側の努力を評価・尊重するとの発言を行なった。

・日本は民間も少ない参加者

日本の民間側は、日本インターネット協会の高橋徹会長が、終始積極的にこの問題に関わってこられたのだが、あいにく直前に体調を壊して急遽欠席となり、またNTTの担当者もやはり体調不良で不参加になるなどの不運もあって、日本からの参加はきわめて少なかった。わずかにJPNICの丸山事務局長、グローコムのアダム・ピーク、私を入れても3名が動いていただけである。

とくに、欧米ではプロバイダーに止まらず、メーカー関係はもちろん、情報産業協会、電子商取引協会といった情報関連の業界団体からも広く参加があり、関心の広がりを示していたのに対して、日本はインターネットの当事者以外の業界団体はまったく関心がなく、メーカー企業からも、個人的な立場で参加したごく少数を除くと、正式な参加はまったくなかった。

各国の関係者から日本に対する期待はきわめて高いのに、アジアの中でのリーダーシップを積極的にはとろうとしないのである。インターネットのホスト数、ユーザー数では、アジアでは群を抜いて高い日本だが、他人の褌に乗ったまま、自らの問題として積極的な分担を引き受けようとしない姿勢が感じられてならなかった。事実、協賛金については日本からの拠出が一番多く、「お金は出すが、自分から汗はかかない」、という、あの湾岸戦争のときに受けた国際的な批判と、どこか共通のものを感じたのは私だけなのだろうか。

・今後に向けて、これでいいのか?

インターネットの管理運用問題は、たしかに「だれかがうまくやってくれる」ことを期待すれば、それなりに解決されることであるかもしれない。しかし、今後、電子商取引が広がることは確実であり、各種の技術標準化に加えて、セキュリティー、プライバシー、コンテンツ規制などなど、国際的に協調管理体制をつくらなければならない課題が続々と浮上することは必至である。にもかかわらず、そうしたビジョンを明確に抱き、現実に実行しようという姿勢は、日本の官民には乏しい。(郵政省が「将来へのビジョンを示した、世界初の体系的報告書」とホームページで自画自賛しているのは、滑稽を通り越して悲惨ですらある)。かりにそう言うのであれば、その当事者が積極的にこうした会合に参加して、主張を現実のものとする努力をすべきではないだろうか。
これが、もしITUの標準化活動であったならば、事業者同士の協力も行ない、メーカーも積極参加できるだろうし、役所が「出張費がない」と言うこともまず考えられないだろう。
今回のIFWPは、いわばITUに代わる組織を創出するための重要なプロセスなのだ。グローバルな視点でインターネットが電話より大きな影響力をもとうとしているということは、口先ではともかく、実際にはまったく理解されていないのだろうか。


郵政省、通産省は、ホワイトハウス=米国政府とのパイプを保つことには相当の気を遣っているようだが(ホワイトハウス側も日本政府への配慮は保っている)、それ以外の動きは極度に鈍い。シンガポール大使館のT氏が、本省からの文書による想定問答の指示を解釈するのに苦労していた姿はきわめて印象的である。

国際会議で自らの主張を通し、調整活動を行なう上で欠かせない発言力とは、各国当事者との日ごろから積み上げる人間関係、協力関係があってはじめて認知されるものであるだろう。そうした努力の重要性を、私自身、今回は身にしみて感じた。


9月中旬には、米国ボストンで総括会議が開かれ、結論が出る可能性が高い。この新体制に、どこまでアジアの声が届くのか、とくに日本の役割が問われているのだが・・・。


<参考>
IFWP全体については   http://www.ifwp.org
シンガポール会議の内容報告は   http://www.apia.org



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