アジアのインターネットを支える組織と活動


1997.1.16


会津 泉

日本インターネット協会会報『IAJニュース』所収



アジアのインターネットの普及状況は、他の世界各地と同様か、それ以上のペースで進んでいるといえる。今年1月には、6月の中国返還を目前に控えた香港で、APNG(Asia Pacific Networking Group)およびAPRICOT(Asia Pacific Rim Internet Conference on Operational Technologies)というアジアのインターネット関係者による2つの会議が連続開催され、さらに6月にはマレーシアでINET97が開かれる予定であり、世界の注目がアジアに集まることが予測される。

この地域は、ここ数年、世界でもっとも経済成長率の高い地域であり、その発展に伴って情報産業が急激に育ち、一般企業における情報化も盛んで、必然的にインターネットのビジネス利用は拡大している。とくに、韓国、シンガポールやマレーシアを始め、中国、インド、ベトナムに至る各国では、政府が情報技術の導入・普及施策を産業発展の原動力として積極的に推進・展開しており、その意味でも世界のなかでも突出した動きがみられる地域といえる。シンガポールの「IT2000」や「シンガポールONE」、マレーシアの「マルチメディア・スーパー・コリドール(MSC)」などのプロジェクトはその代表例である。

日本企業も、NTTの国際進出の対象市場としてマレーシアやインドネシアが浮上し、KDDなど国際通信会社も、専用線需要の大幅な伸びを含めてアジア地域でのインターネット、イントラネットの需要増を実感している。さらに、エレクトロニクス・家電関連メーカーをはじめ一般の製造業でもアジア市場の拡大、生産・流通拠点としての事業展開などとの関連で、インターネット分野の取組みが重要な課題となってきた。

国際的にインターネットを支えている組織/活動のうちアジア地域で独自に存在する主なものとしては、APNIC (Asia Pacifc Network Information Center)、Asia Pacific Networking Group (APNG)、APRICOT (Asia Pacific Rim Internet Conference on Operational Technologies)、APPLe (Asia Pacific Policy and Legal forum)などがある。

以下にこれらの活動の概要を報告するが、前述のように1月に香港でAPNGとAPRICOTの会議が開かれるため、その結果で状況はかなり変わるものと予想される。


APNIC インターネット資源の管理割当
APNICは、アジア太平洋地域におけるインターネット資源の管理、とくにアドレスの割当を行なっている組織で、法律上の本籍はセイシェルに、活動の本拠地=事務所は東京テレポートビル内に、各種サービス用のサーバーは東京、韓国、台湾などに分散して置かれた非営利法人である。

現在のインターネットの国際的なアドレス管理・割当の仕組みは、数段階からなる階層構造をしている。究極的にはISOC(Internet Society)が管轄するのだが、ISOCはその権限をIAB (Internet Architechtrue Board)に委任し、IABはさらにIANA (Internet Assigned Number Autohrity) に委任する構造となっている。さらに、実際のアドレスの割当業務は、世界を三地域に分け、北米・中南米地域は米国にあるInterNICが、欧州地域はRIPE NCCが、そしてアジア太平洋地域はAPNICが、それぞれ所管している。

こうして、APNIC がアジア太平洋各国のインターネット利用を希望する法人/組織に対して、インターネットのIPアドレスの割当、管理を行なっている。しかし、日本や韓国など国別にNICが組織としてすでに確立されている国に対しては、APNICが直接アドレスを割り当てるのではなく、その国のNICにあらかじめアドレススペースを一括して割当て、個別の割当作業は、当該NICが行なっている。国別のNICが未確立の国・地域に対しては、APNICが直接割当る仕組みである。

APNICの主たる業務はこのアドレスの管理割当にあるが、しかし、それだけに限定される訳ではない。APNICは、その活動目的としてアジア太平洋地域のインターネット・コミュニティの発展のための技術標準の普及、業界の技術・ポリシーの理解の促進とそのための教育、共通のポリシーの育成なども掲げている。

承知の通り、インターネットのドメインネームの割当方法については、トレードマークとの摩擦問題をきっかけに、国際的なトップレベル・ドメインを増やす方向で議論が進んでおり、ISOCが呼び掛けて発足したIAHC (International Ad Hoc Commitee)が1996年12月19日に改定案を発表し、近くアドレス割当の方法も、競争原理を導入して担当組織を増やすなど、大きく変わる可能性が高い。

今後IPアドレスの割当がより市場原理に近い方法で行なわれ、また国別NICが整備されるにつれて、APNICの機能の中でのアドレス割当比重は大きく下がり、各国のプロバイダーを中心に、インターネット業界の発展のための国際的な業界団体としての性格を強める可能性が高い。現にAPNICは、後述するAPRICOTの開催など、その活動の範囲を拡げようとしている。


APNG 緩やかな交流・触媒役
APNG (Asia Pacific Networking Group)は、アジア太平洋地域の研究ネットワークの交流グループAPCCIRN(Asia Pacific Coordinating Commitee for Intercontinenatl Resarch Networks) を改名し、アジア太平洋地域のインターネットの普及発展に関心をもつ人々がボランティアで集まり、人的交流と情報交換のための会議やセミナーなどを中心とする活動を続けてきた緩やかな組織である。その目的は、アジア太平洋地域のインターネットに関連する共通の課題と活動について交流・コーディネートしようというものだ。

実際の活動としては、年2回、INETの開催直後とその約半年後に会議を開いている。またテーマ別のワーキンググループ(WG)および臨時のグループ(BOF)が構成され、メーリングリスト中心の交流も行なわれている。いずれもボランティア原理によるボトムアップ型の活動の集合体といえる。

初代の会長は韓国KAIST(Korea Advanced Institute of Science and Technology)のキルナム・チョン(Kilnam Chon)氏が勤め、1995年のINETハワイ大会の時点で、日本インターネット協会の会長でもある東京大学の石田晴久先生に交代し、現在に至っている。

前身のAPCCIRN時代を含めて、これまで、神戸(1992)、サンフランシスコ(1993)、プラハ(1994)、中国(1994)、ハワイ(1995)、シンガポール(1996)、モントリオール(1996)とAPNGの会議が開かれてきた。97年は1月24日から28日まで香港での開催が予定され、この記事が読まれる頃には終了しているはずである。もちろん6月のクアラルンプールでのINET97の時にも開催される予定だ。

毎回の会議には、開催地にもよるが100名前後が参加し、WG、BOFの活動報告、各国代表による国別状況報告、プロジェクト報告があり、アジア地域のインターネットの発展状況の概要を知ることができる。参加者は常連と新規参加者がそれぞれ半分づつ位という構成で、相対的には、常時活動をしている組織というより、年二回の顔合わせ、アジア各国のインターネットの発展状況をお互いに知り合い、交流することそのものに、その大きな意義がある組織だといえよう。交流活動を進めると、異なる国同士で共通の課題を持つ人間同士が、親しく知り合うことを通じて、共感と協力心が生まれ、特定分野のテーマに特化したグループが誕生していく。それがWGであり、BOFである。

主なWGとしては、発展途上国へのインターネットの普及推進活動を目的とするDeveloping Countries、商用利用関連のCommercial、学校教育でのインターネット利用をテーマとするEducation、文字コードの国際化などの課題に取り組むInternationalization、様々なセミナーやワークショップの開催のためにWorkshopがある。BOFには、インターネット・エキスポのグループ、そして衛星通信により、アジア途上国に高速のインターネット用インフラを提供しようという実験プロジェクトであるAIII、障害者のインターネット利用を課題とするDisabilities、キャッシング技術に取り組むCache、アジアのハブについてのHub in Asia 、アジア・太平洋地域での高速ネットワーク実験に取り組むAPAN(Asia-Pacific Advanced Research Information Network)などがある。

さらに、APNGから一歩スピンアウトする形で外へ出ての新しい活動・組織も生まれている。たとえば、プロバイダーなどでネットワーク運用に携わる技術者を対象とした実用的な技術や知識の習得を主とする会議であるAPRICOTや、法律・政策課題などを専門に討議するAPPLe、あるいは近く発足が予定されているインターネット関連の事業者による業界団体であるAPIA (Asia Pacific Internet Association)などは、いずれも大かれ小なかれ、APNGでの交流あるいはWGやBOFが母体となって生まれたものといってよい。

これらの中には、表面の現象だけみると、ただ年2回集まって会議をもつだけというAPNGの緩やかな活動方法に不満をもち、APNGとは別個に、より恒常型の組織・活動へ向かおうとするものもあるが、実際にはAPNGでの出会いが契機となって実現したとも考えられる。その意味でAPNGは、「触媒」的機能を十分果たしているとみるべきだろう。

なお、APNGではアジアの途上国のインターネット普及発展に寄与することに力を入れ、これまでに北京でインターネットのビジネスセミナーを開催した他、今回の香港の会議でも中国本土から40名を招待しての特別セミナーを事前に開催する計画が進んでいる。また、日本インターネット協会もAPNGには財政面を含めた積極的な支援協力を行なっていることも附記したい。


APRICOT インターネットの運用技術・知識獲得の場
APRICOTは、アジア地域でのインターネット利用の急速な増大、とくに商用サービスプロバイダー(ISP)の急増に伴い、ネットワークの運用管理者・組織を対象に、技術者の人材養成、実用的な技術と知識の習得を主な目的として開催される会議である。米国を中心に、世界のトップレベルの技術者を講師に招き、最新知識、高度な技術が得られるようになっている。したがって、参加対象は、ISPに加えて、各国や地域のバックボーン・ネットワークの運用技術者、WWW提供サービスや企業のイントラネットなどの担当者、さらに機器のベンダーやシステム・インテグレーター企業などが含まれる。

第一回のARPICOTは、96年1月にシンガポールで開かれ、約300名が参加した。第二回は97年1月に香港で開催される。第一回は、当時香港でインターネットのコンサルティングを行なっていたボブ・コグシェル(Bob Cogshall)氏が全体のチェアを、APNICのディレクターのデビッド・コンラッド(David Conrad)氏がプログラム・チェアを勤めた。実行委員会には、テルストラ(オーストラリア)、シンガポール・テレコム、パシフィック・インターネット(シンガポール)、アイネット・テクノロジー(韓国)、NTT(日本)など、主として各国のプロバイダーや通信事業者が参加した。

今回の香港でのAPRICOTは、全体テーマが「アジア太平洋のインターネットの成長の管理(Managing the Growth of the Asia Pacific Internet)」、4日間にわたるプログラムは、最初の2日間がチュートリアルで、初歩から上級までのセッションが用意され、一般的なUNIXでのドメインネーム・システム、セキュリティ、システムの運用管理方法から、WWWサーバー、TCP/IPとルーターなどの運用技術が取り上げられる。次の2日間は会議として、ネットワーク運用、アプリケーションとサービス、インターネットの政策・法律課題、ビジネスなどテーマ別の発表と討論が予定されている。メーカーの展示ブースも設けられ、インターネット関連の最新の機器や技術が紹介される。

協賛企業には、AT&T、ドイツテレコム、フランステレコム、スプリント、グローバルワン、シンガポールテレコムとそのプロバイダー部門のシングネット、IBM、シスコ、DEC、サン・マイクロシステムスなどの企業およびAPNICやCIX(Commercial Internet Exchange)などの非営利組織が並ぶ。今回初めて、日本からNTTとKDDが、香港からホンコンテレコムが、またA-BONEが、それぞれ協賛企業に加わった。

APRICOTは、相対的には規模の小さなベンチャー企業が多い独立系のISPとインターネット事業に進出を始めた電話会社とが相互に協力することで、単独では難しい技術者育成のためのイベントが開催でき、インターネットのアジア太平洋地域全体の運用技術のレベルアップに貢献する機能を果たしている。


APPLe 政策・法律・制度論議の場
APPLeは、インターネットに関連する政府の政策・法律・制度を対象分野として、当初APNGのBOFとして生まれ、モントリオールのINET96を契機に独立性を高めて今日に至っている。実体としては、APNGやAPRICOTの会議に合わせてシンポジウムや分科会を主催し、その間はメーリングリストで活発な議論を続けている。

アジア諸国では、シンガポール、中国など、政府がインターネットの事業や利用を規制しようとする動きが顕在化しつつあり、プロバイダー事業への厳しい許認可制度や、ポルノ、宗教、政治的内容をもった情報内容の政府による統制などの問題が浮上している。しかし、インターネットは国境を超えた情報の流れを容易にするだけに、これらの課題は、一国政府による統制だけで簡単には解決できるわけではない。プロバイダー側も、自国では認められることが他国では禁止されるというのでは、安心して事業展開できない。利用者も混乱する。APPLeは、ドメイン・ネームと登録商標の問題も含めて、これらのインターネットにかかわる重要な政策・制度・法律上の課題について、情報交換を推進し、共通の意見の形成をめざしている。


PANプロジェクト 途上国へのインターネット普及支援
アジアの後発途上国でインターネットが普及支援を目的とする国際協力プロジェクトが、カナダ政府系の国際協力組織である IDRC(国際開発研究センター)のシンガポール事務所が主導して取り組んでいるPANである。アジアの後発途上国でのインターネットの速やかな普及が、経済発展を促進する効果が高いとの考え方に基き、1994年に実施されたアジア10カ国の実態調査が基本となって計画され、95年から国別にパートナーを組み、プロバイダーの立ち上げや、インターネット上で提供されるコンテンツ制作の支援など、本格的な活動が開始されている。日本円にして年間数億円規模の予算で、モンゴルで96年に商用のプロバイダーを立ち上げた他、現在カンボジア、ラオス、バングラデシュ、ベトナム、モルジブ、スリランカなどで取組みが進められ、ネパール、ブータンなどにも拡がろうとしている。

なお、このPANのアジア地域での成功をモデルとして、IDRCではアフリカ、中南米でも同様のプロジェクトの展開を始めつつある。



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