第2章 MSCの概要


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1 物理インフラ、通信インフラ、ソフトインフラの同時並行開発


 MSCとは、マレーシアの首都クアラルンプール(KL)の南に隣接する南北50km、東西15km、総面積が750平方kmと、シンガポール全体の面積を僅かに上回る面積の地域を舞台とする総合プロジェクトである。
 この地域の現況は、油ヤシとゴム林の広大なプランテーションおよび一般の山林が大半を占め、その間に工業団地、住宅、商業施設、ゴルフ場・ホテルなどのリゾート施設、大学などが開発されて点在する都市郊外地である。面積的にはわずかだが、かつての錫鉱山跡地も点在している。交通の面では、マレーシア経済の動脈でもある、クアラルンプールからジョホール、そしてシンガポールへと国土を南北に縦貫する高速道路とマレー鉄道に近接している。
 ここに、物理インフラ、通信インフラ、ソフトインフラの3種のインフラをワンセットにして同時並行で開発しようというのが、MSCの基本コンセプトである。

1) 環境を重視した良好な物理インフラの開発
 MSCを構成する第一の要素は、環境条件を重視した新しい都市インフラの物理的な開発整備で、その実体は新種の不動産開発プロジェクトともいえる。
 MSCの地理的な北端に位置するのが、KL都心北部の旧競馬場跡地を再開発するクアラルンプール・シティ・センター(KLCC)で、88階、高さ452mという世界最高の高さを誇るビル、ペトロナス・ツインタワーが建設され、すでに一部入居が開始されている。KLCC全体は、敷地40haと規模的には世界最大級の都心再開発事業で、ツインタワー以外にも、計20棟ほどのオフィスビル、ホテル、デパート・ショッピングセンター、広大な都市型公園が総合的に建築される。
 MSCの南端には、4000m滑走路が当初2本、最終的には5本用意されるアジア最大級の新国際空港(KLIA)が位置し、98年春に開港が予定されている。KL市内までは専用高速道路で結ばれ、車で約30分ほどの距離になる。

【図2-1 MSC開発概念図】




 この二大拠点に挟まれた一帯がMSC地域で、その中央部に、2つの中核都市が構築される。一つが「プートラジャヤ」でもう一つが「サイバージャヤ」である。
 これらの隣接する双子都市は、合わせて「メガジャヤ」と呼ばれ、環境と景観を重視し、30%もの面積にあたるオープンスペースが確保されるという。プトラジャヤは中央に広大な人工湖を配し、サイバージャヤは緑の空間を確保し、いずれも「ガーデンシティ」を謳い、最高の環境を誇っている。
 プートラジャヤは、連邦政府のほとんどの省庁が移転する予定の新行政府で、総面積が4250ha、当初、政府職員が7万6千人、民間人が5万9千人居住し、住宅は合計5万2千戸、政府職員用が3万5千戸の建設が予定され、完成時には人口25万人の都市になるものと想定されている。プートラジャヤは実際にはMSCより先行して計画されたもので、98年中には首相官邸を先頭に省庁の移転が開始される予定となっている。
 もう一つの新都市が「サイバージャヤ」で、当初ITシティと仮称されていたように、情報技術関連の企業組織を集積するモデル都市である。サイバージャヤの総面積は7000ha、想定人口は24万人とされている。プートラジャヤより人口密度はさらに低い。それだけ緑地、環境への配慮を謳っている。ここには情報技術の関連産業を集積し、オフィスと住居、ホテル、ショッピングセンターなどの商用施設が共存する。
 サイバージャヤの中核地区は「フラグシップ・ゾーン」と呼ばれ、合計2800haの面積を占める。そのうち1期工事分が1,346ha指定されており、表2-1のようなゾーニング計画となっている。中心部には80haの敷地にマルチメディア大学のキャンパスが展開されるほか、テレコム・マレーシア(11ha)、MDC(6ha)、NTT(6ha)などの企業の研究開発拠点の立地が予定されている。

【表2-1 フラグシップ・ゾーンの土地利用計画】


 MSC地区では、この二都市以外にも、「テレサバーブ」、「R&Dゾーン」、「ハイテクパーク」、「サイバービレッジ」、「エコメディアシティ」、「エアポートシティ」などの都市機能群が順次展開される計画だが、現在は、メガジャヤの二都市が優先的に建設され、その他の詳細は明らかにされていない(図2-1)。

2) 世界水準の通信インフラの整備
 このMSC地域には、高水準の交通・通信インフラが整備される予定である。とくに最大の看板である「マルチメディア」を支える主要要素として通信インフラが重視され、世界最高水準の技術・品質のものが最低の価格で提供される予定と発表されている。幹線にはATM(非同期転送モード)交換機を配備し、毎秒2.5ギガビットから最大10ギガビットまでの高速バックボーンが整備され予定である。
 世界中から情報技術分野の一流企業を誘致するとともに、情報技術の活用を図るユーザー企業をも誘致し、新種の産業集積を狙っている。この背景には、MSCの構想段階で、外国企業、国内企業の双方からマレーシアの現状における企業立地の問題点、立地にあたっての重視点などを調査した結果、通信インフラの重要性を指摘した企業がもっとも多かったというデータに基ずく戦略である。
 通信ネットワークの基幹となるバックボーン・ネットワークおよびアクセス・ネットワーク(加入者ケーブルからATM交換機まで)の構築・運用は、テレコムマレーシア(TM)社が単独で、独占的に行なうことが、1996年7月に正式決定・発表されている。
 当初は、NTTがOCN(オープン・コンピューター・ネットワーク)構想の採用を提案し、TMもこれに同意してOMN(オープン・マルチメディア・ネットワーク)が構築されると発表され、インターネットへの積極的な対応が進められると報じられていた。ところが、最近になって、TMは必ずしもOMNの推進を打ち出しているとは見られず、むしろ広帯域ATMネットワークへの傾斜が強まっているとも観察される。この点については、別項で詳しく分析する。
 価格面では、世界でも最低水準の料金で提供すると発表されている。ただし、97年秋までには具体的なサービス品目と価格体系は決定されておらず、進出企業に対して具体的にどの程度の価格帯で提供されるのかは明確にはなっていない。

3) 独自のソフトインフラ整備
 MSCが世界の他の同傾向のプロジェクトと明らかに異なるのは、物理的な施設=ハードインフラに加えて、税制、法体系などの社会制度、いわゆる「ソフトインフラ」を積極的に整備・提供するところにある。
 「マルチメディア権利保証章典」、「サイバー法」などがその中心で、政治的な安定度の高さを誇るマハティール首相の強い指導力が発揮されて実現できる、マレーシア政府ならではのスキームといえる。
 「マルチメディア権利保証章典」とは、MSC地域に立地する企業に対して、以下の6点を骨格とした優遇措置を約束したものだ。

 1) 世界最高水準の物理・情報インフラ
 2) 外国人知識労働者の自由な雇用
 3) 外国資本の自由な投資
 4) 最大10年までの税金優遇
 5) インターネットへの検閲はしない
 6) 低価格の通信環境の提供

 これに加えて「サイバー法」といって、マルチメディア時代を前提とした新しい法体系の一群が用意される。すでに、ディジタル署名法、コンピューター犯罪法、ディジタル著作権法、遠隔医療法などが成立(一部修正)した。これによって、コンテンツのネットワークでの配信や電子取引(EC)など、コンピュータやネットワークを広範に利用した新しいビジネスを円滑に進めやすい環境が整備されようとしている。
 次期国会では、マルチメディア知的財産権法、電子政府法、放送、通信、コンピューター利用の融合法案の上程が予定されている。この融合法案は現時点では詳細は不明だが、インターネット普及を前提に、放送、通信分野の境界が不明瞭になる時代に、事業分野についての大幅な規制緩和がなされる可能性もある。
 これらのサイバー法は、実際にはMSC域内に限定されることなく、国内全域が対象となるとされている。ただし、具体的な適用、運用にあたっては、MSC区域を特別扱いする可能性も依然残っているとも考えられる。



2 MSCの予算と投資規模


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1) 概算1兆7500億円
 MSC全体の総予算は、概算で500億リンギット(約1兆7,500億円)とよく言われる。ただし、具体的な予算内訳については、どこにも統一的な公表数値はなく、正確な数字を得ることは難しい。そこで、以下に新聞、雑誌など各種の報道などによる断片的なデータを集め、それを基に開発予算の内訳などを推計してみた。ここから、MSC構想が発表される以前から存在していたKLIA新空港とプートラジャヤの建設関連の費用を除き、純粋にMSCにかかわる費用を算出してみると、約150億リンギット、日本円では概算5250億円ほどになる。
 ただし、これらの数値はあくまでも概算であり、今後の情勢によって大きく変わる可能性は高い。ここでは、政府予算の占める比率が低いことも注目に値する。

【表2-2 MSCの構築費用】 (1RM=35円)


2) 民間投資、5年で1000億円
 上記費用は主としてインフラ構築と環境整備にかかる費用であり、民間プロジェクトして推進されるツインタワーを含むKLCC(クアラルンプール・シティ・センター)やサイバージャヤの建物の建設費などは含まれていない。
 さらに、この他に、MSCに進出する民間企業による各種投資が計上される。これについては、MSC推進の政府組織であるMDCが97年12月に発表した数字によると、これまでに進出を申請した企業173社のうち、実際に進出が認められたのは88社で、その合計が、投資額が向こう5年間で30億リンギット(約1千億円)、予想される総売上は120億リンギット(4千200億円)に達するものと見られる。
 ただし、MSCへの進出企業はまだ増えるものと見られる一方、この数字はあくまで申請ベースのものであるから、実際の投資額は、個々の情勢判断によってかなり変化することは避けられない。

3) 土地の販売価格
 MDCによれば、MSCの中心、サイバージャヤの土地の販売価格は、次表のように予定されている。ただし、この数字はあくまで一般値で、具体的な立地条件や面積によって上下する。

【表2-3 サイバージャヤの用地予定販売価格】 (1RM=35円)



3 3段階での実現計画


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 MSCは、2020年までを3段階に区切って展開することを予定している。当初こそ首都の南、15×50kmの特定の地区で集中的に実験プロジェクトを推進する予定となっているが、2006年頃からの第二期以降は、それらの実験で得られた知見、経験をもとに、国内の数カ所の都市・地域にMSCと同等の機能をもつ情報都市の集積展開を図り、最終的には2020年にマレーシア全土に、MSCを拡大して実現するという、壮大な構想をもって進められる計画であるという点だ。
 事実、ペナン州、ジョホール州などをはじめ、首都クアラルンプール以外の地域でも「ミニMSC」的なプロジェクトの構想がすでに立ち上がろうとしている。


【表2-4 MSCの3段階の展開計画】



4 プロジェクト構造の分析


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 MSCの性格を分析するためには、その全体構造を、
 1)新都市開発プロジェクト
 2)情報技術(IT)産業の形成プロジェクト
 3)産業社会全体の構造転換プロジェクト

 という異なるレベルをもった3つのプロジェクトの複合体として成立しているものとして理解することが重要と思われる。
 プロジェクトの理念、コンセプトの部分は、国家主導型で、政府、とくにマハティール首相のビジョンが強烈な推進力となっている。しかし、前述したように、資金的には政府予算の占める比率はきわめて少なく、事業主体は大半が民間企業である。その意味では、官民合同ないしは「民活」型のプロジェクトである。
 それだけに、民間資本の投資回収が困難となればプロジェクトが頓挫するというリスクもある。

1) 新型都市開発プロジェクト
 MSCは、まず第一に、新しい形態での都市開発プロジェクトである。
 首都KLは、近隣の開発が予想以上のペースで進み、隣接するプタリンジャヤ(PJ)などを含む都市圏全体は人口が推定300万人を越え、260万人程度を想定したマスタープランに基づく既存のインフラではこれに対応できなくなっていた。
 交通渋滞が激しく、水道も一部地域では断水を繰り返すなど、都市機能面では明らかに飽和状態となっている。8%前後の経済成長が10年間近く続き、人口は、自然増に加えて、地方から首都圏への流入という社会増による集中現象が起きていった。
 KL都市圏の基本機能は、これまでは、高速道路、鉄道の整備を含めて、東西方向、とくに玄関港であるクランへと西に伸ばされてきた。しかし、マハティール首相の就任後、東西方向の発展が飽和に達しようとしていることを踏まえ、南北方向、とくに南方向への拡大が計画され、南北高速道路の建設、新国際空港の建設など、いわば垂直軸が加わった。
 よく誤解されるが、MSCの予定地一帯は、もともとまったくのジャングル=原野ではない。首都KLの都心からわずか20〜40km以内という近距離に位置し、油ヤシおよびゴムの大規模農園(プランテーション)、錫鉱山の採掘跡などが散在する近郊の田園地帯である。
 近年この一帯はKLの都市機能の急激な拡散、いわゆるスプロール現象に晒され、一部の立地条件の良い所は工業用地、大学キャンパス、民間の住宅地、ホテルやショッピング・センターなどの商業施設、競馬場や運動競技場、ゴルフ場やテーマパークなどのリゾート地に転用されてきた。
 交通アクセスなどの立地条件の良くないところは、農地として継続利用するには生産性の面から不利と考えられる。かといって、従来のように単なる工業用地を造成しても、安値では採算がとれない反面、割高にすれば進出企業は採算に合わないと見送られる可能性が高く、地権者はより付加価値の高い土地利用を求めるようになっていた。
 こうして過度の集中が進行する都市機能の分散を図り、首都圏域全体の拡大を図る都市計画が必然的に求められていた。こうしてKLIA新空港、KLCC再開発、プトラジャヤ新行政都市、新国立競技場などの建設が進行し、これらの拠点を結ぶ高速道路、鉄道、モノレールなどの交通インフラ網の整備も計画されていった。
 しかし、これらの都市機能だけは新たな産業の創造や付加価値の生産に結びつく要素が十分とはいえず、逆に新設されるインフラ機能を満たすだけの十分な利用人口の増加が見込めず、結果的に採算がとれない可能性も高かった。
 経済政策的には、90年代後半には既定の大規模プロジェクトの多くが終結するものと考えら、公共工事の発注の追加・拡大も図る必要があった。建設資本に対して大きな事業目標を与え、民間部門による開発に対する効果的なインセンティブが求められていた。
 従来は工業に力を入れ、製造拠点を増加させれば、それに対応してオフィス機能、住宅機能、運輸・港湾・物流機能などへの需要も増大し、経済発展に結びつくとされてきた。しかし、最近は中国やインドをはじめとする他のアジア諸国も製造拠点としての競争力を高めるなか、単純な製造業への依存では十分な付加価値の創造は困難となることは必至といえた。
 こうして、新種の産業形成を行ない、それを核として都市機能の開発を行なうことがどうしても必要だというのが、MSCを構想した政府内部の識者たちが到達した結論であった。それは、この地域の大規模土地資本であるプランテーション事業者にとっても、土地の高度利用を求める上で利害が一致する結論でもあった。当然、MSCの開発には彼らプランテーション会社も資本参加しているのである。

2) 情報技術(IT)産業形成プロジェクト
 従来型の製造業がいずれ飽和に到達することは誰の目にもほぼ明らかになろうとしていた。それでは、いかなる産業が次の時代の中核産業となるのか。それに対する仮説としての答えが、MSCであり、ITである。すなわち、MSCの第二の側面とは、21世紀に向かうマレーシアが必要とする新しい中核産業として、マルチメディアを中心とした情報技術産業を形成するということにある。
 この決定にあたっては、93年から95年にかけて世界的に沸き起った「情報スーパーハイウェー」、「ディジタル革命」、「インターネットの爆発」などの現象が、大きな影響を与えたことは想像に堅くない。
 とはいえ、残念ながら現在のマレーシアには、マルチメディアやITの産業基盤が十分に存在している訳ではない。香港、台湾、シンガポール、韓国などの他のアジア諸国と比較しても、国内の人材の質と量、教育体制、情報技術関連企業の存在など、基本となる技術資源の面で、マレーシアは相当不利なポジションにあることは否定できなかった。
 むしろ、マレーシアの豊かな自然環境を考えると、バイオテクノロジー、アグリビジネス、エコビジネスなど、膨大な森林資源、未開の土地、豊富な降雨量など熱帯独自の自然資源を活かした分野に特化した産業の形成を目指すというシナリオも十分考えられたはずだった。
 この点については、そうした比較検討が行なわれたという関係者の証言がある。しかし、これら他の可能性のある有望産業分野との比較シミュレーションを行なった結果、「他に選択の余地はない」として、ディジタル技術の急速な技術革新を中核としたマルチメディア産業の形成というシナリオが採択されたという。
 ただし、マルチメディア産業の育成には不利な立場にあることを認識したマレーシアが選択したのが、まずは外国資本による投資を積極的に誘導すし、優秀な人材と第一線の技術の供給源を海外企業に求め、その後時間をかけて技術移転を進め国内の人材を育成するという戦略であった。これは、70年代から80年代にかけての工業化、製造業の形成にあたっても同様の構造的問題を抱え、外国資本に徹底的に依存することで成長してきた経験をもつマレーシアとしては当然の作戦でもあった。
 今回は「ルック・イースト」ではなく、いわば「ルック・シリコンバレー」が基本戦略となった。まず大前氏とNTTという日本のブレーンと技術力を導入してプロジェクトを立ち上げたが、真の狙いはマイクロソフトやサン・マイクロシステムズなどあくまで米国の最先端のハイテク企業にあったと見られる。しかし、最初から直接米国企業に進出を要請するのではなく、NTTを筆頭とする日本企業を触媒として利用するというのが、マハティール首相一流の高度な戦略であったとも考えられる。
 繰り返しになるが、MSCとは、これら情報技術を中心とするハイテク分野で最先端に位置するグローバル企業を誘致することで、マレーシアに新しい輸出競争力をもつ産業を育成し、新しい付加価値生産の仕組みをつくりつつ、国内への技術移転を誘導し、現在は不足している人材と産業基盤を長期的に育成するという長期構想に基づいたプロジェクトである。
 これらの先端企業に実際にMSCへの進出を決意させるためには、当然ながらそれに相応しい魅力を提供する必要があった。そのために、物理的な環境・インフラの整備に加えて、「ソフトインフラ」すなわち法体系や社会制度ま用意するといった思い切ったインセンティブが構想された。
 また、マレーシアは人口が2100万人、一人あたりのGNPも4000ドル程度で、国内市場の規模だけでは海外企業に魅力ある市場とはいえなかった。そこで、グローバルなマーケットに進出するための「実験場」を提供するというストーリーで、リスクテイクを辞さない先端企業にアピールする要素を用意した。
 さらに、マハティール首相自らが強くコミットし、政府の力で具体的なプロジェクトを推進する姿勢をアピールすることで、他国の政府が容易には追従できない強い政治的保証を強調したこともマレーシアに特徴的なことと言えるだろう。

3) 産業社会全体の構造転換プロジェクト
 情報技術分野の最先端企業を誘致し、マルチメディア関連産業が形成できればMSCの目標は達成されるかというと、もちろんそうではない。マレーシアが本当に2020年に先進国の水準に追いつこうとするのであれば、製造業をはじめ、流通業、金融業などの第3次産業、さらに農業、漁業などの第1次産業も含めて、あらゆる既存の産業分野で競争力を付け直し、生産性を向上させることが絶対に必要である。
 また、政府の行政部門、教育、医療、福祉など、非営利・公共サービス分野でも、効率を大幅に向上させ、サービスの質を飛躍的に高めなければならない。
 そこで、こうした既存産業の飛躍を図るために、情報技術を積極的に導入し、20世紀型の産業社会から21世紀型の情報社会へと、マレーシアの社会構造全体を大胆に転換させるというのが、MSCのもつ第三の、もっとも大きな側面であり、目的である。これが実現されて初めて、MSCの本来の目標が達成されるといえるのである。だからこそ、当初こそ限定地区で進められるMSCが、いずれ全国に拡大されるという構想になっているのだ。



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