はじめに



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なぜアジア、マレーシアなのか

 1990年代後半の世界の経済成長は、米国と、日本を除くアジアが双璧だったと言って過言ではないだろう。日本はアジアの一角を占める一大経済主体でありながら、バブル経済崩壊の痛手から回復できず、本来必要な政治・行政・社会の構造改革の遂行にもたつき、21世紀に移行するための重要な数年間をあたら空費した感すらある。
 しかし、1996年まで年間8〜10%という高成長率を維持して「アジアの奇跡」を誇ってきたアジアの「タイガー」諸国は、97年7月に起きたタイのバーツ変動制への移行が発端となって始まった一連の通貨危機をきっかけに、株式市場の暴落、金融不安へと続く深刻な経済危機に見舞われ、その発展の勢いを急速に失いつつあるかに見える。
 とはいえ、これでアジア各国の成長の基盤がすべて失われたと見るのは早計だろう。なかでも、マレーシアとその隣国のシンガポールは、情報技術産業の振興とその積極利用による新しい形の産業開発に国力を注入するという戦略をいち早く固めていたといえる。それぞれ、「マルチメディア・スーパー・コリドール(MSC)」と「シンガポールONE」という国策の情報化プロジェクトを推進することで、いま米国中心に到来しつつある情報産業中心の「ニュー・エコノミー」に呼応する新たな潮流の推進勢力に加わろうとしていると見られる。
 アジア諸国における情報技術産業先導による経済開発という潮流は、この二カ国にとどまらない。台湾、香港はもとより、タイ、インドネシア、フィリピンなどにおいても、経済不況にもかかわらず、否むしろそれだからこそ、合理化と新しい発展を求めて、情報技術への投資の勢いは今後も続くものとさえ考えられる。  さらに、中国、インド、ベトナム、ミャンマー、カンボジア、ラオスなど、経済発展の水準においては「タイガー」諸国に及ばない多くのアジア諸国にも、情報化に取り残されることは経済発展そのものの遅れに直結するとの危機意識を広めるなど、マレーシアとシンガポールは大きな影響を与えている。アジア各国の政府は、情報技術の重要性について一様に高い認識をもち、それぞれの実情に応じた解釈を加えつつ、各種の振興政策を積極的に展開しようとしている。
 そのなかでも、マレーシアとシンガポールは、官民あげて情報分野での国家プロジェクトに最優先で取組もうとしている点でいわば「別格」的な存在であり、それだけにその成否については高く注目される。しかも、80年代半ば早からいち早くIT2000プロジェクトを推進してきたシンガポールが、必ずしも顕著な成果をあげられなかったのに対して、マレーシアは90年代半ばの新しいディジタル革命の潮流を巧みにとらえ、マハティール首相の卓越した構想力によってMSC(マルチメディア・スーパー・コリドール)を高く掲げ、世界各国の指導者、有識者、有力企業らの耳目を集中させるに至ったのだ。かつて東南アジアの経済発展は、日本が先導する雁行型だと言われたが、情報化の流れでいえば、いまや主役はシンガポールやマレーシア、台湾などに交代の時期を迎えたと言える。

不安と期待の交錯

 とはいえ、昨今のアジアを襲っている経済危機は、半端なものではない深刻さを現している。マレーシアは、当初こそ金融機関が破綻をみせたタイやインドネシアなどに比べると通貨・株式の下落率もさほどではなく、製造業を中心とする産業活動も堅調で、経済ファンダメンタルズの面でまだ余裕があったが、97年11月から12月にかけて通貨安、株安に歯止めがかからなくなり、金融機関の不良債権額も多いと予想され、外貨準備高が危険ラインとされる輸入額3カ月分に近づくなど、経済システム全体についての不安が急速に増している。
 政府は12月初めに、98年度の新年度予算を当初案より18%削減すると発表し、経済成長率も4〜5%%へと下方修正し、緊縮財政による引き締めを行なう決意を明らかにした。外貨の流出を防ぐため海外旅行の自粛や贅沢品抑制キャンペーンも始まり、海外留学も好ましくないとの意向が表明されている。
 これらの経済動向が果たしてMSCの前途にどのような影響を与えるのか、世界はあらためて注目している。通貨安は、当然、海外市場に対してコスト安として働き、輸出競争力は回復を示している。アジア域内でみれば、市場の縮小と同時に、他国も同様に通貨安を武器に輸出を拡大しようとするのだが、欧米市場に対しては、中国、日本などと比べての競争力の回復要因は無視できない。

求められる長期的視点

 MSCに限っていえば、投資回収期間の設定にもよるが、現在はまだ主として土地の造成段階で、企業の本格入居が可能になるのは、1999年以降であり、本格的な収益が見込めるのは2000年から2002年以降と考えられる。その意味では、短期の投資回収より、中長期的観点からの分析が重要であろう。現在の通貨安は土地や人件費などの相対的なコストが大幅に下がったことをも意味し、投資のタイミングとして絶好機が到来したと見ることも可能だ。
 バブルの絶頂期の日本企業は、よく「部分的にはたとえ赤字を出しても、短期の収益にこだわらない長期的な視点での戦略的経営で成功している」と評価された。一方、不況から脱出できないでいた米国企業に対しては「四半期毎の収益に経営者が一喜一憂し、長期的視点での戦略に欠ける」との批判が強かった。だが、現在はまるで様変わりしたようだ。
 アジアの経済は、今回の危機を堅実に乗り越えれば、まだまだ成長の余力をもっている。首尾よく3〜5年程度で経済が回復できれば、MSCは絶好のタイミングで花を開かせるだろう。万一10年ほどかかるとすれば、見通しは暗い。MSCあるいはシンガポールONEなど、次世代の潮流を先取りする情報化プロジェクトが存在していることは、まさに希望の象徴とさえいえるのではないだろうか。仮にこうした未来志向プロジェクトがまったく存在していなかったとすれば、それこそ危機はより深刻で、出口無しのものになっていたかもしれない。

 現在の危機を次の成長への好機とできるかどうかは、何よりも当事者、マレーシアでいえばマレーシアの人々自身の努力と英知にかかっている。西欧諸国が産業革命を経て成熟した近代社会に到達するのに約250年、日本が明治維新と二度の世界大戦を経て、欧米先進国に経済社会の面で追いつくのに、ざっと150年が必要だった。これに対して、マレーシアでいえば、100年前までは封建制と部族社会が中心であり、第二次大戦後に復活した英国の植民地支配から独立し、スズとゴム、ヤシ油という典型的なモノカルチャー経済からICなど電子製品を中心とする製造業主体の工業国に脱皮するのにわずか30年余りと、日本の倍以上の速度で国が発達してきた計算になる。
 それでも、社会のあらゆる面で効率化が進み、整然とした企業活動が浸透しているいまの日本のビジネス感覚からすると、納期や品質、ビジネスの経営手法などの面で、マレーシアの効率の悪さは目立つのも事実だ。MSCの実現にあたっても、現地の日本企業の関係者の間には、人材の不足、技術レベルの低さなどが大きな障害になると指摘する声も強い。
 しかし、急速な近代化を実現しつつも、イスラム文化を中心とする伝統的な文化と価値観を失わず、マレー系、中国系、インド系などの複合民族国家という厄介で複雑な構成も多様性という武器にしてしまい、日本も西欧も、良いところは素直に取り入れ、合わないところは無理に迎合しないというマレーシア社会の柔軟な仕組みは、情報化、インターネットによるグローバル化の潮流のなかでも、おそらく独自の機能を発揮する可能性があるだろう。
 ぜひそう期待したい。

 いまMSCは「生みの苦しみ」に直面している。しかし、厳しい環境のもとで生まれ、逆風のなかで育てられれば、丈夫に育つ可能性もそれだけ高くなる。
 「アジアの奇跡」は、おそらく第二幕を迎えようとしているのだろう。幕が開いたというのにはまだすこし早く、場内は暗転しているままだ。舞台は用意された。シナリオもでき上がり、役者たちの稽古も終わろうとしている。配役のなかに、日本の企業の姿が見えないのが気になる。いまならまだ間に合う。



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