アジアのネットワーキング



マレーシアを中心に


会津 泉



アジア各国の経済成長は、ここにきて多少勢いが弱まったとも言われているが、世界経済全体の流れのなかでは、依然としてもっとも成長率が高い地域であることは変わらない。そうした成長の流れのなか、アジア諸国では、インターネットを中心とするネットワーク利用、情報化が急速に進展しようとしている。日本とアジア諸国との間の経済的な関係は急速に強まりつつあり、輸出・輸入とも全体の半分近い比率になろうとしていると言われている。

アジア各国の情報化の進展は、相対的には、経済の発展に比例しているといえ、日本はもとより、韓国、台湾、香港、シンガポールのいわゆる「4つのドラゴン」諸国での普及度が高いのはいうまでもない。しかし、最近は途上国でも、むしろ情報化を梃子とすることで経済発展に大きく弾みをつけようという、戦略的な思考、政策が目立ち始めている。マレーシア、タイ、インドネシアなどではパソコンとインターネットの普及は加速しつつあり、さらに中国、ベトナム、カンボジアなどの社会主義国でも、インターネットを利用して西欧先進国の進んだ科学技術の吸収、導入に役立てようという国策的な展開が見られる。

米国政府が提唱してきた「情報スーパーハイウェー政策」もしくは「全米情報基盤(NII)」と、その先進7カ国による拡大板である「地球情報基盤(GII)」の影響もあって、アジア各国で政府主導型の情報化プロジェクトの展開が急である。

その代表がシンガポールで、いちはやく「IT2000」といって、国全体を光ファイバー網で結び、「インテリジェント・アイランド」をつくりあげる構想が推進されてきたが、最近さらに具体的な情報インフラの構築をめざす「シンガポールONE」が浮上してきた。

一方その隣国のマレーシアでは、マハティール首相の強力なリーダーシップによって、新空港と新首都の建設に伴って、その隣接地域一帯を特定して、マルチメディアによる新しい都市づくりをめざす「マルチメディア・スーパー・コリドール(MSC)」計画が大々的に進められようとしている。この両国の情報化の政策プロジェクトは、互いに良きライバルとされているようで、競争意識も並々ならないものがある。アジア全体の情報化の流れは、当面はこの二国が中心となって進むといって良いかもしれない。

以下、今年の8月と11月に訪問したマレーシアのMSCプロジェクトを中心に報告する。


マルチメディアで21世紀の先進国に

マレーシアにおける情報化は、前に述べたように、マハティール首相の率いる政府による強いイニシアティブが特徴である。その中心がマルチメディア・スーパー・コリドール(MSC)で、総額で50億リギット(約2000億円)の大プロジェクトと言われている。


96年1月に首相自らが発表したMSC構想は、首都・新首都・新空港を結ぶ一体を「マルチメディア特区」に指定し、政府による「電子政府」などの先導アプリケーションを展開するとともに、区域内では「サイバーロー」の制定を宣言するなど、強力な政策誘導によって産業振興を図ろうとするものだ。

MSCは、クアラルンプールの南約40kmの位置に現在建設中のクアラルンプール新国際空港と、97年2月に竣工すると世界一高いビルとなるペトロナス・ツインタワーが中心のクアラルンプール・シティセンター(KLCC)とを結ぶ南北40km、東西15kmにわたる地域に展開される。クアラルンプール市内と新空港の間には高速鉄道と高速道路が建設され、さらに光ファイバーによる通信幹線も敷設される。

新空港は、完成時点では4000m滑走路を4本擁する、アジアでも最大級の規模の空港となり、98年にうち2本の滑走路で開港することが予定されている。KLCCは、クアラルンプール市内にある競馬場の跡地を利用し、ショッピングセンター、オフィスビル、ホテルなどからなる大規模な再開発プロジェクトである。さらに、MSC内には、政府省庁がすべて移転してできる新都市プートラジャヤが建設される。また、情報関連産業の立地と、「マルチメディア大学」などからなる研究学園都市である「ITシティ」もつくられる。政府系の研究所やベンチャー企業のインキュベーション機能をもつ「テクノロジーパーク」は、すでに完成し、入居が始まっている。

マレーシアは、「ビジョン2020」といって、2020年に世界の先進国の仲間入りをするという国家目標を明らかにしており、国全体が21世紀に新しい情報化社会に移行することの象徴として、この大規模な地域開発プロジェクト全体の名称に「マルチメディア」を選んだのだ。


「サイバーロー」の制定も

96年8月、MSCを推進する一環として、「マルチメディア・アジア」というイベントが首都クアラルンプールで開催され、冒頭でマハティール首相自ら「MSCは近隣諸国との共生をめざすプロジェクトだ」と力説する演説を行なった。この会議には公文所長が招かれて参加し、MSCの国際顧問委員会の委員に就任した。私もアジアの文化とインターネットをテーマとするパネル討論に加わった。マハティール首相の後継者といわれるアンワール副首相、レオ・モギ通信エネルギー大臣などがそれぞれ分科会の司会を勤めるなど、政府が大きな力を入れていることは明らかだった。

MSCに立地する企業を対象に、「マルチメディア保証章典(Bill of Guarantee)」と「サイバー法」が用意される。MSCをマレーシア国内のマルチメディア化のモデル地域と位置付け、MSCだけに適用される特別な法律、政策を制定し、この地域内に最善の環境を整えようというものだ。具体的には、

     
  • 世界一流の物理および情報インフラの構築  
  • 十分な規模と技能をもった労働力  
  • マルチメディアに関連する教育・研究センターの設置  
  • 外国資本の雇用や所有の規制撤廃  
  • 情報技術を利用した事業を促進する“サイバー法”  
  • 法人税の減免やインフラ利用料金の軽減などの投資優遇措置  
  • 企業のニーズに応える「ワン・ストップ・ショップ」 権能をもつ  
  • マルチメディア開発公社(MDC:Multimedia Development Corporation) の設立

などがその内容となる。

サイバーローの内容は、現在まだ検討中だが、当面はMSCの区域内で、MSC企業と認定された企業に限って適用される特別法となる見込みだ。MSCが成功すれば、次第に法律の適用範囲を拡げ、やがて全国に及ぼす予定だ。すでにペナンなどマレーシアの他の地域でも「ミニMSC」的な構想が登場し始めている。

96年秋になって具体策が徐々に浮上してきた。とくに、10月25日にアンワー蔵相兼副首相によって97年の政府予算案が発表され、その中でMSC関連の予算措置も明らかとなった。全体としては、96年も8.2%という順調な経済成長が続き、一人あたりの国民所得$4,457米国ドルに達するという好調経済で、予算は5年連続の黒字予算だというから、不況・赤字財政に苦しむ日本からみると羨ましい状態だ。そのなかでも、マルチメディアは「未来のマレーシアの産業づくり」として最重点施策に上げられ、MSC関連プロジェクトには多額の補助金が計上されている。たとえば、研究開発関連には、7億2千140万RM=約300億円が予定され、予算の総額が2兆5千億円だから、その1.2%にも相当する。全体のなかでこれだけ高い比重を割いたことで、政府の力の入れ具合はわかる。

「サイバーロー」の内容となる、以下の6項目からなるMSC立地企業に対する優遇策も発表された。

     
  1. 10年間、最大100%の税の免除  
  2. マルチメディア機器の課税控除  
  3. 「 ITシティ」への企業立地への誘導効果をもつ先行企業への特別優遇策  
  4. 外貨の取引・融資規制への特別優遇ガイドライン  
  5. 研究開発関連の中小企業には、IRPA(重点研究集中)による資金提供  
  6. 外国人雇用の自由化

MSCはこの予算案の目玉として新聞やテレビにも大きく取り上げられ、それだけに既存の勢力からは、大企業や外国企業を優遇し過ぎではないかという批判も出ているほどだ。


MSCの推進・実現は、新たに設立されたMDC(マルチメディア開発会社)が一元的に担当する。MDCは大蔵省傘下の政府系の株式会社で、元1次産業大臣の実力者、オスマン氏が総裁に就任、MSC企業に対する優遇措置などは、各省庁に個別に交渉しなくても受けられるようにすることや、MSC地域内の都市計画の立案・実施、「マルチメディア大学」の設立など、MSCに関連するあらゆる施策の総合立案・実施を担当する強力な権限を与えられている。オスマン氏自身は、MSCの成功のために教育を重視し、学校のネットワーク化にも強い意欲をみせている。

また、MITやスタンフォード大学、UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)などに働きかけ、MSC内への進出を誘致し、各種の研究所も積極的に誘致しようとしている。

97年1月には、その一環として、マハティール首相自らが率いて米国西海岸に代表団を派遣し、UCLA、スタンフォード大学などで、MSCの説明・誘致のための会議が開催される。これには、マイクロソフトのビル・ゲイツ会長、IBMのルイス・ガースナー会長らも参加するものと見られている。

企業側もMSCへの立地に興味を示し始め、米国のサンマイクロシステム社が、JAVAの開発センターを構築するとして、正式参加を表明した第一号となった。IBMも現地法人は参加を表明し、とくにMSCの重要プロジェクトである電子政府のアプリケーションの受注に興味を示している。日本からも、NTTがMSCのプラニングづくりからアプリケーションの展開まで、積極的に関与してきている。将来的には研究開発の拠点の立地が期待されているようだ。

MSCでは、他のアジア諸国との連携を非常に重視していることも大きな特徴である。マハティール首相は「ミューチュアル・エンリッチメント」という言葉を再三使用しており、アジアの隣国と共に発展していくことを強調している。マレーシアは、一般に「オープンな社会」だとよく言われる。イスラム社会が基本で、いわゆる「ブミプトラ」といわれるマレー人優遇政策を取り続ける一方、外国人にも比較的寛容な姿勢で望むというのだ。

とりわけ今後とも成長を持続していくためには、アジア諸国は互いに競争するばかりではなく、協力していくことの必要性が高いというのが、同首相の持論でもあり、アジア諸国の結束を呼び掛ける「EAEC(東アジア経済協議会)」構想もそうした思考の現われといえよう。インターネットについても、「検閲はしない」と強調するなど、「オープン性」を重視した施策をとっている。

これは、ある意味では、自由競争を主導しつつ、政府による規制を強力に推進し、インターネットへの検閲にも力を入れているシンガポールを意識した戦略展開と見ることが可能だ。



アジアのインターネット事情

アジア各地のインターネットの普及状況について、以下、概要を資料として掲載する。


マレーシア

  • TMネット(テレコム・マレーシア系) 11月1日サービス開始

     海外回線を充実:2M、512kで米国と 128kで日本と専用線接続
     国内アクセスでは、JARINGとも協調を予定
     海外への情報発信にも取り組む

  • JARING(MIMOS系)も迎え撃つ  価格引き下げでTMnetに対抗
     AIHと提携し、アジア・バックボーン(A-BONE)に参加発表(11月7日)
     「ローミング」提携も検討中、世界中で同じアドレスが利用可能に
      ダイアルアップユーザーからは「遅い」と不満出ている

  • 「イリーガル・プロバイダー」数社存在、いずれ正式認可か

  • 利用の成長は続いている

     ユーザー調査結果(MIMOS/Beta Interactive Services実施) 11月5日発表
      期間:9月15日〜10月15日
      回答:730名 学生:30%、企業人:70%、 女性:15%(昨年より4%増)
       92%が高学歴─大学卒:62%、高校・専門学校:21%、中学:11%、小学:1%
       56%が首都周辺、8%が海外から(アジア、北米、その他)
       70%が毎日利用、99%が最低週1回利用
      利用目的
       調査:36% コミュニケーション:22% 娯楽:20% 18%:ソフト入手
       商売(売る、買う):3% ショッピング利用はまだ低調
      32%がインターネット料金に不満 電話料金も同様 24%が速度に不満
      10%がマレーシア国内の情報内容が不十分と指摘


シンガポール

  • 利用は順調に広がる
      大半の学校に導入済み、利用が深化
      コミュニティー・センター(CC)にも、民間企業が設備を寄付
      メイドのワークパーミットも電子出願でOK
      政府の中途採用でも、応募者はインターネットが多かった

  • ユーザー数、順調に増加
      現在:推定15万人程度 =人口(300万人)比で5%
      10-15%/月で依然増加 年間では倍増以上のペース
      ビジネス利用が多い・個人/趣味利用も増える
      ホームページ:1万人とも

  • プロバイダー
     3社に限定認可 QOS(Quality Of Service)を義務付けられる  価格競争が始まる
     PI、サービスの低額パッケージ化
     SINGNET:アクセス用電話料金は有料に→従量課金に
          インターネット利用料金は値下げ(12時間までで9.50S$)
     課題はスケーリング=需要の増大にどう対応するか

  • 有害情報への規制を義務付け(96年7月〜)
      禁止サイト一覧をSBA(Singapore Broadcast Authority)が指定(内容は非公開)
      幼児ポルノ所持でユーザー逮捕・罰金
     「政治的対話への検閲は意図しない」と言明
      国際的には「検閲」との批判が強い

  • 国際提携の動き
      Singnet 米国とは4M専用線、中国にも128k専用線を構築、KDD等と提携
       STIX、日本のNSPIXと並び、事実上の国際IX=HUBとなる
       PI AIHでIIJ等と提携


香 港

  • 利用者20万人 人口(600万人)比3%

  • 90社ほどのプロバイダーが競争

     HKテレコム(C&W系)、91年にはインターネットを構想したが、断念・出送れる
     '92 Hong Kong Internet Gateway Servvice 開始 専用線/企業中心
     '93 Hong Kong Super Net 開業  香港科学技術大学が出資  Bob Cogshall
      個人/ダイヤルアップも重視 70%のユーザーを獲得
     StarNet:ポケットベルの大手、企業を重視 定額料金を採用
     HK Net :当初は新聞社(明報)と提携、新聞情報を提供して知識人層に人気
      情報提供を重視
     HKテレコム、ようやく最近、事業として取組開始
      VANのアクセス料金を課金 値下げ($6/分→$2.50/分)
      VODは実験開始が遅れている


中 国

  • インターネットによる先進科学技術・知識の導入には積極姿勢
     一般市民のインターネット利用の制限は解除

  • 地域・省庁毎にプロジェクトが並立
      郵電省 電子省 科学院 国務院
      北京 上海/広州がそれぞれ中心に

  • 情報規制は積極推進
      情報内容には神経を使う 100サイトを「有害」指定し、アクセスを禁止
      北京と上海のサーバーに「フィルター」を設置 ここで集中管理の方針
      反政府情報(「チベット独立」、「政治犯釈放」など)、ポルノの流入禁止
       利用者からは「プレイボーイが見られないのはけしからん」と抗議殺到

  • WWWと電子メールは利用可能、ニュースは制限 WWW発信は、ファイル検閲

  • 利用は急増、アクセス用電話回線が不足が続いている

      上海で利用者3200名(96年8月) 毎月数百名増加 実数はもっと多いと推定


PAN(PanAsia Newtorking)プロジェクト
 アジア途上国へのインターネットの普及支援プロジェクト

  • IDRC(国際開発研究センター:カナダ政府系)のシンガポール事務所が主導
     1994年にアジア10カ国の実態調査を実施
     インターネットの普及がアジアの後発途上国の経済発展に必要・有効と判断
     95年から、国別にパートナーを組み、プロバイダーの立ち上げを支援
      年間数億円の予算 アフリカ、中南米にも同様のプロジェクト展開


  • 現在、以下のインターネット・プロジェクトを支援している

     モンゴル
      インターネット・プロバイダー、96年に立ち上がる

     カンボジア
      プロバイダー、間もなく開始予定

     べトナム
      ハノイ工科大学との援助契約締結される

     ラオス
      技術訓練を政府職員に提供

     その他の国とも接触が続く 需要は増大
      ネパール、スリランカ、ブルネイ、パプア・ニューギニア…




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